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悪炎の処刑人  作者: 夜間燈
第二部 雪解け近し
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十一話 差し入れ

 数日後、新たな竜と竜のキョウダイが冬国刀兵隊に入隊した。壱番隊に配属されることとなり、橘は壱番隊の面々に彼を紹介する。

 癖のある砂色の髪に、黄水晶の目を持つ少年だった。鋭い目つきをしており、言動もどことなく粗暴であった。年はさゆと同じくらいで、さゆよりも僅かに背は高い。

 竜は青と黄色の毛皮を持つ狐の姿をしていた。目の上には青い眉毛が生えており、足の先は青い巻毛に覆われている。狐は興奮した様子で辺りを見回すと、鼻を鳴らした。

 竜とトモシの目が合う。トモシはすぐに屈むと、うるる、と鳴きながら竜を見た。竜もまた牙を見せ、耳を後ろに倒すと牙を見せる。

 トモシと竜は互いに近づくと、即座に取っ組み合いを始めた。激しい取っ組み合いは、隊士たちでも止められそうにない。助けを求めようと顔を上げると、頰を抓りあって口喧嘩を始めているさゆと新入りの姿が目に入った。

 何が原因で喧嘩をしているのかは分からない。

 止めないと、と橘は子供たちを見た。

 そして限界まで伸ばされた顔が目に入る。頬の次は互いの鼻を摘んでいるらしく、くぐもった声が滑稽であった。橘は噴き出しそうになった。他の隊士たちも笑いを堪えている。

 橘は何とか笑いを胸の下に封じ込めると、さゆたちの頭に拳骨を叩きつけた。

 鈍い音が響き、さゆと少年は頭を抱えて蹲った。

 竜たちも動きを止め、それぞれのキョウダイの元へと駆け寄った。

「喧嘩するな。まだ会って一刻も経ってないだろうが」

 さゆと少年は橘を見上げた。彼女たちの右目には薄らと涙が浮かんでいる。

「だってコイツが!」

 さゆと少年は互いを指さした。橘は拳を鳴らすと、もう一度、拳骨を振り下ろした。


 数週間後、さゆは少年の隣に座り、薙刀の手入れを始めた。竜たちは互いに端の方で取っ組み合いをしている。少年はさゆを見ると、手入れの終わった刀を見た。

「もう、お前のせいでいっつも怒られる……」

 さゆは呟いた。少年は青筋を浮かべると、さゆを見た。

「その台詞、そのままテメエに返してやるよ」

 少年は言うと、どっちが悪いか示してやる、と叫んだ。さゆは勢いよく立ち上がると、手入れしたばかりの薙刀を構えた。

 しばらく庭で暴れると、さゆも少年も気持ちがだいぶ収まった。着物が泥だらけになったところで、さゆたちは動きを止める。

「これで四十九回目の引き分けか……」

「俺はテメエに五回勝ってる」

「私だって五回勝ってるし」

 さゆは頰を膨らませた。

 彼らは同じ時間に起きては、朝から激しい打ち合いを行っていた。それは既に日課となっており、欠かしたことはない。

 少年は顔を上げる。雲行きは怪しく、今にも雨が降りそうだ。重苦しい灰色の空は、見ているだけで気持ちが沈んだ。

「そういえば、一斉摘発があったんだってな」

 唐突な少年の言葉に、さゆは顔を上げた。竜たちはさゆたちのやり取りを見つめている。

「うん。それがどうしたのさ」

「藤永家も調べたんだろ? そこで何か出なかったのか?」

 知らないなぁ、とさゆは口の下に親指を当てた。

 さゆは経験が少ないという理由で、家の中に入らせてもらえなかった。故に、どのような証拠があったのか、またはどれくらいの規模で横領を行なっていたのか、などの詳細は何も知らない。横領があったから摘発する、としか聞いていなかった。

「藤永に何かされたの?」

「藤永の家臣が俺たちの家に来たことがあってよ。それから数日後に、こ……兄貴がいなくなっちまって」

 少年は肩を下ろした。

「藤永……か……」

 さゆは呟く。

 藤永という名については、利平から気をつけるように口酸っぱく言われてきた。

 狩猟大会を開催し、現在でも竜のキョウダイへの差別政策を率先して行なっているためであった。

「ねぇ、それって結構危ないんじゃない?」

 さゆは深刻な顔をした。

「藤永って、狩猟大会の主催者らしいよ」

 少年は顔を上げる。さゆは頷いた。

「手伝えることあったら言ってよ! 藤永には一泡吹かせたいと思ってたところだし!」

 少年は頷いた。さゆはふと少年を見る。

「そういえば、ちゃんと自己紹介してなかったかも。私はさゆ。で、トモシね」

「テメエによろしくされる気はねえが、よろしく頼む。改めて俺は……間宮暁(まみやあきら)だ。で、ライメイな」

 すると魚沼が縁側に顔を出した。さゆたちは顔を上げると、何も考えていませんよ、と言いたげな表情を見せた。魚沼は呆れたように息を吐くと、お前何をしたんだ、と暁に話しかける。

