14-2:出会いと再会
「神女が半人種ということですよね。種族はなんですか」ケイが質問した。
「詳しくはわかりませんのじゃ。なんせ、こちらから質問なぞできないに等しくての」
「どんな姿形をしているんですか」
「わからんのじゃ」
「え、じゃあ半人種だとどこから判断したんです?」
「先方は妖術を使いました。先にも述べたとおり、不審者が現れたと知った直後に領の男たちを四人ほど伴って祭祀場に向かいましての。立ち退かせる気は満々でしたが龍獣に領を襲わせると脅されて我々が退散する羽目になりました。一度は食事と酒の提供を断ったことが腹に据えかねたのでしょう、神女は帰途に就く我々の背後で、妖術を受けるがいい、とおぞましく口にしましたのじゃ。突然周囲から白い煙がいくつも立ちのぼりました。まともに食らったとある領民は苦しみ、数分間は起き上がれないほどでした。妖術を使うなどまさに人間離れした技です。あなたは半人種なのかと問うたらそうだと本人も語っておりました」
「なるほど。だとすると神女の見た目は人間に近いと思います」
僕とユリアとベロック領長は、興味深い説を唱えるケイに視線を注いだ。
「たしかに祭祀場の窓に映る影は人間と変わらぬ形をしておったが。なぜ予想がつくのですかな」
「見た目が人間に近い半人種ほど妖術など不思議なちからを持っている傾向があるそうです。そういうちからを持たない半人種は、翼が生えていたり下半身が魚のしっぽだったり、身体自体に人間と大きく異なる特徴が見られます」
「へえ。あんたってただ本を読んでるわけじゃないのね」
「博学ですな、お嬢さん」
「いえ。半人種については解明されていないことも多いですし、この程度しか知識がありません。神女の種族がなんなのかまでは特定できませんね」
「神女の種族はこの際問いません。なんの種族だろうと、半人種が西大陸に居座るのはおかしいことですので、我々としては退散を求めるだけです」
おかしいこと、か。正当な意見なだけに真っすぐとぶつかってくる。半人種三人組が、西大陸の緑野で腰を据えて人間と談話しているのも、傍から見ればおかしなことなんだろう。
「ん? いかがなさいましたかな。浮かぬ顔をして」
これを機にいっておこう。僕たちも半人種であると知ってもらった上で、僕たちの介入を望むかどうか判断してもらおう。
「ベロック領長。実は僕たちの出身地は――」
ドドドドドと勢いよく黄金街道を駆けてくる音に途中で言葉を切らざるを得なかった。皆、突然の来訪者に一斉にかぶりを振り向けた。一頭の馬。と騎乗している人間。
「おったおった!」
馬を走らせてる男が大声を発した。風になびく黒いマント。金色の頭には赤いはちまき。あれは――。
「ハヤテの兄貴ー」
「はちまき男!」ケイとユリアが声をそろえて立ち上がった。
呼ばれた本人は苦い顔をして馬を止めた。「はちまき男とはなんじゃ。うらにはリャムという名があるけえ」
「何よあんた。何しにきたのよ」
「忘れ物を届けにきたんじゃ」
「忘れ物?」
彼はひらりと下馬して腰元のベルトポーチに手を入れた。「悪いけど中は読ませてもらったけえ。大事な物なのでは?」
差し出されたのは巻物と封書だった。大公の書状と、セスヴィナ領長宛の手紙だ。
「あっ!」ケイが声を張り上げた。「そうだ! 今朝荷物の入れ替えをしてたときにハヤテに返そうと思って机の上に出してたんだった!」
「そう。あんたが寝泊まりした部屋に置きっ放しにされてたけえ」
ケイは苦悶の表情を顔中に刻み、頭をぺしぺし叩いては「バカ、バカ」と自省した。「うわー。よりにもよってその二つを忘れるなんて。大失態だ」
「ごめん、僕もきちんと確認すればよかったんだ」
ケイの鞄の中に入っていると思い込んでいた。うかつだった。
僕は大事な二つの書簡を受け取った。「えっと、リャム。ありがとう。手間をかけさせたね」
「とんでもないですけえ」
彼はニッと笑った。太陽の下でじっくり顔を見てみると、案外人相は悪くない。
「その黒いマントは……ハーメット領の福耳団か」ベロック領長も腰を上げていた。
「そうじゃ。――兄貴、このじいさんはだれですかえ」
「兄貴と呼ぶということは、ハヤテも福耳団なのか」
「え!?」思いがけない見方をされて僕は驚いた。
「ちょっと。福耳団なんかと一緒にしないでよ」ユリアが諌めた。
「いずれにしてもハーメットの人間なのじゃな。だから出身地をいいにくそうにしていたんじゃな」
「いえ、あの」
話が変な方向にずれている。
