二十三話 恐怖と本気
僅かな亀裂を残したまま、儀式前に行う挨拶が始まった。さゆたちは綺麗に整列し、前で話す元兼を見た。挨拶は思ったよりも長く続いている。
さゆとトモシは二番目に夢乃たちと戦うことになっていた。準備をしていると宗久がさゆに話しかける。
「何を使って戦う予定だ?」
「薙刀です!」
元気良く言うさゆに、宗久は困ったように自分の項を触る。さゆは不思議そうに宗久を見た。
「あー……言いにくいんだが、刀で戦ってくれないか?」
「ええ……刀を使うの、そんなに得意じゃないですよ……」
それでいい、と宗久はさゆに言う。さゆは首を右に傾けた。
「夢乃殿に言ってしまってな。さゆに負けたらお前には刀の才がないと思え、って。夢乃殿、刀に異様に固執しているようでな……」
さゆはええと再度零した。横で聞いていた暁が頷く。
彼女に一ヶ月近く指南した暁は、さゆには刀の才がないことをかなり早い段階から見抜いていた。一方でさゆが持つ暁に対する薙刀の評価も似たようなものである。
才はないが、人並みに刀を使うことはできている。おそらく浪士隊の平隊士並みの実力はあるだろう。
そんなさゆに負けるということは、実戦で使う技量がないことを意味する。
暁は夢乃の腕がどれだけのものかは分からない。ただ、戦うにしてはあまりにも危ういとは思っていた。
「さゆ、分かってるとは思うが」
「もちろん、加減はしませんよ!」
さゆは言うと、刀を携えてトモシと共に走り出した。宗久はそんなさゆたちを見て、腰に手を当てた。
夢乃の前にさゆたちは立つ。夢乃の横ではフジコマさんが待機していた。あの子犬の面影はどこにいったのか、今の彼は馬ほどの大きさがあった。まるで狛犬のような姿の彼の毛並みを、夢乃は軽く撫でる。
フジコマさんは心配そうに夢乃を見ると、さゆたちに視線を移した。
二人はお辞儀をすると、刀を勢いよく抜いた。二人とも刃を相手に向け、姿勢は真っ直ぐに伸びている。あの猫背を考えさせないほど、夢乃の構えも整っていた。睨み合うことしばし、最初に動いたのはさゆだった。
仕掛けた、と千次郎の興奮が入り混じった声が響く。
さゆは走り出すと、夢乃の懐を目に焼き付けた。夢乃は素早く身を翻すと、さゆを見た。あっという間に夢乃とさゆの距離が縮んでいく。刀の刃が届くまでの距離になると、さゆは身を屈め、刀を大きく横に振った。振ってから、振りかぶりすぎたとさゆは密かに歯噛みする。すぐに夢乃から離れ、さゆは姿勢を整えた。
その横ではトモシがフジコマさんに襲いかかっていた。ライメイとの取っ組み合いで鍛え抜かれた脚力で、トモシはフジコマさんの体を押さえつけた。フジコマさんはしばらく暴れていたが、ふと動きを止めた。その瞬間、トモシは目を見開くと、フジコマさんを離して彼から距離を置いた。
その刹那、フジコマさんのいた場所から透明な水晶の柱がいくつも飛び出した。
夢乃はさゆを睨むと、勢いよく駆け出した。さゆは夢乃の刀を受け流すと、刀を持ち替える。夢乃は何度かさゆに向かって突撃した。技は重く、受け流すのも体力を使う。
「絶対に負けない……!」
夢乃は低い声でさゆに言った。その目は怒りの炎に覆われている。
「私も……絶対に負けないよ……!」
さゆは言うと、刀を握る手に力を込めた。
夢乃の母は有名な女剣士だった。いくつもの戦を切り抜け、辻斬りなどを捕縛したりして多くの人の命を救った。
家族思いでもあり、夢乃に読み書きを丁寧に教えてくれた。何度も一緒に都で買い物をした。一緒にたくさん遊んだ。疲れてしまった夢乃をおんぶしてくれたのも母親だ。何度も抱きしめてくれたし、怖い夜は一緒に寝てくれた。死んだ雀の墓を一緒に作ってくれたこともある。
彼女は竜の兄弟である夢乃を唯一愛してくれた存在でもあった。
「お母さん。私とフジコマさんのこと、好き?」
夢乃が聞くと、母親は満面の笑顔で夢乃たちを抱きしめながら言うのだ。
「もちろん! だーいすきだよ!」
私も、と夢乃は母親を抱きしめる。
