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火を守り継ぐ者  作者: 夜間燈
一章 異変の足音
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番外編 火の栽培1

ヒシュの歴史についての短編小説です。

 少女は目の前の木を見上げた。緋色の樹皮が特徴的な木で、触ればほんのり温かい。

 少女の黒い髪が強風で乱れる。雪が顔にあたった。

 枝先には何も付いていなかった。本来なら結実しているはずなのだが、葉の一枚すら枝には付いていない。

「実を付けろ……このままだとみんな死んでしまう」

 少女は木を撫で、その場に蹲った。その肩に茶羽の梟が留まる。ずれた眼鏡を直しながら、白い息を吐いた。

 彼女の脳裏には、雪で閉ざされた故郷の景色が浮かんでいた。


 物語が始まったのは、少女の住む村に春が訪れたばかりの頃だった。

 雪解けが始まった村では、死んだ者たちの死体が運び出されていた。

「今年の死者は八名。三名は凍死、もう五名は炎鬼に」

 布がかけられた死体の前で、少女は役人に村の現状を伝えた。役人は頷き、戸籍を開いた。

 役人は一礼すると、少女に背を向けた。それを見た梟が肩に留まる。役人の言葉が響いた。

「隣村で火を起こした方がいたそうで、二十人が犠牲になったそうです」

「無理もねえ。去年は内乱続きでヒシュが足りてなかったんだ。そりゃ火を起こしたくなるさ」

少女はふと足元を見た。そこでは黒い煤が犬の形に広がっていた。少女は口を開く。

「炎鬼なんて七日しか生きれないくせに、死んでも煤しか残さないくせに。なぜ殺せない? なぜ人を食い殺す?」

 少女は煤を強く踏む。

「第一……火が使えれば、誰も死なずに済んだんだ!」

 かつて、人々は自由に火を使っていたという。この常識が覆されたのは、今から二十年以上も前のことであった。

 人々の起こす火に、「炎鬼」と呼ばれる化け物が潜むようになったのである。

 この炎鬼によって、人々は火を使えなくなった。

「くそ、もう少しこの国が温けりゃあ、死者は少なく済んだだろう」

 役人の声が響く。

 少女たちの住む村は〈神国〉の北東部に位置する。この〈神国〉は北国であり、寒冷で国土のほぼ全域が豪雪地帯である。そのため、冬になれば多くの地域が雪によって孤立する。

 もちろん、少女の村も例外ではない。

 そんな〈神国〉には、孤立が予想される村に物資を届ける仕組みがある。

 しかし、内乱の影響によって、現在は物資が不足していた。

少女は重い息を吐き、懐から赤い実を取り出した。胡桃のような木の実で、触るとほんのり温かい。「ヒシュ」と人々に呼ばれる木の実だった。

「竈に火を付けてくる。付き合ってくれるか」

 話しかけられた梟は、満足そうに体を震わせた。少女は梟に頷き、竈に近づく。

 少女はヒシュを棍棒で叩き割ると、散らばった欠片を集め、竈に入れた。その上から油を注ぐと、小さな爆音とともに火が勢いよく飛び出した。

 このヒシュには発火作用がある。そしてヒシュから出た火には炎鬼はいない。

 ヒシュが〈竜国(りゅうこく)〉からもたらされた二十年前から、人々はヒシュを火の代用品として使用していた。

 そんなヒシュから出た火は、どんな扱いをしようと三日で消えてしまう。

「お姉ちゃん、今日凄いことあったの!」

 子供の声が聞こえ、少女は後ろを振り向いた。そこには、三人の子供が立っていた。

 少女は子供に微笑んだ。子供たちは少女に駆け寄り、楽しそうに様々な話をし始めた。

 今年の冬も子供たちを守らないとな、少女はそう考えながら話を聞く。その瞬間、一つの考えが頭に浮かんだ。

 ――胡桃は育てられるのに、ヒシュが育てられないのはおかしくないか?

