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火を守り継ぐ者  作者: 夜間燈
一章 異変の足音
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二十話 他人の関係

 さゆは隊着を着ている暁を見た。彼と彼の兄弟が新入りだと紹介されてから三日。顔を合わせば必ず口喧嘩が勃発していた。これでも控えている方だとさゆたちは主張しているが。


 さゆは暁をいばらもんと称し、暁はさゆをバラガキと称した。

 どちらも無鉄砲な人や不良のことを示す言葉である。薔薇の中でも容赦なく入るような向こう見ず、あるいは荊のように人を寄せ付けないという意味から転じたのだ。

 暁は前者の意味でさゆを、さゆは後者の意味で暁を捉えていた。


 暁は剣術に長けており、さゆよりも間合いの取り方なども上手かった。しかし、彼自身は武家の生まれではないという。百年続いた有名な和菓子屋の跡取りだったらしい。

 一方のさゆは、刀ではなく薙刀を使用した。しかも使うのは男用の薙刀である。そのため、広い場所でしか彼女は活躍できなかった。

 そのため――さゆは不服ではあるものの暁に刀を教わることにした。暁も暁で、さゆに愉悦な表情を見せるも、二つ返事で了承した。その代わりに薙刀の使い方を教えることになったが。


 そんなさゆに刀を教える暁。休憩したら次は、さゆが暁に薙刀を教える。竜たちも新たな技を教え合ったりしているらしい。

 そんな彼らを見ながら、宗久は矩幸をつつく。

 ほらな。大丈夫だろう?

 そんな表情だった。矩幸はそうだな、と頭を掻く。ただ、矩幸も形だけの心配だったのだが。

 無駄な自尊心がなく、嫌いな相手にも素直に教えを乞うことができるのは、彼らの強みだと矩幸は勝手に納得した。


 暁はその日、町に用があった。飴や刀の手入れ道具などを買い漁り、重くなった袋を持ちながら道を歩く。ライメイも持つのを手伝い、都の市場を歩いた。


 竜の兄弟となれば店を探すのも一苦労である。

 それに加えて人々の噂する声も聞こえてくるのだ。二度と町を歩きたくない、と内心何度も呟いた。文句あんならもっとデカい声で言えや、という言葉を今日だけでも数え切れないほど呑み込んでいる。


 すると、長屋の間から一人の少年が音もなく出てきた。少年はそのまま一つの橋の上で立ち止まった。

 少年は霊式頭巾を深く被っており、顔はよく見えない。

 暁たちは気がつくと、彼を尾行していた。少年はこちらに気がついているのだろうか、静かに暁を見た。


「……何の用だ」

 素っ気なく冷たい声。暁は別にと言った。邪魔な自尊心が、用があると言うことを拒んだのである。言ってから暁は、付け加えたように、俺も池を見たいんだよ、と呟いた。


 池の中では金魚が多く泳いでいる。丸い波を見つめながら、暁は腹減ったなとわざとらしく言うと、近くの屋台を見た。

 帰るなよ、と暁は思いながら、その屋台に向かって歩き出した。ライメイが少年の横に座る。

 そしてそこの屋台で三つ焼き饅頭を買うと、少年の元へと戻る。湯気が出ている、掌ほどの大きさの白い饅頭だった。具は少し塩辛い肉味噌である。何だそれは、と少年は他人事のように言った。


「ばっか、こっちはテメエのだよ」

 暁は少年に饅頭を押し付けると、横に座って饅頭を齧る。少年は暁を見ると、彼と同じように饅頭に齧りついた。ライメイも夢中でかぶりついた。

 塩辛い味噌と細かく切られた肉の食感を楽しみながら、暁はふと横を見た。少年は慣れていないのか、饅頭を食べるのにかなり苦労しているようだった。


「……これ、美味しいな」

「あったりめえだろ。俺が気に入ってる店だぞ」

 そこしか竜の兄弟に売ってくれねえしな、という言葉を暁は飲み込んだ。数年前から世話になっている店で、珍しく竜の兄弟に対する偏見がない。それは、店主の子供が行方不明になった際、暁とライメイが誘拐されそうになっていたその子を命懸けで助けたことが大きかった。


 竜の兄弟であることが発覚すれば、きっとこの子は嫌われてしまうかもしれない。そう思った暁は、子供に口止めをしてこっそり家に帰した。ところが子供はすぐに店主とその妻に言った。彼らはそれから、暁たちをまるで我が子のように受け入れてくれたのだ。


