14 イチゴ色の黄昏
赤石イチゴは、蔵の中で一人黄昏ていた。
イチゴの飾りがついた赤い色の魔法少女風衣装に身を包み、蔵の隅っこでどんよりと膝を抱え込んでいる。
楽しそうに妖怪と戦っている、バナナとメロンを眺めながら。
「ここは、うちの蔵なのに……。あたしは、赤石の娘なのに……。なんで、あたしだけ……。赤石の力がないから? 力って何?」
抱えた膝の上に呪詛のような呟きを落としていく。
隣に座らされているくま天使が、居心地悪そうに身じろいだ。
気配を感じたイチゴはチロリとそちらへ視線を走らせる。くま天使はビクリと身を固くした。毛足の長いふわふわボディをキュッと縮こませる。
イチゴには妖怪を倒すような力はない。最初にそれを指摘したくま天使には、それはよく分かってはいるのだが。何となく、雰囲気にのまれていた。
生気のない瞳でくま天使を見つめていたイチゴは、直ぐに興味をなくしたようにふいっと視線を逸らす。
真っすぐに伸びていたくま天使の背筋が、脱力して丸くなる。
人間だったら少々だらしがないない姿だが、ぬいぐるみの場合はこのくらい背中が丸まっている方が可愛らしい。
「いいなぁ。二人とも…………」
呟きと共にため息が零れ落ちた。
とまあ。
今はこんな感じで、頭上に雨雲でも呼び寄せそうなどんよりイチゴだったが。
ついさっきまでは、誰よりも意気揚々としていた。
だって、それはそうだ。
バナナに続いて、昨日はメロンまでもが魔法を使えるようになったのだ。昨日はメロンで打ち止めで、自分だけが魔法を使えない現実に雄たけんでみたりもしたけれど。
よく考えれば。メロンの時だって、バナナと同じ日に魔法が使えるようになったわけではない。次の日――は、蔵には入らなかったので、その翌々日のことだ。
だったら。
一日たった今日なら、自分も魔法が使えるようになるのではないか?
そう考えたイチゴは期待に胸を膨らませた。
いつもは蔵に入るのを渋るのに、今日は率先して蔵へと向かった。
蔵に入ったことがバレて怒られるのは嫌だが、それはそれとして。やっぱり、イチゴだって魔法を使ってみたいのだ。イチゴだけ魔法を使えないなんて、そんなの寂しすぎる。ただ見ているだけじゃなくて、二人と一緒に遊びたい。
きっと、自分も、魔法が使えるようになっているはず。
そう信じて。
胸をドキドキさせて、蔵へ足を踏み入れた。
くま天使への挨拶もそこそこに、棚に並んでいるアイテムを物色する。
妖怪は壺に入り込むのが好きなのか。それとも、赤石のご先祖様たちは、妖怪を壺に封じ込めるのが得意技なのか。
札がはられているアイテムは、やや壺率が高かった。
「よし! 今日の敵は、こいつだー!」
バナナが手頃な壺を選んで、棚から取り上げて床に置いても怒ったりせず。そのまま、てい! と札を剥がすのを見守る。頬を紅潮させて見守る。
壺の中から、黒くてヒラヒラ細長い布のような妖怪が出てくるのを、瞳をキラキラさせて見守った。
変身。は、生着替えにより、既に済んでいる。
イチゴは、コクリと喉を鳴らした。
三人で何か打ち合わせをしたわけではない。
だが、三人とも分かっていた。
先に魔法少女となったバナナとメロンがピンチに陥った時。それを打破するがごとく、最後の一人であるイチゴが覚醒する。そういうものなのだと。
バナナとメロンは目を合わせて頷き合うと、壺から現れたヒラヒラがまだ何もしていないのに、床に倒れて苦しみもがき始めた。
「うぐぅ、やられたー。こいつ、なかなか、やるな!」
「イチゴちゃん! イチゴちゃんだけでも、逃げてー!」