「案ずるでないハヤテよ。ハーメット領との仲は冷えてるとはいえ、領は領、人は人じゃ。出自など気にせず自分の目で一人一人の人となりを判断するのみ。私から見たハヤテは誠実で好ましい若者じゃぞ。どこの出身だろうが関係ない」ベロック領長は自身の発言にうんうんとうなずいた。
「えらそうにいっとるがじいさんはだれなんじゃ」
「ミュズチャ領の長をしておるベロックと申す」
「ほーん。ミュズチャの領長はこんなじいさんだったんかえ。差しつかえなけりゃ、なぜ兄貴とミュズチャの領長が一緒にいるのか知りたいけえね」
ベロック領長は事情をかいつまんで説明した。
「なるほどのう。そんで兄貴に退治を請うてるっちゅうわけか」
「退治してほしいとまではいっとらん。むしろ神女が手懐けている龍獣と仲よくなってほしいと思ってるくらいじゃ。龍獣さえおとなしくしててくれれば、あとは私が神女と話をつけるのみ」
「とはいえおれたちはエデンと、――あ、あの龍獣はエデンって名前なんですけど、あいつと仲間になって一日とか二日とかそんなもんですよ。だから龍獣に慣れてるわけじゃないです。おれに関してはまだエデンと打ち解けてない状態ですし」ケイが説明した。
「なんの。龍獣と行動をともにしていることがすごいのじゃ。ほとんどの人間は龍獣が視界に入っただけで悲鳴を上げて逃げ出してしまいますぞ。私だってあちらの龍獣が木につながれているから、そして飼い主であるあなた方がそばにいるから、この場に居座れているのです」
エデンは今にも眠りそうな表情で地面に寝転がっている。
「動物界の帝王が心をゆるしているということは、あなた方は何かを持っているということ。ぜひそのお力を貸していただきたい。どうか、何とぞ、お願いします」
ベロック領長は顔が見えなくなるほど頭を下げた。これには心が揺さぶられた。
「ハヤテとユリアで決めてくれ」ケイが真っ先に意見を述べた。「どうせおれは龍獣を前にして何もできない。お前らにまかせることになるんだから、お前らの望むようにしてくれ」
「あたしはお兄ちゃんがやるんだったらやるわ。お兄ちゃんがやりたくないならやらない」
二人とも反対の意を示さないのは引き受ける方向に傾いている証だろう。心は決まった。あまり寄り道するのは好ましくないけれど、僕たち旅人に頼み込むほど困っている人を放ってはおけない。
「わかりました。力になれるかはわかりませんが、できる限り協力します」
ベロック領長は老人にしては素早い動きで顔を上げた。「ありがとうございます!」
こっちがつられるほどの笑顔だった。
「兄貴は人がいいっちゃね」リャムは同伴している馬の頬を手でぱっぱっと払っていった。芝がくっついていたようだ。
「ああ、ありがたや。これでどうにか解決できるかもしれんぞ」
「あたしたちの貴重な時間をあげるんだから絶対に解決するしかないでしょ」ユリアがいい放つ。
ベロック領長は感心したように笑った。「そうじゃな。頼もしいお嬢さんじゃ」
「でもまあ、おもしろそうな展開っちゃね。さっそく今から神女とやらを訪ねるんかえ」
「今日はもう中途半端な時間になってしまった。明日の朝に万全な状態で向かったほうがよいですな」
「明日……」僕は言葉に詰まった。
「まずは街へ参りましょう。今晩はミュズチャ領の宿に泊まってくだされ」
祭祀場は山の中にあるといっていた。暗くなって道に迷ったら大変だし、明日へ持ち越すのは仕方ない。でも宿に泊まるのは具合が悪い。街へいけば多くの領民と出会い、結果、次の日になれば多くの領民に化体族だということが知れ渡ってしまう。そうすれば厄介な事態に陥りかねない。
「宿泊はけっこうです」
断るしかなかった。
「旅をされてる御身ゆえ、寝泊まりする場所は入り用のはず。それともハーメット領に戻るのですかな。今でもハーメットに住んでおるのですか。ハーメットのどのあたりの出身なのですかな」
すっかり僕たちがハーメット領の人間だと信じてしまっている。
僕は姿勢を正した。「あの。僕たちはハーメット領ではなく――」
「待ったー!」
ハーメット領ではなくて、レイル島の出身なんです。と告げる途中でリャムに遮られた。
突然の待ったに皆がぽかんとしてリャムを見つめた。
「兄貴。余計なことはいわんでいいですけえ。ハーメット領ではどれだけ自分たちが怖がられている存在かなんて。せっかくじいさんが兄貴を好青年と評してくれたのに」
「リャム、なんのこと?」
「ハーメット領では泣く子も黙る無頼漢だ、とでもいおうとしたんでは」
え? ……??
