十五話 火の異変
竜士隊の屯所は朝から引越し直後で忙しかった。そんな時にさゆとトモシは屯所に移ったのである。
屯所は大名屋敷として使われていた場所だった。なおこの屋敷は、住人の家を二年以内に潰すという噂がある曰く付きの場所でもある。宗像は縁起でもないといい顔をしなかったそうだが、他の幕臣によって決まったらしい。
さっさと無くなれ、という悪意の籠もった嫌がらせだった。さらには屯所を差し出したのだから、女隊士に接待させろとも言ってきた者もいたという。その者は、女隊士と偽ってやって来た矩幸によって半殺しにされていた。
粗方片付けが終わり、宗久はそんな話題をさゆたちとマイたちに言う。
「竜の兄弟と寝たいって……凄い奴がいるから気をつけるように」
宗久の言葉にさゆが答えあぐねていると、マイが口を開く。
「意外といる。そういう奴は。竜の兄弟だから何してもいいと思ってるから。それに、竜の兄弟ってみんな顔良いらしいし」
「からころな人……」
マイは不思議そうにさゆを見た。宗久が苦笑する。
「山城で使われる山城弁だな。からころの意味はハゲとか、頭が空っぽみたいな意味から転じて、まあ、なんだ。アホとか」
「予想はしてたけど、結構言われるとカチンとくる」
さゆは慌ててマイに手を振った。慌てて貴方達のことではありませんと弁明を始める彼女に、知ってる、とマイは揶揄うように言った。
「局長。この書類って……」
ふと男の声がし、宗久は顔を上げた。そして立ち上がると、後でなと部屋から出ていった。さゆは瞬く。気がつくと、いそがしそうだなあと呟いていた。マイはさゆに微笑む。忙しいのが理想と彼女は言った。
さゆはマイに頷いた。すると、宗久と一人の男が部屋に入ってきた。
少しも気取ったところがない、温和そうな男だった、黒い散切り頭で、顔は宗久やマイに劣らずの美貌だった。ただし、存在感は薄い。
男の足元には五歳児くらいの大きさの、狐の顔をした獣人のような黒い竜が立っていた。トモシは竜を興味津々の様子で見ると、立ち上がり、竜に近付く。
「あ。初めましてだね。僕は烏丸九郎彼は兄弟のカゲマル。さゆとトモシだよね? 話は聞いてるよ。よろしくね」
さゆは簡易的な自己紹介をすると頭を下げた。九郎はマイを見る。
「九郎は監察。何でもお見通し」
「そういうわけでもないけどね……。監察っていうのは、要するに竜士隊で裏切り者がいないか確認するんだけど……まあ、僕の仕事は諸士調役の方が占めるかな。そっちは不逞浪士を見張ったりとかが仕事だから」
暗躍者だと興奮しながら発されたさゆの言葉に、九郎は苦笑する。
「ありがとう。仕事はこれからだけどね。……僕、最初は監察になる気はなくてさ。でもね、宗久さんが譲らなかったんだよ」
おっとりとした口調で九郎は言う。宗久はそうだなと笑った。さゆは彼を見つめた。
「お前は監察だって。……最初は、戦に対しての才能が無かったから言われているのかと思ったんだ」
違かったんですかとでも言いたげな目でさゆは九郎を見た。
「うん。宗久さんは、僕が目立たないように振る舞う姿に、監察としての才能を見出していた。それは矩幸さんも一緒。……矩幸さん、僕に監察としてのことも色々教えてくれたな。……厳しかったけど」
九郎は目を細める。さゆは九郎を見た。確かに人の良さそうな表情を見ていると、戦には向かないかもしれない。だからといって弱いわけでもなさそうだが。
「あ、監察だからって弱い訳じゃないぞ。機会があれば戦ってみなさい。きっと得るものがあるはずだ」
宗久の言葉にさゆは頷いた。
「もし舐められたら殴り返せばいい。マイはそう思う」
九郎は勘弁してくれよとでも言うように俯いた。
「マイ。物騒過ぎるよ、君は……。さゆも頷かないで」
マイは九郎を横目で見る。
「でも、マイたちの仕事は戦。剣を振って勝つことが私たちの役目」
