15-1:ハーメット領の中心街 【太陽の日/ケイ(男)】
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ハーメット領の中心街は予想を超えて刺激的だった。いくつもの大きな建物が建ち、表通りには雑多な店がずらりと立ち並ぶ。道の真ん中では楽器を演奏する集団や棒で逆立ちして歩いたり飛び跳ねたりする男など、芸を披露する人々の姿も見受けられる。こんな実用と娯楽が詰まっている場所に人が引きつけられるのは、さながら樹液に虫が群がるかのごとく自然なことであり、老若男女、種々雑多な人間が自らの欲を満たしてくれる物を探し求めて街をいき交う。
「はあ。すげえなあ」おれは今日何度目かの感嘆の息を吐いた。
「西大陸の東部で一番栄えてる街じゃ。歩いてるだけでわくわくするじゃろ」はちまき男改めリャムが得意満面で語りかけてきた。
「うん。おれの領では見たことがない物ばっかりだ」
しゃべりながら人々のあいだをすり抜ける。外では「レイル島」という単語はなるべく口にしないようにしている。特にこういった大勢の人出でにぎわっている場所では禁句に近い扱いだ。「おれの領」ぐらいで表現するのがちょうどいい。
「はちまき。向こうにある城みたいな建物はなんだ」ハヤテが表通りの奥を指差した。
「おおっ。よくぞ訊いてくれました。あれはハーメットを代表する競技場ですけえ。馬の速さを競わせたり、猛獣を暴れさせたり、あとは人間同士が格闘したり。観客を興奮させてくれる場所なもんで、いつも物凄い熱気であふれ返ってます」リャムがとうとうと説明する。
「いい遊びしてんじゃねえか」
「そりゃもう。観客は興奮のるつぼですけえ」
ハヤテ、珍しく感興をそそられてるようだな。当然だよな。レイル島とまったくちがう景色が広がってるんだから。ここにユリアがいたら大はしゃぎしてたんだろうな。さすがに男三人では、はしゃいだりはしないけども。
「しかし人の多さにびっくりだよ。人が多いっていうか、人しかいないな。だれも馬を連れてないし」
「うらたちがそうしたように、皆、馬預り所に馬をあずけて街を歩くんじゃ。そうせんとケチをつけられるけえ」
大きい街ならではの不便さだな、とおれは思った。「姫は留守番で正解だったな。せっかくのお出かけも出先の厩舎に閉じ込められたんじゃ、かわいそうだ」
龍獣を連れて街の中は歩けないのはもちろんのこと、馬でさえも中心街を歩くのは難しいとリャムにいわれたので、姫とエデンは福耳団の本部に残ってもらった。エデンが一緒だからか姫は不満そうにはしていなかった。
「兄さん。黒い髪の兄さん」ふと、露天商のおじさんがハヤテに話しかけてきた。「いい剣を持ってるな。だがもっと上等な武器を持ちたいと思わないか。下取りしてやるから見てってくんなよ」
おじさんが座っている敷物の上には剣や槍がところ狭しと並べられている。値段の高そうな派手でかっこいい武器が中央を陣取っている。
「間に合ってる」ハヤテは足を止めることなく一言した。
「また今度」と、リャムが取り成した。
おじさんはそれが目だったらすごく愛嬌を感じるであろう弓なりの形を口で作って、肩をすくめていた。
「兄貴は新しい武器に興味ないんで?」リャムがついとハヤテに近寄って訊いた。
「この剣で旅をすると決めている」ハヤテは剣帯に吊るす剣を握りしめた。
ムゲンさんから譲り受けたハヤテの剣。武器屋のおじさんも声をかけてしまうほどの上物なんだな。鍔に装飾された翡翠の石は翼竜の眼を埋め込んだんじゃないかというくらい酷似していて、見るたびに翼竜を化体に持つムゲンさんを思い出す。ハヤテにとってはムゲンさんと一緒に遠征に出ているようなもので、あの剣はとても大切な物なんだ。そりゃいくらうまい話が舞い込んできたところで手放しなんかしない。
人いきれを払いのけるような心地いい風が吹いている。今日の天候の快適さも多くの人が街に繰り出す要因になっているだろう。