 暁は首を傾げた。

 まさか、藤永家への侵入計画がバレたのか。

「何の話ですか?」

「じゃあ、今届いた荷物は何なんだ」

 さゆと暁は顔を見合わせる。

 屋敷に入ると、多くの荷物が置かれていた。暁は荷物を一つ取ると、包みを開けた。

 さゆは目を見開いた。

「うわぁ……これまた高そうな……」

 千次朗の言葉に、暁は眩暈がした。

 荷物の正体は大量の着物や上質そうな梅干しや干物などの食料だった。トモシは梅干しを見ると、涎を垂らす。

 さゆは暁を見た。

「へぇ……金持ちなんだね、親御さん」

「んな訳ねえ。親は賭博で店潰して夜逃げしやがったからな。誰からですか」

 上質な着物ではなく、それを十数枚も送っているところを見ると、竜のキョウダイをよく知っている者からなのだろう。

 さゆは首を傾げた。

 金持ちで、かつ竜のキョウダイに理解がある人なんているのだろうか。

「護衛の家族を養うのも主人の役目。心ゆくまで使うといい……広畑道良……」

 暁は文を読みながら呟いた。魚沼と橘は顔を勢いよく上げた。


 そこは氷に囲われた広い部屋だった。部屋、といっても家具の類は一切置かれていない。雪のように白い花が絨毯のように広がるばかりだった。

 宗久は部屋に入ると一礼し、異国の言葉で中に呼びかけた。矩幸と鈴も一礼する。

 すると奥から一頭の竜が現れた。

 牛と同じ大きさのその竜は、真っ白な羽毛に覆われていた。四つ足の竜で、その翼は大きく、立派だ。頭には二本の長い角が生え、口先には白い髭が二本伸びている。息がしにくくなるほどの圧倒的な覇気を湛え、竜はそこにいた。

 竜のその青色の丸い目がこちらを見つめる。

 宗久たちはもう一度礼をした。竜はその場に伏せると、よく来たな、と男とも女とも取れぬ声で彼らに話しかけた。

「お前たちには苦労をかける」

「いえ、これが我々の役目ですから」

 宗久は応じた。竜は目を細めた。

「最近妙に体が重くて敵わぬ。余もそう長くはないやもしれん」

 宗久は竜を見た。

 この世には、「守護竜(しゅごりゅう)」と呼ばれる竜がいる。守護竜たちは季節を運ぶと共に国を守るという役割があり、それぞれの里に派遣されている。

 〈冬国〉は冬の竜が守護竜として派遣されていた。

 元々冬が長く厳しかった里だが、守護竜によって冬の恵みを多く享受できるようになってからは、凍死者が激減した。

 その冬の恵みが「火」であった。

「焦げ臭くなってきたの」

「えぇ、炎鬼の数が増えております」

 宗久は静かに言った。

「狂い竜も増えていると聞いておるが、真か?」

 竜の問いかけに宗久は頷いた。

「すまぬな。余もこの里に何が起きているのか分からぬ」

 宗久は目を伏せた。

「余が何か知っている、とそう踏んで来たのだろう? 無駄な苦労をかけたな。詫びを言う」

「いえ、我々のために時間を取ってくださっただけでもありがたいことでございます」

 竜は目を細めた。

「のう、竜が選んだ(つわもの)たちよ」

 竜は真っ直ぐに宗久を見た。

「余がこの里に手を出した時は迷わずに殺せ」

 宗久たちは頷いた。頷きながら、遺言みたいで嫌だな、と思った。

〈冬国〉の井戸端会議コーナー 「さゆたちの使う方言」


 さゆや伊勢家の面々、アサヒたちが使用する方言は「山城弁」という。伊勢利平の出身地である山城藩の日常語であった。さゆや惣太郎はなるべく標準語を使おうとしているが、たまにポロポロ出すし、興奮したら連発しがち。

 以下、基本的な山城弁。


 ①〜げ……否定を強調する。「絶対に」という意味が一番近い。

 例:「許さんげな」→「絶対に許さない」

 ②〜せ……語尾につける。「〜だよ」という意味。

 例:「やるせ」→「やるよ」

 ③〜ね?……疑問の語尾。「〜なの?」という意味。

 例:「さゆね?」→「さゆなの?」

 ④〜き……欲求を表す語尾。「〜したい」という意味。wantである。

 例:「飛びきね?」→「飛びたいの?」

 ⑤〜と……推量や仮定、疑問の語尾。「〜かも」、「〜だろう」、「〜なの」という意味。

 例:「食うと」→「食べるだろう/食べるかも/食べるの?」

 ⑥〜じ……否定。「〜ない」の意味。

 例:「金がねじ」→「金がない」

 ⑦〜さ……断定の語尾。「〜だ」の意味。

 例:「鯱さ」→「鯱だ」

 ⑧面下げね……謝罪表現。目上の人にも使える。

 例:「面下げね」→「ごめんなさい」

 ⑨とど……お父さん

 ⑩かあ……お母さん

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