六話 浪士隊
さゆは女に少女を見せた。少女は幸いにも大きな怪我はしておらず、さゆから降ろされるや否や、姉に駆け寄るぐらいの元気を見せた。姉は泣きながら妹を抱きしめる。
さゆは誇らしげに、横に立つマイと彼女の兄弟を見た。
「やりましたね!」
マイはええと頷いた。トモシは興奮したようにセキトに向かって鳴く。セキトはトモシに頬擦りをした。
「ほら、大丈夫だったでしょう? よくやった、二人とも!……あと、ありがとうございます」
惣太郎はマイたちに頭を下げた。
「マイはまだ十五です」
惣太郎はマイを驚愕したように見た。宗久はさゆたちに微笑む。
「ありがとうございます! 本当に、ありがとうございます……!」
女はさゆたちに泣きながら頭を下げた。さゆは女に微笑むと、少女に微笑む。
「おねちゃ、ありあと」
舌足らずな言葉に、さゆは微笑んだ。トモシは少女に向かって尾を振ると、顔を上げた。
宗久は切れ長の目をした男を見る。男は複雑そうに頷いた。
「火がおかしいと思ったんだが……何か見てないか?」
宗久の言葉にさゆは顔を上げた。するとマイが口を開いた。
「炎鬼がいた。中に」
宗久は眉を顰めた。炎鬼、と繰り返す口調はどこか暗い。さゆは頷いた。惣太郎はさゆたちを見ると、嘘だろ、と悲鳴をあげた。女も震えながらさゆたちを見る。
「でもマイが嘘をつく訳がない。ヒシュに異変が起きているのか、炎鬼がおかしいのか、今すぐにでも調べなければ被害は広がる。宗久」
男の言葉に宗久は頷いた。
さゆはそこでふと顔を上げた。
さゆは懐から日記を出すと、宗久に見せた。惣太郎がそれを見たのは二度目だった。
父親がいなくなってから二年間。さゆはこの日記を一日たりとも離したことはなかった。
「これは私の父が残した日記です。……ここには炎鬼やヒシュについて詳しく書かれている」
宗久は瞠目した。中を見せてくれ、とさゆに頼んだ。さゆは日記を開くと、その中にあった「知恵をもつ炎鬼」の項目を見せた。
宗久はさゆに見せられたものを、言葉も何も発さずに読んだ。目だけ動かしているが、必死さがこちらにも伝わってくる。惣太郎はさゆを見ると、お前の父さん何者なんだ、と問う。さゆは首を傾げた。惣太郎は困ったようにさゆを見た。
「この日記を見つけたのは父の死後なんです。だから、父が炎鬼の何かを調べていたことも後で知りました。筆まめだった記憶はないですけど……」
宗久はそうか、と言うとさゆを見た。
「辛いことを聞いてもいいか?」
おい、と惣太郎が言う。するとさゆは宗久を見て、どうぞ、と静かな声で言った。
「父親の死因は?」
「分かりません。実際には役人に連れて行かれて、それ以降の足取りは分からないんです」
「じゃあ何で知ってるんだ、死んだこと」
さゆは含んだような笑みを浮かべた。
「だって私に会いにきてくれないから。……父に捨てられたと思うよりも、父が死んだと思う方がまだ、苦しくない」
そうか、と呟く宗久の声は静かだった。
切れ長の目の男が用事があるとその場から去っていった直後、緋色の羽織を着た男たちが女に話しかけた。
「火事があったと聞いたが?」
がたいのいい男が女に話しかける。灰色の髪をした男で、顎髭と目がどこか威圧感を感じさせた。女は頷くと、彼女たちが助けてくれたんです、と迷うことなく言った。
男はさゆたちを見ると、鼻を鳴らした。
「すぐに浪士隊を呼べばよかったんだ。お前たちでできることは限られてる」
するとマイが呆れたように男を見た。
「火の中に炎鬼がいた。……それでも浪士隊だけでどうにかなったの?」
男はさゆたちを見ると、女を睨みつけた。宗久はそんな男に言う。
「ヒシュの火でしたよ。彼女が火悪の罪を犯したわけではないです」
宗久は静かな声で言うと、濡れた家を見つめた。男は宗久を疑うように見つめた。宗久は嘘をつくように見えますが、と言うと影を見た。影からコガネが躍り出て、男を見た。