 少女は竈を見た。竈の火は勢いよく燃えている。

「火の栽培……」

 呟いたときには既に、栽培計画が頭から離れなくなっていた。


 翌日、少女は村長の家を訪ねた。

 家にいたのは白い髭を生やした村長と、茶色に染まった短髪の女だった。

女の年は三十代ほどだろうか。静かな雰囲気を漂わせている。その後ろには、一頭の羚羊が座っていた。

 梟は羚羊の近くまで飛ぶと、少女たちを注意深く見た。

村長は少女たちを歓迎した。少女は女を不思議そうに見た。

「その方は?」

集苗師(しゅうびょうし)の方と、彼女の相棒である羚羊だ」

 少女は思わず目を見開いた。

 集苗師とは草木の苗を集め、研究する者のことである。

「まさかと思うが、何か企んでいるわけではなかろうな?」

 村長の訝しむような声に、少女は首を勢いよく横に振った。

「企みじゃありません! ただ私は集苗師の方を紹介してほしかったのと、ヒシュの栽培許可が欲しかっただけです」

 少女の言葉が響いた瞬間、場の雰囲気が凍てついた。村長は呆れたように息を吐くと、少女を睨めつけた。

「ヒシュは『竜』が我らに託してくださった神聖な物だ。竜は人にヒシュを渡す際、栽培は不可能と仰られた話は、お前もよおく知っているはずだ。なぜかは知らんが、人が触れると病気になるとかなんだか……」

 「竜」とは、ここから遠く離れた〈竜国〉に住む種族である。五行の力を使い、姿は鳥獣や爬虫類に似ている。人との接触を嫌うが、この世の全ての種族よりも高位な存在であった。

「そう言って、今まで誰もやらなかったんですか?」

 少女が尋ねると、集苗師は頷いた。

「ええ。……やれなかったのよ。内戦が続いて、ヒシュの栽培どころじゃない状態が続いたから」

少女は息を吸い、拳を強く握る。

「だから何だと言うのですか! 昨年収穫したヒシュの蓄えがあっても、三人凍死したんですよ! 去年は製鉄一回分(約三十日分)の量でも死者は少なく済んだけど、戦でヒシュが切り落とされて、今年は蓄えが無いんですよ!」

 少女の怒気の含んだ声が響き渡る。その声に押され、村長は慌てたふうに瞬きを繰り返した。緊張した空気がしばらく流れた。その空気を断ち切ったのは、集苗師だった。

「それは良いことではないけれど。……もしヒシュの栽培に成功したら、貴方はその後にどんな行動をするの?」

 集苗師は少女に尋ねる。

「温かいお握りをたくさん作って、子供たちに食べさせます」

 少女は力強い声で言った。集苗師は少女の言葉に目を見開く。

「あら、君は旅人さんみたいなことを言うのね。いいわ。その栽培計画、手伝ってあげる」

 村長は瞠目した。彼はしばらく髭を弄る。

「分かった。許可しよう。どうせ止められん」

 少女は頭を下げ、梟は甲高く鳴いた。


 村長は集苗師を見る。集苗師はそれに気が付いてか気付かずか、彼と目を合わせようとしない。村長は息を吐くと、集苗師をもう一度見た。

「前代未聞だぞ。ヒシュの栽培なんて」

 そうね、と集苗師は素っ気ない言葉で言った。羚羊が集苗師に頬ずりをした。集苗師は空を見上げる。

「でも、前代未聞のことをやるなという決まりはないでしょう?」

 集苗師は言いながら息を吐いた。

 「火」が使えなくなってからおよそ二十年が経った。火が使えなくなって間もなくの時には多くの人間が死んだ。残酷な冬の息吹によって。

 集苗師も故郷と肉親を失っている。

「不思議な子ですね、彼女は」

 村長は頷いた。

「二十年前の惨状なんて知らないでしょうに。どうしてあんなに一生懸命に慣れるのかしら」

 集苗師は目を閉じた。

 温かいおにぎり――それはこの国の子供たちのごちそうだった。焦げ目がつくまでおにぎりを焼いただけだが、寒い国では温かいものはごちそうである。おにぎりの具は家によっても様々だ。

 集苗師は村長に微笑んだ。

「実は私も彼女と同じ気持ちなんです。だから、やれることはやってあげたいじゃないですか」

 村長は何かを言いたげに彼女を見たが、集苗師が気にする様子はなかった。

「まずは苗を集めなきゃね」

 集苗師は歩き出す。

 こうしてヒシュの栽培は始まった。女手二つと動物たちによって。

名前 少女(作中で名前は出てきません)

年齢 十七ぐらいか?

得意なこと 弓矢

好きな食べ物 温かいおにぎり

ミニエピソード及び補足

気が強い性格で、いじめっ子を投げ飛ばしたことがある。

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