序章・第一話
竜帝国
七つの王国を束ね、1人の皇帝が統べる巨大国家。
太古より昔、暗闇が大陸を覆い尽くし、人々が滅亡の淵に立たされた時_____
騎士と竜は手を取り合い、世界を救った 『竜帝国記』より
序章
遠い空を切り裂くように、漆黒の竜が飛んでいた。
背にまたがる少女の赤髪は、まるで失われた太陽を取り戻したかのように輝いている。
『我が騎士よ、お主はこれからどうする』
『手始めに、この世界を救おうか』
鋭い風を切る音。木剣が重なり、火花が散るような錯覚を覚える。
「脇が甘い。そんなんじゃ竜に食われる前にドレイガの餌食だぞ」
ぶっきらぼうな師匠の声で、私は現実へと引き戻された。
第一話
7つの王国の一つディロール王国。その片隅に1人の少女が暮らしていた。
レイン・ヴァルシア。
没落した男爵家の娘である。
秋の風が夏の終わりを告げるように、木々を揺らし、葉が色づき始めた頃。
屋敷に一通の手紙が届く。
「レイン。困ったことになったよ」
声をかけてきたのは、父のロイ・ヴァルシアだ。娘であるレインの鮮烈な赤髪とは対照的に穏やかな茶色の瞳と髪を持つ男である。
「なにこれ‥‥」
レインは手紙を受け取り目を走らせる。
形式ばった文章が並ぶ中、ある一文が目に飛び込んできた。
____竜騎士学校に入学せよ。
____従わぬ場合は爵位剥奪とする。
さらに追い討ちをかけるように記されている。
____後任はイヤール子爵とする。
「はあ!?理不尽すぎるでしょ!」
手紙を破らんばかりに握りしめ、叫んでいるのは当事者レインである。
「しかも、ご子息もしくはご息女って書かれているけど、うちに息子なんていない!!」
レインに兄弟はいない。
母は病に倒れ、父と仲良く2人で暮らしていた。
炎のような赤髪が心なしかいつもより赤い。
「困ったねえ‥‥」
ロイは頭をかきながら続ける。
「家のことだけならどうにでもなる。でも問題は‥‥イヤール子爵だ」
その名にレインの表情が険しくなる。
「あいつが領主になったら終わりね」
イヤール子爵は隣の領地を納める貴族だ。
重税と罰則が厳しいことで悪名高い。
「せっかく、領民の人たちがここまで立て直したのに‥‥。全部持っていかれる」
レインは拳を握りしめた。
数年前。
ドレイガによる被害で王都が壊滅的な打撃を受けた。その余波が各地に広がり、作物は腐り、多くの国民が飢え、命を落とした。
父は家宝や家財道具まで売り払い領民を救った。
おかげで代々受け継がれてきた屋敷には、家財道具も最低限しかなく、使用人も1人もいない。
−−それでも
(助かった命がある)
それがレインにとっての誇りだった。
しばらく沈黙が続く。
やがてレインは握りしめた拳を見つめ、顔を上げた。
「‥‥決めた。私、竜騎士になる」
ロイは目を見開いた。
「レイン、それは‥‥」
レインは胸に手を当てる。
「危険なのは分かってる。私、ずっと考えていたの。」
まっすぐな瞳だった。
「領民がドレイガのせいで飢えに苦しむ姿はもう見たくないって。あとね、お父様の領地の人々を何があっても見放さないところ、すごい、尊敬してる。だから私にも領地の人たちを守らせて。」
父ヴァルシア男爵は考え込んだように黙ってしまった。そうして熱くなった目頭を抑えて俯くが顔をあげ、諦めたようにレインを見た。
「わかった。行ってきなさい。」
その言葉はレインの背中を何よりも勇気づけた。
「ありがとう。私、必ず無事に帰ってくるわ!」
レインは父に抱きついた。
ヴァルシア男爵は娘の髪を静かに撫で最愛の亡き妻を思い出し、また目頭が熱くなった。
レインの母は飢饉の時に流行り病で亡くなっていた。レインと同じ赤髪を持った美しく聡明な女性だった。
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余談であるが唯一残った財産は父が所有する大量の本のみ。
一銭にもならなかったのである。