「ヒシュに関することで、竜の兄弟が偽りを話す訳がない。……ヒシュのために生きているのだから」
男はどうだかなと笑うと、後ろにいる部下を見た。部下はさゆたちを見ると野次を飛ばす。
そんなに竜の兄弟が嫌いか。
さゆは浪士隊隊士を一瞥すると、惣太郎を見た。惣太郎も拳を握りしめたまま動かない。
すると、今まで後ろでずっと黙っていた隊士の青年が顔を上げた。
「それってさ。副長の前でも同じこと言える?」
浪士隊の副長は鬼のように怖いことで有名だった。彼の行う尋問で自白しない者はいないと言われている。
「言いますよ! 人命に関わる事態ですよ!」
マイはさゆの言葉に頷いた。青年は微笑むと、口を開く。
「じゃあ信じる。急いでこの近辺のヒシュを調べよう」
信じるのですか、という隊士の言葉に青年は頷くと、刀を抜いてさゆの喉元に突きつけた。
「さっき言ったことは変える?」
「変えません」
さゆは淡々とした声で言った。その視線は真っ直ぐに青年を捉えている。青年は刀を鞘に戻すと、口を開いた。
「君たちの言葉には、覚悟ないよね。ていうか、僕これでも君らの隊長なんだけど。僕を信じられないって言うなら今すぐ辞めてくんない?」
青年は不機嫌そうに言うと、歩き出した。隊士たちは震えながらその場に立つ。情けない奴ら、とマイは思わず呟いた。
宗久は青年を見ると、目を細めた。
「……竜の兄弟が気になりますか?」
青年は立ち止まると、目を輝かせてもちろん、と言った。さゆは思わず横にいる惣太郎を見る。惣太郎は、俺はもう少し違う感じだろ、と言うが、さゆは変わんないですと言い切った。
青年は飼い主に呼ばれた犬のようにさゆたちの元に行くと、嬉しそうに言った。
「だってさ! 火の中に飛び込んでくし、家は凍らせるし、風の向きは変えるし! これで興奮するなって方が無理だよ! しかもなに、その雰囲気! 武士よりも武士らしいじゃないか! 僕はこういう人と仕事がしたいんだよ!」
早口で捲し立てる青年を見て、男は宗久を呆れたように見た。さゆはもう一度惣太郎を見る。だから俺は、と言いかけた惣太郎をさゆは鼻で笑った。その目は生温かい。
「それに行動も冷静かつ的確! 副長並の凄さだよ! こんなに素晴らしい人たちを、僕は初めて見た!」
「アンタ見る目あるなぁ!」
惣太郎は青年に向かって言った。さゆは惣太郎を見る。マイは呆れたように二人を見ると、下に視線を移す。
男は困ったように青年を見た。隊長、と呼ぶその声はどこか不満そうである。しかし、青年は男を気にする様子もなく、さゆたちを褒め称えた。
「明日早速ヒシュを確認しよう。貴方たちも来てくださいよ。竜の兄弟の意見も聞きたいので」
青年の言葉にさゆは惣太郎を不思議そうに見た。惣太郎は行けよ、と微笑む。宗久は分かりましたと頷いた。
翌日、浪士隊の隊士たちは各地のヒシュの状況を調べていた。さゆたちも朝から参加し、ヒシュを見る。
竜の兄弟や竜はヒシュの声を聞くことができた。
触れると温みのある木に触れながら、さゆは目を閉じた。苦しいよ、と声が聞こえる。
さゆは目を開けると、慣れたようにヒシュの細い枝を切った。
枝の断面は焦げたように黒く染まっていた。さゆは目を顰め、トモシを見る。トモシは頷くと、木に向かって火を吐いた。
さゆは薙刀を構える。
すると赤い影がさゆに向かって飛び出した。さゆはその影を一思いに斬ると息を吐く。
その影の正体は、大きな蠅によく似た炎鬼だった。
黒い炭に変わっていく死体を見て、さゆは眉を顰めた。
本来ならあり得ないことが起きている。
さゆとトモシは立ち尽くした。
名前 コガネ
年齢 24
得意なこと 紛失物探し
好きな食べ物 肉
ミニエピソード
たまに背中に鳥が乗ってたりすることもある。耳掃除が嫌い。