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火を守り継ぐ者  作者: 夜間燈
一章 異変の足音
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十三話 荒れた会合

 千次郎は息を整えると、その場に音を立てて座った。今日は荒れるでしょうね、とマイは宗久に耳打ちした。

「不当な言葉をお聞かせしてしまい、申し訳ない。この場を借りて謝罪いたします」


 副長は頭を下げた。局長は副長を見ると、お前もか、と低い声で呟いた。元兼はそんな局長を見ると、静かな声で、

「坂山君。今のは君も謝るべきだと思うよ」

と言った。


 坂山は副長と千次郎を見た後、さゆたちを見た。すると宗久が微笑んだ。

「実力不足の者に謝るのは私も苦ですから」


 さゆは宗久を見た。

 要するに宗久は、自分たちが実力を示してから謝りに来い、と言っているのである。それは、すぐに活躍するだろうという自信から来るものなのは、明らかだった。

 その態度に苛立ちを感じたのか、坂山は宗久を睨みつけた。


 そんな時、元兼が口を開いた。

「浪士隊を認めて竜士隊を認めない訳にはいかないんだ。そんな公平性を求める事情もあるのだけれど。それよりも大きいのは、僕は賭けたいと思ったんだよ。竜とその兄弟に」

 元兼は言うと、千次郎と副長を見た。

「金光君もそうなんだろう? そして松村君も少しずつそう思っている。違うかい?」

 松村は肯定も否定しなかった。ただ、元兼も坂山もあの男の性質をよく理解していた。彼はどっちつかずのように見えて、実ははっきりと白黒を付けたがる男である。そんな彼が、否定しないということはすなわち、肯定しているということなのだ。

 坂山は松村を睨みつけた。松村は黙っていた。そういうどっちつかずに見える態度が、時として人を苛立たせる。その事実に彼は気がついているのだろうか。


「虐げられて、血を流しながら泥水啜って、それでも悪とされていた存在が、人々の憧れ、そして希望に成り替わる。そんな、まるで軍記物や絵巻物のような瞬間を、私は見てみたいんだ」

 千次郎は何度も頷いた。


 彼に敵う剣客はいないとまで言われているほどに、千次郎は強い。浪士隊でも一番か二番目に剣術に才がある。試合にもほとんど負けないため、もはやつまらないとも思ってしまっていた。

 そんな時に――燃え盛る家に向かって走ったさゆたちやマイたち、風の方向を変えた宗久たち、家を丸ごと凍らせた矩幸たちを見たあの日。千次郎はその光景をただしばらく見ることしかできなかった。それぐらい鮮烈な光景だった。そして、確かに忘れていたはずの胸の高揚を感じた。


 初めてだった。

 敵わないな、と誰かに思ったのは。


 それから千次郎は竜と竜の兄弟に夢中になった。自分は飽きっぽい性格だと分かっているから、いつか冷めるだろうなとどこかで思っていた。

 にもかかわらず――さゆたちに出会ってから既に一ヶ月ばかりが経とうとしていたが、冷めるどころかさらに熱気は高まっていた。


 惣太郎がさゆたちに夢中になったのも頷ける。

 千次郎は息を吸った。

「彼らはきっとやり遂げるよ。そう信じさせる何かが、彼らたちにはある。早くさん付けで呼びたいし、敬語使いたい。今は身分がどうとかでできないけど、きっとすぐにそうなるよ。僕がここまで他人に興味を持ったのは初めてだ」

 千次郎の目は真っ直ぐだった。


 坂山は何かを言おうとしたが、すぐに口を閉じた。

「君たちの言う浪士隊の組織構想は全面的に飲もう。ただし、条件がある」

 宗久と矩幸は元兼を見た。

「私の知らないところで金策をしないこと。接待なども勝手にしないでほしい。昔、浪士隊でそれが問題になったんだ。それと私の顔に泥を塗るような真似はしないでほしいね。……破ったらこの話はなしだ」

 宗久は承知いたしましたと頭を下げた。


「事実を言ってほしいんだが。……炎鬼はどんな様子だった?」

 さゆは元兼を見た。

「知恵を付けていました。それにヒシュの火の中にいたんです。炎の色も普通よりずっと濃い赤色でした」

 元兼は顎を触る。

「ヒシュが黒くなったことと関わりがあるのか……? いずれにせよ、その原因を探らなければ被害は大きくなるね。うん。これは浪士隊だけで解決できるものじゃない。断言しよう」

