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火を守り継ぐ者  作者: 夜間燈
一章 異変の足音
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二十一話 諍い

 それから七日後、打ち合いのためにさゆたちは一つの庭園に集っていた。浪士隊も一緒である。

 その庭園は桜の名所として有名な場所で、砕石でできた斑らな地面が美しい場所だった。奥には祠のようなものが見える。ヒシュも何本か植えられており、白から赤へと変わった葉が風で靡いていた。


 神に捧げる剣の試合を行うための場所らしく、あちこちに仏や神の像があった。白い石で作られた美しい像である。狛犬などの像もあり、様々な宗教が混ざり合っていた。

 そんな場所でもさゆと暁は口喧嘩を始める。竜たちもいつの間にか取っ組み合いを始めていた。

 暁は得意げにさゆを見ると、ここがどこだか分かるか、と聞いた。むっとしたさゆは思わず叫んだ。

「凄いとこなんだな、ぐらいなら分かるし!……仏様とか神様の名前は知らないけど」

「ほーら、適当じゃねえか。さすがバラガキだな」

 うるさい、お前だっていばらもんのくせにとさゆは暁の頬を抓る。暁も負けじとさゆの鼻を摘んだ。変な声になってもなお口喧嘩を続ける二人に、他の隊士たちはいつものことかと言うように、各自のやるべきことを始めていた。


 ふと聞き慣れた声がし、さゆたちは喧嘩をする手を止めて声のする方向を見た。

 緋色の羽織に身を包んだ惣太郎が、さゆたちの名前を呼びながら駆け寄ってくるのが見える。さゆたちは一斉に走り出した。さゆは惣太郎に飛びつくと、兄さん、と嬉しそうに叫んだ。

「久しぶりだな、さゆ、トモシ。少したくましくなったんじゃねえか?」

 さゆは顔を上げると、照れ臭そうに笑った。暁とライメイは警戒するように惣太郎を見る。

「兄さんこそ、緋色の羽織、よく似合ってます」

「それを言うならお前らもよく似合ってるよ」

 惣太郎は暁とライメイに気がつくと、手を振った。その動作がどこかさゆに見えて、暁は思わず肩の力を抜いた。

「お前らの友達か?」

 誰が、とさゆと暁は口を揃えて言うと、互いにそっぽを向き合った。近くにいたマイが、いつものこと、と言いながら惣太郎を見た。


「喧嘩友達がアイツらにもできたのか……!」

 惣太郎は感極まった様子でマイに言った。マイはそれに頷きながら、刀を見た。

 すると、清とさゆの相手をしてくれた隊士がさゆたちに近づいた。

 さゆは二人に気がつくと、頭を下げた。


 清の武士よりも緊張感があり重みのある雰囲気は、この場の空気を張り詰めたものにさせている。さすが、烏合の衆を精鋭揃いの集団にしただけのことはある、とさゆは思わず背筋を伸ばした。トモシも同じように姿勢を正す。

 そんなさゆたちに、清は朗笑した。大人らしい落ち着いた笑みである。

「そんなに畏まらなくてもいいのよ。私は三上清(みかみきよ)。それと……来て、ケイカ」

 清が言うと、彼女の影から犬ほどの大きさの兎が飛び出した。

「彼女は私の相棒のケイカ」

 ケイカは頷くと、清の影に戻った。

「さゆと、トモシです!……もしかして、竜の相棒なんですか?」

 清は首肯した。さゆとトモシは興味津々の様子でケイカを見た。

 暁は警戒しながら清たちを見る。

「俺は倉野慎二(くらのしんじ)だ。……先日はありがとう。今日もよろしく頼む。お前となるから分からねえが……」

 清は驚愕したように慎二を見た。浪士隊の男は揃って自尊心の塊のような者たちが多い。慎二も例外ではなく、そんな彼が礼を言うとは……。


「何だ、その竜は」

 ふと低い声が聞こえ、さゆたちは顔を上げた。

 そこにいたのは、火事の時に不機嫌そうにさゆたちに話しかけた、あの顎髭を生やしたがたいのいい男だった。横では千次郎が嬉々としてさゆたちに手を振っていた。

「文句あんのかよ、おっさん」

 喧嘩腰の子供たちに男は息を吐く。

「翼が無いとは……落ちこぼれは足手まといになる」

 さゆは目を見開くと、黙れ、と大声で叫んだ。暁やライメイも戦闘態勢に入る。


 燃やしてやる、と彼女が掴みかかろうとした時、千次郎がさゆの肩を強く掴む。

「トモシが落ちこぼれじゃないことを、これから証明するんだ。そのための試合だよ」

「……千次郎殿。これのどこがいいんです?」

 男は淡々とした声で千次郎に言う。千次郎はからりと笑った。全部に決まってるじゃないか、と言いながら。

「あ、あの肉ばっかの人は篠宮正一」

 さゆはすぐに手元の紙を見る。そこには打ち合う順番と相手が書かれていた。すぐに正一の名前を探すものの、さゆは正一が違う相手と打ち合うことを知り、項垂れる。戦えないのか……。

