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火を守り継ぐ者  作者: 夜間燈
一章 異変の足音
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五話 火事

 不意に叫び声がし、さゆたちは無我夢中で声する方へと走った。


 赤い炎と真っ黒な煙に包まれた家が見え、さゆは思わず立ち止まる。家の前では一人の女が膝を地面に付けた状態で、何かを泣きながら叫んでいた。惣太郎は女に話しかける。

「どうしましたか!」

「妹が……妹が、まだ中にいるんです!」


「妹さんの見た目は? 他に誰かいますか?」

 さゆは落ち着いた口調で女に問う。女はさゆを見た。

「黒いおかっぱの髪に、赤い着物で……。妹の他には、誰もいません……」


 さゆはそれを聞くと顔を上げ、家を見た。トモシは頷き、家を見る。するといつからいたのか、マイがさゆの横に立つ。

「マイも行く。二人より四人の方が安全」

 さゆは頷いた。行って来い、と二人の男の声が響く。さゆたちは大きく頷くと、燃え盛る家に向かって駆け出した。


 女はさゆたちを見る。彼女たちが家の中に入ろうとしているのが見え、女は瞠目した。そんな女に惣太郎は大丈夫ですよと笑う。


「アイツは火竜が兄弟に選び、力を貸すことを決めた女だ。そう簡単に炎にやられませんよ」


「妹さんが救出されたのを見てから、火は消すか」

 宗久は呟くと家を見た。そして影を見る。影から黒獅子が飛び出した。黒獅子は家を見ると鼻息を強く吹いた。


「知幸とミナワが来るまでは、火を広げんように対応するぞ。コガネ」

 コガネ、と呼ばれた竜は宗久の言葉に強く頷いた。


 家の中に入ったさゆは炎が溢れる竈を見た。

「出火源は竈。予想通り」

 マイは言うと、さゆを見た。


 何かが違う。これはヒシュの火じゃない。


 さゆとマイは竃を見て息を呑んだ。

「セキト。二階はマイたちでやる。二人は一階を」

 マイの影から躍り出た馬は頷くと、赤い蹄で床を叩いた。蹄に火が吸い込まれるのが見え、トモシはセキトを見上げる。マイはさゆを見た。さゆは頷く。


「トモシは黒煙を吸えます。トモシ、煙をお願い」

 トモシは頷き、頭を大きく降った。煙が角に吸い込まれ、少しだけ視界がはっきりとする。さゆは顔を上げると、奥の襖を開けた。そこからは変わったものが見えない。その後ろではマイが棚や押し入れを素早く開けていた。さゆはすぐに奥の部屋に入り、あちこちを見回す。


 すると柱の一部がさゆに向かって落ちた。


 横にいたトモシが素早くさゆを押しのけ、体で柱を受けた。柱の炎がトモシの赤い鱗に吸い込まれていく。


 思っていたよりも火の広がりが速い、とさゆは思った。


 この世界では、「火」を木の実が生み出す。その木の実は「ヒシュ」と呼ばれる木に生える物だった。


 このヒシュの実から生み出された火は普通の火とは違った特性があった。

 その特性とは、「炎鬼が中にいない」、「三日間はたとえ雨風にさらされても消えない。ただし、どれだけ大切にしていても三日で火は消える」、「竜とその兄弟、またはその相棒にしか火は消せない」というものである。


