十八話 修練
トモシは庭に入ると、大きくその翼を動かした。しばらく動かしていたが、何かが起こる気配はない。さゆはトモシに駆け寄ると、羽を見せた。
それはさゆが鳥を研究して作った物で、羽に似せた稾を何枚も貼った物だった。ちゃんと羽に似せるため、素材は藁のように空洞がある軽い物にし、長さや向きもこだわっている。
飾り物にしてはやけに作り込んであるそれを、さゆはトモシの背中に付けた。トモシはさゆに頷くと、大きく羽ばたく。
しかし、体は浮かばない。
さゆはトモシからその器具を外すと、軽い調整をした。
それをしばらく見ていたカガシは何をしているのか、とさゆに尋ねる。さゆは顔を上げると、言った。
「飛ぶ練習ですよ。人は鳥や竜と体の作りが違うから、一緒にできないのがもどかしい……」
さゆは口をへの字に結びながら器具を調整する。カガシはさゆに微笑んだ。
「飛べるようになりそう?」
さゆははっきりとした声でなりますよ、と言った。全く疑いのない声だった。カガシはさゆに言う。
「もしもだよ? トモシが飛べないままだったら、さゆはどうする?」
さゆはカガシを見ると、トモシを強く抱いた。
「トモシはトモシですもん。どんな姿だとしても、私の大切な兄弟なのは変わりません」
カガシは満足そうに頷いた。
「みんな分かってないんですよ。本当のトモシを。本当のトモシは優しくて、強くて、すっごく努力家なんですよ! そんな彼女が兄弟なんて、凄く嬉しいじゃないですか」
トモシはさゆに頬擦りをする。トモシの丸い青い目は細められていた。
「お前たち。少しいいか?」
宗久が現れ、さゆたちは顔を上げた。さゆはトモシと共に縁側に登ると、宗久についていく。
「今、ここに何人いるか知ってるか?」
カガシは宗久を見ると口を開く。
「十二人ですね。竜を含めて」
「あぁ。一任務に竜を含めて四人派遣するとしよう。さらに屯所にいるのが四人、見回りに四人。ここに話し合いが入ればそこでも最高で四人削れる。……何が言いたいか分かるな?」
カガシは頷いた。さゆもげんなりとした表情を浮かべる。
人数が圧倒的に足りないのだ。活動するにしては。
宗久は困ったように言った。
「最低でも二十人ほしいな。浪士隊発足時も二十人で何とかなったらしいから。まぁ、多すぎても入らんが」
「とりあえず適当に入れたらどうでしょう。竜の兄弟に関わらず」
宗久はカガシの提案に首を横に振る。
「……絶対に従わないってなる気がするな。そうなると収拾つかないぞ」
浪士隊にも竜士隊をよく思っていない者は多い。その事実はやがて大きな枷になる。そうなる前に説得したいが、するにしても実績が少なすぎる。このままでは金だけ貪っていると言われて終わりだろう。まあ発足から一ヶ月も経っていないのだ。これで何か手柄を挙げろと言われても困るだけだが。
さゆは少し考えると、顔を上げた。
「何か打ち合いみたいのがあれば解決ですよ!」
宗久は、ならば、と微笑む。
「強くなれ。そのためには氷の力を身に着けろ。今のお前たちでは火の力を使うのは危うい。上がった体温を下げる術がないからだ。マイとセキトはその術があるから戦える」
カガシは微笑む。それだけを言いたかったのだろうか、とカガシは思った。
さゆは頷くと、礼を言い、トモシを連れて走り出した。
さゆたちはすぐに修練場にやって来た。そこでは知幸がマイと九郎と話している。さゆたちに気が付いた彼らは視線を彼女たちに向けた。横で取っ組み合いをしていた鈴や竜たちも動きを止める。
知幸はさゆを見た。さゆは息を吸う。宗久や知幸と話す時、さゆはいつも緊張している。それほど彼らの纏う雰囲気は武士らしく鋭い。ただ、優しいこともよく知っている。
「あの、氷の力を使えるようになりたいんです! ご教授お願いします!」
さゆとトモシは勢いよく頭を下げた。知幸はほうと呟く。