 その横で暁が舌打ちをした。俺もだ、と語る暁の声は一段と低い。そこでさゆはもう一度紙を見つめる。

 正一と戦うのは矩幸たちだった。

「お父さん! もう! みっともないことやめて!」

 すると声が聞こえ、一人の女が正一に話しかけた。灰色の短髪姿のその女はさゆたちを見ると、会釈をして、ごめんねと申し訳なさそうに言った。正一は女を見ると、何かを言いたげに唇を動かした後、女と共に去っていった。


 松村は密かに胃の痛みを抱えていた。というのも、正一に早速竜士隊の隊士が喧嘩を売った、と下級隊士たちから訴えられたからである。

 彼らは口を揃え、あの餓鬼どもを斬れ、と叫んでいた。

 千次郎から聞いているさゆの印象から考えると、おそらく喧嘩を先に売ったのは正一の方だろう。燃やしてやる、などと叫んでいたことを考えると、トモシの翼についてでも触れたのか。


 正一はぶっきらぼうな男だが、情に厚い。さらに竜の相棒でもあるために、隊士たちから絶大な人気を持つ。

 しかし、彼は頑固で偏屈な一面がある。そんな彼に、同じような性質のさゆが合うとは思えなかった。

 そして――早速喧嘩である。彼自身はさゆを歯牙にもかけていないというから、正一らしい。


「落ち度は篠宮にもある。第一、十ぐらいの子供に喧嘩売ってることがもうおかしいんだよ。……篠宮も反省しろ」

「見て思ったことを言ったまでだ。松村殿だって本当はそう思っているんだろう?」

 松村は思わず眉間を強く押さえた。胃の痛みに加えて頭痛も感じてくる。さゆと比較はしたくないが、意見を全く変えようとしない辺りは彼女よりも子供だ。それを言ってしまえば、竜の兄弟が嫌いだからとこの場にいない坂山もみっともないが。

 惣太郎は正一を睨むと、そんなんだから昇格できねえんだというようなことを呟いた。

「それに怒りを覚えるなど、あの餓鬼はまだ餓鬼だ。局長と副長を呼べ。俺が説教する」


「ではこうしましょうか」

 ふと声が聞こえ、松村は顔を上げる。そこに立っていたのは宗久と矩幸だった。周りの者たちが一斉に罵声を浴びせるが、彼らはだからなんだと言わんばかりの態度である。

「もしも篠宮殿が矩幸に負ければ、彼女たちに土下座して謝る。その代わり、篠宮殿が負ければ態度が悪かった子供たちに土下座させる」

「無条件だろう。アイツらの態度も悪かった」

 隊士たちは宗久を見た。全く怯む様子はない。矩幸が静かに言う。


「アイツは確かに喧嘩っ早いです。ですが、その前にアンタがアイツの兄弟を、足手まとい、とはっきりと言ったのも事実だ。トモシは弱くないですよ」

 正一は眉を顰めた。矩幸は負けじと言葉を続けた。

「そういう状態でも戦えるようにしています。トモシの翼打ちは人の骨なんて粉々にしますし」

 しかも素早くやるせいで防げない、と矩幸は付け加えた。正一はふん、と言うと矩幸を睨む。


 勝てばいいんだろう、と言う彼の声はもはややけくそだった。

 松村は頷いた。


 ただ――矩幸の剣は見たことがないためなんとも言えないが、弱そうには見えない。

「俺はお前みたいな顔の奴が嫌いなんだ。斬り殺してやりたくなる」

 正一はそれだけ言うと、どこかへ歩いていった。松村は思わず矩幸を見る。矩幸は黙って正一の背中を見つめていた。動揺しているようには見えなかった。ただ静かに立っている。


「アイツ……すまないな。それにしても、アンタの顔と彼の妻の顔がよく似ている気がするが……」

 矩幸は不思議そうに松村を見た。その横で宗久はふと笑った。

 初めての仕事に胸が高鳴っているのだろう。

 松村は宗久の笑みをそう捉えた。

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