それが幼い夢乃の日常だった。
しかし、それが大きく変わったのは、夢乃が八つになったばかりの頃だった。
その日、母親はかくれんぼしようか、と急に夢乃に話しかけた。夢乃は頷き、フジコマさんと共にすぐにお仕入れの中に隠れる。
しかし、いくら待てども、母親は探しにやって来ない。
夢乃は半泣きになりながら母親を探した。すると、窓から顔を隠した者たちがでていくのが見えた。
畳が赤く染まっている。夢乃は思わず足元を見た。
そこには既に絶命した母親の体が横たわっていた。その着物は真赤に染まり、目は見開かれたままだ。
しばらく呆然としていると、顔を隠した女が一人、部屋に入ってくるのが見えた。女は夢乃を見つけると、縄を持って彼女に近付く。夢乃は母親に刺さっていた包丁を抜くと、女の右目にそれを深く突き刺した。
女はすぐに死んだ。夢乃はその日、初めて人を殺した。
穴だらけの遺体を前に、夢乃は泣くこともできないままその場に立ち尽くしていた。
それからは地獄のような日々だった。
「お前のせいで母親は死んだ」
父親にも兄や姉にもそんなことを常に言われた。数え切れないほど殴られ、食事抜きの日も一日や二日では済まなかった。折檻と言われて冬の暗い小屋に閉じ込められた時もあった。話しかけようとすれば人殺しが何かを言おうとしている、と笑われた。
そんな時に始まったのが、減点の制だった。
それは、生活の中で夢乃が至らないことをしたり、失敗をしたりすると、減点されるというものだった。その減点された点が一日に五点以上だと、筆舌にし難い恐ろしい折檻に耐えなければならなくなる。
減点の対象になるのは、箸を落とした、起きるのが遅い、食事中に音を立てた……などの、ほんの些細なことであった。
そんな中で、剣の修業が始まった。
「どうしてできない!」
父親に何度も言われた言葉だ。
言われたとおりにやっても上手くならない。どれだけ練習してもある時から全く上達しなくなった。
夢乃には剣才がなかったのだ。
しかし、夢乃は毎日修行をした。義輝に何度かお前は向いていないというようなことを言われたが、気にしなかった。それよりも家の恥になる方がずっと嫌だった。
だから、声を失っても、話すことができなくなっても、味が分からなくなっても、耐えて一所懸命に修行をした。
頑張れば夢は叶う。それを母親は教えてくれた。だから。
――勝たなくては、いけない。
さゆは夢乃を見ると、息を吸う。
彼女の過去がどんなものだったかも、どんなふうに毎日暮らしているのかも知らない。
知らないが、彼女に向き合いたい、とさゆは思っている。
本気でぶつかってほしい。誰かに言われたからとか、そんな理由を捨てて戦う本当の自分を見せてほしい。殺す気でかかってほしい。何のために真剣でやっているのだ。
さゆは息を吸った。
「私を見れ! そんは夢乃の実力じゃげ!」
さゆが叫ぶと、夢乃は違うと心の中で叫んだ。言ってることは分からないが、何となく意味は掴んだ。
そこでさゆは、夢乃を睨む視線に気がついた。
「暁! ライメイ!」
ふとさゆは叫んだ。
すると、暁は横で見ていた男を睨み付け、何やら怒鳴り、ここから出るように言った。乱闘になりそうな時、宗久たちがやって来て、静かに言った。
「邪魔になってるんだ。お前、戦ってる人を睨んでいただろう?」
宗久の言葉に何かを言おうとした男。しかし、宗久の目を見て何かを感じたのか、すぐにそこから出ていった。
夢乃は男がいなくなったのを見ると、不思議と体が軽くなるのを感じた。その瞬間、フジコマさんが夢乃の体に入り込む。夢乃の髪の毛は白く染まり、手足の先には鋭い爪が、口の中には犬歯が生えた。
さゆはトモシを見る。
次の更新は6月1日です。
名前 ミナワ
年齢 22
得意なこと 泳ぐこと、すぐに寝ること
好きな食べ物 生魚
ミニエピソード及び補足
矩幸の髪を気に入っており、彼の散髪はミナワが指導している。一回彼が短髪になった時は、目に見えて落ち込んだ。