「リャム。あそこは何?」好奇心が止まないおれは質問した。
表通りと交差する街路沿いに、さっきの競技場よりは小規模なものの、ぱっと目を引く豪壮な建造物を発見した。屋上には数種類の旗がはためいている。
「あれは劇場じゃ。演劇や歌を鑑賞する施設じゃ」
「あんなに大きい建物の中でやるのか?」
「大中小の三つの舞台があっての。それぞれ何かしらの催しがおこなわれとる。今日は何があるんじゃろ。ちょいと訊いてみるけえ、お待ちを」
リャムがひょいと雑踏に分け入った。軽快に立ち働く男だな。背中には福耳団の黒いマントがなびいているが、それを気にする人はほとんどいない。そもそもマントをしているくらいでは目立ちはしない。全身黒づくめだったり虹柄のドレスを着ていたり鎧をまとっていたり、異様な格好の人がそこら中にいるからだ。ハーメットはだれでも住める上にだれも事情を詮索しないってリャムがいってたけど、この風景を見れば本当なんだとわかる。
リャムは劇場の付近に立っていたおばさんと楽しそうに会話をして戻ってきた。
「今日の目玉となる興行は、小舞台が手品、中舞台が衣装自慢大会、大舞台が怪力男と暴れ牛の決闘らしいんですが、何か観たいのはありますかいね」
「ない」ハヤテは即答した。
「いろんな催しがあるんだな。この街は人を楽しませようとするものでいっぱいだな」
と、しゃべりながら前進したら子連れの女の人とぶつかってしまった。おれと相手は同時に「すみません」と発し、まるで合唱のように男声と女声がそろったのでお互い照れ笑いした。女性と手をつないでいる五歳くらいの女の子に手を振った。ぽかんとした顔をしながらも手を振り返してくれた。和んだ。母親であろう女性はふふっと優しく微笑んで去っていった。
「なかなか麗しい奥さんだったの」歩きながらリャムがおれにいってきた。
「女の子も可愛かったしな」
「ガキには興味ないけえ、ガキの顔は見とらん」
「ガキってお前……」
「で、なんかいったかいね」
「え?」
「奥さんとぶつかる前に。この街がなんちゃら」
「ああ。この街は人を楽しませてくれるって。娯楽が多いなって」
「そりゃあ世界有数の歓楽街だからの。どっかの上品な貴人もお忍びで遊びにくるらしいけえ。なんでお忍びかというと、そいつらの一番の目的は絶対にバレたくない――おっ、ちょうどここじゃ」リャムが裏通りの手前で足を止めた。
通り一帯に店みたいな屋舎がある。あるにはあるが全部閉まっている。
「この通りは今は閑散としとるが夜になれば華やぐけえ。いわゆる遊郭っちゃね。遊郭がどんなところか知っとるかいね」
「当然だ」バカにしてんのか、というふうにハヤテが答える。
「まあ、一応ね……」おれも答えた。
レイル島にはもちろんそんな場所はないけれど、知識としては頭の片隅にはある。
「当然兄貴らは出入り禁止じゃ。遠征が成功したら好きなだけ遊びにいきんさい」
「いかないよ」
おれの顔を見てリャムはカカカと笑った。「純朴な田舎少年には刺激が強かったかえ」
「別にそんなんじゃないけどさ」
条件反射みたいなものだ。人間の女には興味ないよっていう。そういう意思はすぐに示さずにはいられないんだ。
おれたち化体族が人間になったら、当然ながら人間の異性と結婚して子供を作ることになる。今まではレイル島民は同じレイル島の異性とくっつくしか道はなかった。人口が多いとはいえない島内での伴侶選び。だれもが納得する形に落ち着くのは難しい。心から好きになれる相手がいないという理由でムゲンさんみたいに独身でいる人だっている。遠征が成功すれば、多くのレイル島の未婚者がいい相手を求めて西大陸に出るようになるだろう。