「ハヤテはそのような男なのか」ベロック領長が怪訝な顔をする。
「兄貴のある意味での謙遜じゃ。恐れられていることは恐れられているがの。男気があって腕が立って、その上龍獣を手懐けているから周囲が畏怖してるけえ」
「なるほど。一目置かれているということじゃな」
「兄貴は誠実ゆえなんでも正直に打ち明けてしまう。バラさんでいいこともあると諫言させてもらいますき」
理解した。彼は化体族だという事実を口にするなと示唆しているんだ。でも次の日になればどっちみち――。
「でも、リャム」
「わかってますけえ。そんなうらたちがミュズチャ領に寝泊まりするのは据わりが悪い。いったんハーメット領に戻りましょう」
「そんな余計な気を遣わんでよろしい。ぜひ私の住む街でゆっくりしてくだされ」
「いずれにせよ戻らなければならんくての。兄貴らは忘れとるようじゃが、明日は大事な集会があるんじゃ」
ケイが指をぱちんと鳴らした。「そうだった。明日は外せない用事があるんだった。なあ、ハヤテ」
ここは乗るしかない。
「ベロック領長。二日後にミュズチャ領を訪れるということでよろしいですか」
「そりゃこちらはお願いしてる身なもんで、きていただける意志を表明してくれただけ、ありがたいという一言に尽きます」
当日の集合場所と時刻を決め、ベロック領長とはいったんお別れすることとなった。
「忙しい御身なのに引き受けてくだすって本当に感謝しております。では明後日お待ちしております。どうぞよろしく」
ベロック領長を見送った後は、当然ながら僕たち三人の意識はリャムに向いた。
「悪知恵が働くあたりはさすがね」ユリアがおだてた。
「ワルはいらん」
「リャム。よく僕たちを追ってこられたね」
「そうだよな」ケイが同調する。「特にいき先は告げてなかったのに」
「神に会いにいくっちゅうことは東大陸に渡る。東大陸に渡るにはセスヴィナ領の橋を目指す。セスヴィナ領を目指すなら黄金街道を真っすぐ南下する。と考え、ひたすら走ってきたら兄貴たちに追いつけました。正直、そろそろ引き返そうと思ってたんで兄貴を発見したときは歓喜しましたき」
「そっか。会えて本当によかったよ」
「どうでもいいけど兄貴って呼ぶのやめなさいよ。お兄ちゃんがあんたらの一味だと思われちゃうじゃない」
「兄貴が福耳団の一員。そりゃ素晴らしいことじゃ。――と思うんですが、兄貴は迷惑ですかえ」
リャムが不安そうな顔をするから思わず笑ってしまった。「どう呼んでくれてもかまわないよ」
「さっすが兄貴! 兄貴で決定したけえ、これからも兄貴と呼ばせてもらいます」
リャムは「呼ばせてもらいます」をユリアに向けていった。ユリアはぷいっと顔を背けた。この二人は反りが合わないのかもしれない。
「しかし、ベロックさんに協力するのはいいんだけど、思いがけず時間を取られることになってしまったな。明日なんて丸一日することないぜ」ケイが腕を組んで近い未来を憂慮する。
「がむしゃらに進むだけが遠征ではないけえ」リャムが弟子か何かに諭すようにいいきった。
「あんたに遠征の何がわかんのよ」
「ときには道草も楽しんだらええっちゅうことじゃ。一度はハーメット領に足を踏み入れたってのにどこにも立ち寄らないでここまできたんじゃろ。せっかくの旅がもったいないけえ」
リャムは長めのはちまきをきゅっと結び直した。何かこう、僕たち一行に向けて一味ちがった風を吹かせる人間だ。
「明日はうらがハーメット領の街を案内するけえ。今晩も福耳団の本部に泊まっていきんさい」