 元兼は真っ直ぐに宗久と矩幸を見た。その場にいた全員が背筋を伸ばし直した。


「これより竜士隊を許す。乃木宗久、乃木コガネを局長に、矩幸とミナワを副長に任じる。国のために義を尽くすように」

 宗久と矩幸は深く頭を下げた。さゆたちもつられて体を深く倒した。


 さゆたちは店に戻る。そして不機嫌そうな女店主を見た。女店主はさゆを見ると、どこ行ってたんだ、と唸り声に似た声で聞いた。さゆは女店主を見た。トモシが不機嫌そうに目を顰めた。威嚇に似た声を出すトモシを撫でながら、さゆは店主を睨みつけた。


「庄仙藩の屋敷です。藩主の宗像元兼殿に来るように言われていたので」

「庄仙藩? 嘘も大概にしな」

 女店主は鼻で笑った。さゆは拳を握りしめた。


「信じないなら信じないで結構です。それと……働き口が見つかったので、今日ばかりで丁稚は辞めます。礼なんか言ってやるもんか!」

 さゆは言いながら外に出ようとした。すると女店主は怒鳴った。

 今日明日で辞めれるもんじゃない、というようなことを捲し立てる彼女に、さゆもトモシも呆れたように顔を下に向けた。普段あんなにさゆやトモシに対しての態度が悪いのに、辞めさせる気はないのか……。


「これでも読んでください」

 さゆは女店主の顔面に元兼から貰った巻物を叩きつけた。女店主は巻物を開く。

 そこには、さゆとトモシの竜士隊入隊が決まったこと、これによって七日後までに奉公関係は破棄となることが書かれていた。

 最初は偽物かと思ったが、下には幕府で使われる印が押されていた。


 これで女店主は真っ青になった。幕府に逆らえばどうなるかぐらい分かっている。女店主は慌てふためいた様子でさゆに言った。

「なら、出ていくのはその竜士隊ができてからでもいいじゃないか」

 さゆは眉を吊り上げると、舌を出した。


「嫌です。お前も、この店の奴らもみんな大っ嫌いだし」

 ぎいとトモシも鳴いた。女店主は反抗的なさゆを睨みつけた。さゆはトモシの背中に乗った。

「人が大切にしていたお手玉、壊して楽しかったですか?」

 さゆは冷たく言う。するとトモシは走り出し、迷うことなく店の外に飛び出した。


 さゆは惣太郎の住む家を訪ねた。中程度の武家屋敷であり、

 最初はさゆたちが来ることを嫌っていた家だったが、惣太郎の粘り強い交渉とさゆたちの人柄によって、今では温かく出迎えてくれるようになった。困ったことがあればすぐに来い、と家長も言っていた。


 さゆに対応したのは惣太郎の姉だった。姉はさゆとトモシにいらっしゃっいと笑うと、彼女たちを中に入れた。トモシは姉に頬擦りをし、嬉しそうに翼を動かした。

「あれ、さゆとトモシじゃねえか」

 惣太郎も部屋から出てきてさゆたちを見た。


「晩飯用意するよ。父さん、さゆたちが来た!」

 惣太郎が奥の部屋に呼びかけると、おお、と興奮したような声が聞こえた。すぐに別の部屋から惣太郎の母親が顔を出す。母親は惣太郎によく似ていた。家臣たちもさゆたちを温かく見ていた。母はさゆに笑う。


「あら、貴方たち。遠慮しないであがって頂戴。何ならずっといてもいいんだからね?」

「あの……そのお言葉に甘えてもいいですか?」

 さゆは惣太郎の母に言った。惣太郎はさゆを見た。


「実はさっき、店から強引に出て行ってしまって。その、家出ならぬ店出しちゃって……」

 惣太郎たちは顔を見合わせると、歓喜の声を響かせた。

「店出した記念に、今日はご馳走ね! 楽しみにしてて頂戴!」

 母はそう言うと台所に走っていった。惣太郎はさゆに笑った。


「俺の家族、みんなお前らに夢中なんだよ」

 さゆは照れ臭そうに笑った。

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