でも、おれたちは現時点では半人種だ。本体が人間の形をしているとはいえ、人間とは似て非なる「半人種」に属しているんだ。今はまだ人間の女と交わるのを想像することさえ罪悪感が生じるし、ましてやそういうことをほのめかす発言は冗談でもしちゃいけないって思ってる。遊郭を勧められて即座に否定したのは、自然と身についた化体族としての嗜みだったんだが、まあ伝わらないならそれはそれでいい。
「リャムじゃない」
後ろから声がしたので振り返った。
二十歳前後のきれいで派手な女性二人が驚きと笑みを混ぜ合わせた顔をリャムに向けていた。
「おー。奇遇じゃの」
女性たちから香水のにおいがする。
「昼間に見かけるなんて珍しいわね。何してるのよ」左側に立つ髪の長い女性が高圧的に尋ねた。
「ちょいと旅人たちに街案内しとるんじゃ」
「ふうん」
女性二人はおれとハヤテに視線を注いだ。品定めされてるみたいで緊張するな。どこに目を置けばいんだろう。両方とも胸元はぱっくり開いてるわ、脚は太ももまで露出してるわで、目のやり場に困る。女の体は自分の化体で見慣れてはいるけれど、他人となるとわけがちがう。
「いつものお連れさんは?」右側の髪の短い女性が、服装とは裏腹にしとやかに問いかけた。
「別に毎度あいつとつるんでるわけじゃないき。なんじゃ、あいつに気でもあるんかえ」
総髪男のことかな。女性たちは顔を見合わせていたずらっぽく笑った。なんかわかんないけどついていけない雰囲気だ。ハヤテがいるからまだいいけど、おれ一人だったら確実に居心地悪く感じてたな。
「旅人さんはどちらから?」髪の短い女性が話しかけてきた。
レイル島からです。なんていえない。ミュズチャ領にしとくか。でも隣の領では近くて危険だから、マルコスさんが住んでるカルターポ領にでもしとくか。
「都からきたんじゃ」
考えてるうちにリャムがうそぶいた。これまた大胆な設定にしたな。
「まあ。都に住んでるなんて羨ましいわ」髪の短い女性は目を輝かせた。
意外に信じるもんなんだな。
「ねえ、都ってどんなところなの? やっぱり大公を見かけたりするわけ?」髪の長い女性が深く突っ込んできた。
困った。同じ西大陸って時点できっとこの女の人たちのほうが都に詳しいだろうから、適当なことはいえないぞ。どうすんだよ、リャム。
リャムは余裕のある笑顔を見せた。「こいつら無口ですまんのう。旅の最中は剣なんかを飾りつけるが根は温室育ちの坊やたちけえ、お姉様方に見つめられて内心ドキドキばくばくで返答もまともにできん状態じゃ。あまり興奮させんよう、魅惑的な声と色っぽい視線を浴びせるのは勘弁してほしいけえ」
リャムは口の達者な男だな。お姉様方はおもしろそうに上目遣いで見てきた。
「このおしゃべり男のいうことは当たってる?」
「困ってるみたいだから質問はやめてあげて」おしとやかなほうのお姉様がもう一方のお姉様の肘に腕を絡ませた。
「可愛い男の子たちね。今度店に連れてきなさいよ」
「暇があったらの」
じゃあ私たちはこれで、といって二人はくすくす笑いながら去っていった。内心ほっとした。黒づくめや鎧には関心を示さない街の男たちが、二人の後ろ姿を獲物を追うように目で追っていた。
「店って遊郭か?」おれは声をひそめて訊いた。
リャムは吹き出した。「ちがうけえ。酒場じゃ。ああ、レイル島にはあんな挑発的な格好で酒を注いでくれる女はおらんもんのう。――早く人間になりたくなったかえ」
おれはさっきの武器屋のおっさんがやったように肩を縮める仕草をした。興味はない、という意思表示。
「兄貴はどうですかいね。ああいう女たちはお嫌いですか」
リャムとおれは黙って突っ立っているハヤテに目を向けた。ハヤテがなんて答えるのか、おれも興味がある。
「右の女の乳は悪くなかったな」
「おおっ!」リャムは両手を叩き合わせた。「兄貴は巨乳好きですかえ。うらもそりゃあ大好物ですけえ、実は右の娘の胸ばかり目に入ってましたき。胸はもちろん大事ですが同じくらい譲れんのが尻でして」うんたらかんたら。
だめだこいつらは。ユリアがこの場にいなくて本当によかった。