 炎鬼とは、人が起こした火の中に潜む化け物の総称である。この炎鬼によって人々は火を起こせなくなったため、ヒシュを使うようになったのだ。


 そのヒシュの持つ、「竜か竜に選ばれた者にしか消せない」という特性は時として人々に牙を向けた。


 ヒシュの火はその三つの特性以外は普通の火と変わらないため、何かのはずみで引火性のあるものに火が移ればあっという間に大火事を起こす。


「……火が大きくなり始めてる。さゆ! トモシ! 早く探して!」

 さゆは顔を上げた。

「マイさん、セキトさん! 火が何だか変です!」

 さゆは叫ぶと走り出した。


 こんな火は知らない。確かに一見すればただの火だ。しかし、何かが違う。何だか落ち着かない。


 ヒシュが、火が苦しんでいるように見えるのだ。ごうごうという音は火の悲痛な叫びにしか聞こえない。赤いその火は血と重なった。


 さゆは顔を上げた。


 不意に殺気を感じたためだ。トモシも警戒するように辺りを見回す。マイとセキトも警戒の態勢になった。


 その刹那、火の中を赤い影が通りすぎるのが見えた。


 さゆは赤い影を見たのは初めてだった。しかし、その影の正体を何と呼ぶのかは知っている。


「炎鬼だ!」

 さゆは叫ぶと、薙刀を構えて前を見る。


 赤い影の正体は一頭の鼠だった。鼠といってもその大きさは馬とそう変わらない。体は尾の先から顔に至るまで赤い炎で覆われており、その目は赤く不気味に光っている。


 さゆは薙刀を鼠に向けて走り出した。鼠は後ろ足で立ち上がると、近くにあった棚をさゆたちに向かって投げた。セキトは角を飛んでくる棚に向けた。その瞬間、棚は細かく切られた。セキトに全く触れていないにもかかわらず。

 

 鼠はそれでも怯まずに近くにあった物を投げてくる。しかも燃えている物だけを狙って投げてくるのが、余計に太刀の悪さを感じさせた。人間顔負けの行動である。


 さゆはそんな鼠を見て違和感を胸に抱く。


 炎鬼ってこんなに賢かったっけ?


 さゆの中での炎鬼は、人の血を求めるあまり全てを忘れた化け物だ。周りは見えていないし、物を投げるという選択肢すら彼らの頭にはない。


 不意に日記の中にあった言葉が脳裏をよぎる。


 ――知恵をつけた炎鬼が確認されたのは、二十年前の大火だった。


 マイは顔を上げると、鼠の前足を二つとも刀で斬った。燃えている血を見て、マイは今だ、と叫んだ。


「ああもう! まぐりなんせ!」

 さゆは叫ぶと、鼠の背後に素早く回った。振り向こうとした鼠の頭を、大きく跳躍したトモシが火をまとった翼で強く叩く。倒れる鼠の胸をさゆは突き刺した。鼠の体が硬直し、黒く変わっていき、すぐに灰となって炎の中に消えた。


 炎鬼の始末が終わると、さゆは煤だらけになりながら、置かれている物などを素早くどけ、畳を走り回った。いくつかの部屋で探すが、子供の姿は見つからない。トモシも血眼になって子供の姿を探していた。二つ目の物置に入り、さゆは燃えている道具などをどかしたり掻き分けたりしながら必死に子供を探す。火の勢いは少し弱まったが、それでも危険であることは変わりない。


 ふとトモシの動きが止まる。さゆはその瞬間を見逃さなかった。

「誰かいるね!」

 答えるように微かな声がした。トモシは頷くと、端に高く積まれ、辛うじて燃えていなかった布団の中に体を埋めた。さゆは上に積まれた布団を下ろしながらトモシを見る。


 少しして、トモシは布団から顔を出した。

 黒いおかっぱ頭の、赤い着物を着た少女と共に。


 少女は目を開けるとさゆを見る。さゆは少女に優しく言った。

「私たちは君を助けるために来たんだよ。だから、おんぶさせてくれる?」

 少女は半泣きになりながらも頷いた。竜の兄弟だからと断られなくてよかった。さゆは少女をおぶると、布団の端を切り取って水筒の水をかけ、簡易的なおんぶ紐を作り、少女の体に巻き付けた。


 さゆは素早く部屋から出る。途中でマイとセキトとも合流した。

「見つかったみたいね」

 さゆは頷いた。


「竜に乗って。少しでも早く出る。長居は危険」

 さゆたちは素早く兄弟に飛び乗る。兄弟たちは畳を駆け抜け、建物から出た。太陽が見えると同時に、子どもの泣き声が響いた。さゆは胸を撫で下ろす。


「お願い! 知幸、ミナワ!」

 建物の外にいた男と竜を見て、マイは大声で叫んだ。黒い長髪を高い位置でまとめた、水色の切れ長の目をした長身の男である。男は横にいた竜を撫でた。


 青い鱗に覆われた竜で、狼に似た顔に細長い耳、蛇と獺を足したような体をしており、短い四肢には鰭のようなものがついている。背中には濃い藍色の逆立った鱗に覆われていた。


 男と竜は燃え盛る家を見る。そして近付き、二人はほぼ同時に燃えている外壁に触れた。


 一瞬で火は消え、白い氷に家は包まれる。急に冷気を感じ、さゆは思わず震えた。

名前 マイ

年齢 15

得意なこと 剣玉

好きな食べ物 親子丼

ミニエピソード及び補足

寝相が悪すぎるため、誰も彼女の横で寝ようとしない。そして本人にその自覚はない。

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