「そうなんだけど……。これからはそれだけじゃやっていけない」
トモシは顔を上げると、さゆの横に座る。
「今まではただの集団だったからそれで良かった。でも……組織に変わった今、お金の流れとかも複雑に絡み合う。だから、信用とか信頼がとても大切になる。まぁ、僕たちの場合は信頼かな」
さゆは足を縦に振った。
「そんなに思い詰めることもないわ。法に抵触しないことも信頼の一つよ」
ふと女の声がし、さゆは顔を上げた。
そこにいたのは蛇のような目に、薄い青色の髪を持つ女だった。女はさゆたちに微笑む。時折口から出る舌は先が二つに分かれていた。
さゆは自己紹介をすると、よろしくお願いしますと頭を下げる。女は微笑んだ。
「素直な子ね。私、素直な子は好きよ。私は蛇村カガシっていうの。兄弟はオロチマル。よろしくね」
カガシは言うと、さゆたちの元に湯呑みを置く。
「これから忙しくなるでしょうね。……変な動きがあるみたいなの。そうよね、九郎?」
九郎はカガシを見ると、頷いた。さゆは少し考えると、まるで誰かに道を尋ねるような口調で彼に尋ねた。
「もしかして……あのヒシュのことですか?」
九郎は頷く。
九郎曰く、宗久たちや矩幸たちは随分と前からヒシュの異変に気が付いていたという。そのため、浪士隊とは別の、竜の兄弟だけで編成された組織を作るために奔走していたらしい。
部屋に矩幸が入ってくる。そして大所帯になったなというようなことを呟き、九郎を見た。その手にはヒシュが入った籠があった。真っ赤に染まったヒシュ。保存が効くため、三年は発火の効力が消えないという。
九郎は立ち上がると、火の気のない竃を見た。そして籠の中に入っていた木の実を触る。
真っ赤な殻に包まれた胡桃に似た木の実だった。九郎は慣れた手つきでその木の実を叩くと、竃の中に粉々になったそれを入れる。さゆは九郎に油を渡した。九郎はありがとうと受け取ると、竃の中に油を入れる。
その瞬間、竃の中が明るくなった。見れば火が竃の中で揺れている。
紛れもないヒシュの火だった。
人々の灯りとなり、温もりとなるはずの火。
さゆは九郎を見た。
「この火じゃなかったんだろう?」
九郎はさゆたちとマイたちを見る。彼らは揃って頷いた。
ヒシュの火を見るといつも、背筋が伸びる思いがする。
先人たちが五百年以上もの間、絶やさぬように灯し続けた火。その火は無数の命を守り、育んできた。
ヒシュの火は命の火なのだ、とさゆは思っている。その火が国中から消えた時、人々の姿も消える。
そんなヒシュが血を流している。悲痛な叫びを上げている。さゆには分かった。
ヒシュがあんなに苦しんでる。その苦しみの声はいつか人のそれになる。
「あのヒシュは……確かに苦しんでた。燃え盛る炎はヒシュの血だった。マイはあの火を見た時にすぐに分かった」
マイは言いながら息を吐いた。
さゆはヒシュを見る。しかし――どうしてヒシュに炎鬼なんかが潜んでいたのだろう。竜が炎鬼から人々を守るために作った火であるというのに。
「実は……少し調べたところ、花街のある群島でボヤ騒ぎが起きているようなんです。まだ店への被害はないですが、井戸が燃えたりしていて、もう既に五つの井戸が焼けたそうです。浪士隊が対応にあたったそうですが……」
ヒシュの火も炎鬼の火も水では消えない。だから井戸を燃やすというような芸当が可能になる。
全員が険しい顔をして九郎の言葉を聞いていた。
放火なんだろうな、という疑惑を持ちながら。
「さゆ、少しいいか?」
ふと後ろから声がかかり、さゆは顔を上げた。声の主は宗久だった。
名前 烏丸九郎
年齢 26
得意なこと スリ(前科なし)、存在感を消すこと
好きな食べ物 脂の乗った刺身、揚げ物
ミニエピソード及び補足
鳥の鳴き真似がとにかくうまい。特に鴉の鳴き声が得意で、宗久たちに定期的に披露している。