「別に構わんが」
知幸は言うと、ミナワを見た。ミナワはトモシに近付くと、彼女の体が入るぐらいの大きな鍋を氷で作り出し、その中に水を大量に入れた。そしてその鍋をもう一つ作り、横に置く。少しして、ミナワは片方だけの水を凍らせた。
「凍らせていない方に後ろ足を、凍らせた方に前足をいれる。そんで凍らせた方はもちろん氷を溶かすこと。凍らせていない方の鍋は溶かさないように。凍らせられれば尚良し」
トモシは知幸の言葉に頷くと、足に力を入れた。
「セキトもやった」
マイの言葉に、さゆは顔を上げる。
「難しかった」
さゆはトモシを見た。トモシは集中して水面を見ている。氷は溶け始めているが、後ろ足が入っている鍋の方も溶け始めていた。
さゆは知幸を見た。
「私もやりたいです」
「お前……本当にマイと同じことを言うなぁ」
ミナワは頷くと同じものを作ってさゆの前に置く。さゆは手をそれぞれに突っ込んだ。
竜は本来、二つの力を持つ。そのうちの一つに特化しているものの、もう一つの力もそれなりに使えなければならない。例えば火の力を使うならば、その際に上がった体温を冷やさなければ命に関わってくる。
竜の兄弟も同化する際に力を共有するため、同じような技術を身に着けなければならない。特に人は竜よりも体が弱いために、より繊細な技術が必要になってくる。
「知幸さんたちって厳しいですからね。彼女たちも大変だ」
九郎はさゆたちを見て呟いた。
「でも、厳しいからこそ人がついてくる。それに……意味のないことはしない」
マイの言葉に九郎は力強く頷いた。
結局、トモシもさゆも鍋を二つとも溶かしてしまった。
「火を八出せば、氷が二だな。これじゃ死ぬぞ。三日後までに氷を五にまで上げろ。いいな?」
知幸に言われたその日に、さゆは鍋をいくつも買ってきた。
そして、宗久に寝ろと言われるまでさゆたちは水に手や足を突っ込んでいた。さゆたちは宗久を見ると、慌てて鍋を持って廊下に駆け出した。
さゆたちが慌てて片付けた(端に置いただけだが)鍋を宗久は明かりを置いて手に取る。焦げた鍋底を見ながら、宗久は目を細めた。
彼女たちと同じ年代の時、宗久たちも知幸たちもよく同じことをしていた。懐かしい光景が脳裏に浮かぶ。夏の涼しい日に鍋の中に足を突っ込んで、水を凍らせたり蒸発させないようにするのに苦労したものだ。
宗久は鍋を戻すと、部屋の中で雑魚寝している仲間たちを見た。
「マイ。お前の寝相はどうにかならんのか……」
宗久は九郎の顔を押しているマイの手を見て、息を吐いた。
まだ日も昇らぬ中、さゆはトモシと共に屋敷の周りを三十周ほどし、薙刀の素振りを数え切れないほどやった後、ようやく朝食の準備に取り掛かった。横に立つ九郎は卵料理と味噌汁を、さゆは魚を丁寧に焼き、米を炊いた。魚が焼き終わり、ふと横を見ると鍋から湯気が出ていた。
「それは……とりんこ料理……ですよね?」
九郎は頷く。
「うん。たまごふわふわっていうんだ。可愛い名前だよね」
ふわふわ、とさゆは復唱した。そうふわふわ、と九郎は頷く。鍋を覗くと、冬の荒波によってできた泡の花のような料理が入っていた。確かにふわふわそうだ、とさゆは呟く。
九郎は蓋をした鍋を持つ。カゲマルが器を持って歩き出した。すると厨房に宗久と鈴が顔を覗かせた。手伝う、と言って宗久たちは厨房に入る。特訓明けなのか汗臭い。
「あぁ、そうだ。一ヶ月後に公式試合が行われることになった。腕に自身がある人が多く集まってくるから、準備頼むぞ」
宗久の言葉にトモシは顔を上げる。鈴は勢いよく鳴いた。
「任せてください!」
さゆは勢いよく自身の胸を叩いた。
名前 蛇村カガシ
年齢 25
得意なこと 裁縫
好きな食べ物 卵料理
ミニエピソード及び補足
入隊するまではマイたちと暮らしていた。モデルはヤマカガシとアオダイショウ。