 そんなことを思い出しながら、暁は饅頭を食べる子供を見た。昔から声のない助けを聞き逃したくない、という思いだけは強かったと思う。浩介が無言で助けを求めていたのを、見てしまったからだろうか。


 少年はしばらく饅頭を食べていたが、ふと顔を上げる。

「何でそんなの被ってんの?」

 少年は黙っている。無視ね、と暁は腕を組んだ。そして橋を歩く人々の方に顔を向けた。しばらくして、小さな声が聞こえた。


「初めて食べた」

 少年は暁を見る。少年はふと顔を上げると、目の前を歩く親子を静かに見つめた。親子は楽しそうに話し、ふと立ち止まる。何をするのかと見ていると、親は子をおぶって再度歩き出した。

 少年はそれを見て手元の饅頭に視線を戻す。

「羨ましいよな。ああいうの」

 少年はよく分からないとだけ言うと頭巾を深く被った。そしてもう一度口を開いて暁を見る。羨ましいのか、と彼はいたく冷静な声で言った。


「まぁな。そりゃあ、親がまともだったら良かったとか、そういうのはたまに思うぜ。浩介のおかげで寂しくはなかったけどよ」

 暁は最後の一欠片を口に入れる。

「浩介ってのは俺の兄貴だよ」

 へぇ、と少年は呟いた。暁は少年を見る。少年の饅頭はまだ半分も残っていた。


「もし残すなら寄越せ。なるべくは全部食えよ」

 少年は頷き、大切そうに饅頭を食べる。暁はライメイを撫でると、立ち上がった。

「で、金は?」

 少年は暁に尋ねた。暁は鼻で笑うと、俺の奢りに決まってんだろ、とどこか得意げに言った。


「どうせ金ねえだろ」

「よく分かったな」

 見りゃ分かるわ、と暁は呆れたように言った。少年は橋の上に腕をかけると、空を見た。暁はしばらくして、彼に尋ねた。


「……お前、どこ住んでんの」

「水里の北の方だ」

 あまりにも簡易的な説明に、暁はそうかとしか言えなかった。


 水面を滑るように赤い蜻蛉が飛んでいく。暁は蜻蛉を見つけると、人差し指を真っ直ぐに立てた。蜻蛉は暁の指の上に止まった。少年は暁を見た。

「何をしたんだ? お前」

「指を立てただけだ。そうすると蜻蛉が止まる。……知らねえの?」

 知らない、と少年は呟いた。やってみろよ、と暁は少年に言った。少年は暁を一瞥すると、できないと思う、と呟いた。蜻蛉は暁の指から離れて飛んでいく。いいから、と促すと、少年は渋々人差し指を横に伸ばした。

 すると、別の赤い蜻蛉が彼の指に止まる。紅葉のように鮮やかな体に、どんぐりのような色の大きな目。複雑な網目の模様でできた羽。

 蜻蛉は少年の指から離れて飛んでいった。


「俺も蜻蛉になってみたい」

 少年は、横で指を伸ばして蜻蛉を待つ子供を見ると、呟いた。何でだよ、と暁は聞きそうになって、そしてそれが何か恐ろしいことをしてしまう気がして、口を閉じた。

「みんな進んで助けてくれるから」

 少年は言うと、残っていた饅頭を口に入れた。暁は少年から饅頭の入っていた経木(食べ物を包む薄く割いた木)を受け取る。

 暁は頭を掻くと、言った。

「また明日も、ここに来れんの」

「いや。無理だろうな」

 少年はそれだけ言うと、饅頭ありがとな、と言って頭巾を深く被り直した。


 暁は引き留めようとするが、少年はすぐに人混みの中に隠れてしまった。

 暁は空を切った腕を戻すと、くそ、と吐き捨てた。


 ふとライメイは水音を感じ、池を見た。

 そこでは真っ白な金魚が泳いでいた。他の金魚と違い、その鰭の際は青色に染まっている。

 金魚はライメイを見ると、橋の下に向かって泳いでいった。

名前 オロチマル

年齢 25

得意なこと 掃除

好きな食べ物 鼠、卵

ミニエピソード

潔癖症なくせに、埃っぽいところにいた鼠は丸呑みする。

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