「そういうわけには、いかないわ! 二人は、あたしが守る!」
三人とも、ノリノリだった。
置いていかれた黒いヒラヒラが、どこか途方に暮れているように、くま天使には見えた。
「喰らえ! シャボンミステリー!」
口元でストロー状のものを摘まむ仕草をして、イチゴが高らかに叫ぶ。
吹き出し口が赤くて持ち手が緑の魔法のストローが現れて、虹色のシャボン玉に包まれる…………はずだった。
イチゴの予想では。若しくは、妄想では。
だが。
………………。
気を取り直して、イチゴはもう一度叫んでみる。
「シャボンミステリー!」
しばらく待ってみる。
何も起こらない。
「シャボンミステリー!」
何も起こらない。
「…………………………」
絶望の波が、ひたひたとイチゴの足元を濡らす。波は、そのまま一気にざぶんとイチゴを頭の天辺まで飲み込んだ。
「あとは、二人で適当になんとかしといて……」
感情の抜け落ちた声でそう言うと、イチゴは蔵の隅っこへと向かい、膝を抱えて座り込んだ。
こうして。どんより雨雲発生装置イチゴが出来上がったのである。
「えっと、ほら! イチゴちゃんは、捕らわれのお姫様役ってことなんだよ。赤石の蔵のお姫様! 超ヒロインだよね!」
「きっと、イチゴの力はあまりに強大すぎるから封印されているんだよ! 赤石に秘められた力とか、ちょっとかっこいいよな! で、最後の最後で大ピンチになった時に、赤石の魔法少女としてようやく覚醒して大逆転するんだよ! そうに違いない!」
いつの間にやら黒いヒラヒラはどうにかなったらしく、戦いを終えたバナナとメロンがイチゴの傍にやって来る。
落ち込むイチゴを浮上させようと、必死で慰め的なことを捲し立てるが、イチゴの胸には届かなかった。
戦隊ヒーローごっこなら捕らわれの姫役も悪くないが、魔法少女ごっこなら魔法少女として活躍したい。
ないと思っていた力が実は封印されているだけで、最後の美味しいところで大活躍というのはちょっと悪くないが、それまで何も出来ないのはつまらないし、そもそもそんな活躍のシーンが本当にやって来るのかどうかの保証は何もない。
赤石の娘なのに何の力も感じられない。
くま天使は、はっきりそう言った。呆れるような、憐れむような、そんな眼差しだった。
おまえの中に何かの力を感じるとかなんとか、そういう伏線的なことは何も言っていなかった。
「信心が足りないのかな?」
「魔法少女信仰?」
「………………」
ふと零れたイチゴの呟きを、メロンが変な方向に拾い上げた。
イチゴとしては土地の守り神である赤岩様への信心のつもりだったのだが。
だが、我に返ってみると、土地の神様への信仰心で魔法少女に変身するというのも、何だか微妙な話である。
だからと言って、魔法少女信仰というのもどうかと思うが。
「それとも、魔法少女を心から信じる子供のような純粋さが足りないってこと?」
子供のようなも何も、子供そのものなのだが。
「そっかー。イチゴちゃんは、大人の女になっちゃたんだね」
「…………そう。あたしは、大人の女。大人になったら、少女の魔法は使えない。あたしは、もう、魔法少女は卒業しちゃったの。そういうことなんだよ、きっと」
言っている内に、それはそれでちょっとかっこいい響きだなと思い始め、少しだけ気持ちを浮上させる。
コスプレ的な意味で魔法少女に変身する大人が身内にいたり。
お胸のサイズ的には、メロンの方がよっぽど大人だったり。
ふと心に浮かんだ現実は、遠い彼方へ追いやることとした。
余談だが。
本当に本当に余談だが。
昨日割った香炉は。
接着剤で張り付けて、そっと元の棚に戻してある。




