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終末ぼっちは生き残り少女と話したい  作者: ヒトのフレンズ
第5章 終末ぼっちは抗いたい
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第78話 Not a hero

 



 血飛沫が舞い、男児が崩れ落ちる。


 力なく床に落ちた手から火炎瓶が離れた。

 着火される寸前だったそれは、中の液体を撒きながら転がっていく。


 少年はダットサイトの中で幼い彼の死を見届けた。

 放たれた九ミリ弾は確実に頭部を貫通。

 骨と脳幹を抉り、致命傷をもたらした。

 小さな鉛の塊によって彼の短い生涯が幕を閉じたのだ。


 脳漿と共に流れ出す血。

 彼の小さな頭部は銃撃によって歪み、元の形を留めていなかった。

 頭髪がこびり付いた肉片が散らばっている。


 少年の胸に重い感情の波が押し寄せる。

 思考が熱に浮かされたように鈍り、引き金を引いた指の感触だけが鮮明に残っていた。


 しかし、敵は感傷に浸る時間すらくれなかった。

 男児が死んだと気付くや、扉が開いた。

 長身の男がすぐに銃撃を再開し、他の住民がそれに続く。


 彼等の銃器は大半が減音器を装着していない。

 通路に銃声が響き、耳朶を打つ。

 重い感情と音の連続で感覚が狂う。


 少女が応射するのが横目で見えた。

 減音器が装着された小型のMP5が煙を吹く。


 ――自分も撃たなければ。

 他人事のように考え、引き金を引く。

 指だけがまるで別の生き物のように淡々と動いた。

 このような状況でも、終末に染まった身体は機能している。

 他人の生命を奪い、自分の生命を守るために。


 半狂乱になって飛び出した男。

 少女の弾が胸を貫き、身体が揺れた。

 続けて少年の射撃が頭を吹き飛ばした。


 勢いのあるまま力を失った身体が前のめりに倒れる。

 頭が床に打ち付けられる音が響き、欠けた頭骨から中身がこぼれた。

 手にしていたのは、粗末な斧。


 これだけの銃撃戦が繰り広げられる中、斧一つでどうしようというのか。

 自分への恨みが彼を狂わせたのかもしれない。

 少年自身が三笠の仇として保有者の殺害に執着するのと同様に。


 相手の銃撃が鈍った。

 少年はポーチから閃光音響手榴弾を取り出した。

 これを使って後退の時間を稼ぐ。


 もはやこのまま戦闘を継続するのは得策ではない。

 相手には手練れがいる上、多少の損害を気にしていないようだ。

 子供を特攻させてでも、こちらを殺そうという意志が伺える。

 戦闘を長引かせて少女を負傷させる訳にはいかない。


 向かいの柱に身を隠す彼女に閃光弾を見せ、意図を伝えた。

 ピンを抜き、投擲する。

 床に転がったそれが住民の前で止まった。


「手榴弾!」

 長身の男が怒鳴り、扉に隠れる。

 取り残された一人の住民が叫んだ。


 強烈な閃光と耳をつんざく爆音が弾けた。

 それは住民の感覚を著しく鈍らせ、束の間の隙を作った。

 非致死性の兵器だが、感覚に与える影響は大きい。


「走れ!」

 拳銃を抜き、少年は叫んだ。


 少女が柱から飛び出し、エントランスへと走る。

 後ろ手に発砲しながら、少年も続けて駆け出した。


 空気を裂く音が鳴り、身体の真横を弾が通り抜けた。

 背中はプレートに守られているが、それ以外は無防備だ。

 本能的な恐怖に背中を押されながら、エントランスに出た。


 闇雲に発砲した拳銃は弾切れ。

 スライドが後退したそれを握りながら、駐車場へと向かう。

 追手の気配がした。


 先に車に乗り込んだ少女がフロントガラス越しに連射する。

 エントランスにいた住民たちが慌ててカウンターに身を隠した。

 長身の男は負けじと89式小銃を単射で撃ってくる。


 少年は飛び込むように車に乗った。

 すぐに発進する。

 車体に銃撃が加えられ、衝撃音が響く。


 揺れる車体を引きずるようにアクセルを踏み込んだ。

 弾がガラスを穿ち、破片が車内に降り注ぐ。

 少女が顔を覆いながら、片手で拳銃を連射した。

 銃声が車内で連続し、鼓膜を震わせる。


 急発進した車を追うように、銃撃が続いた。

 姿勢を低くしながらハンドルを切り、駐車場を出る。

 直後、何かが弾ける音が聞こえ、がくんと車体が傾いた。


「――クソ!」

 少年は思わず毒づいた。

 タイヤが破損した感触。

 異音が鳴り、明らかに加速が鈍る。


「タイヤをやられました」

 少女に向けて噛みしめるように呟いた。

 表情を一層険しくした彼女は、銃の弾倉を換えた。


 まだ危険は去っていない。

 復讐に燃える住民たちが千載一遇の機会を逃すはずがない。

 偶発的な戦闘で出鼻を挫かれ、移動手段をも失いかけている自分たちは、明らかに分が悪いのだ。


 ――どうする……?

 少年は手負いの車を操りながら思案した。


 このまま拠点の分駐所に帰ることはできない。

 車がこの状態では、いずれ住民たちに追い付かれてしまう。

 運よく分駐所に逃げ込めても、自分たちの住処が相手に露見する。

 わざわざ自宅を捨て、新たな拠点に移った意味がないのだ。


 バックミラーを一瞥する。

 少年の焦りに油を注ぐように、二台の車が見えた。

 あまり時間はないようだ。


「小学校に入って相手を撒きます」

 決断し、少年はハンドルを切った。

 交差点を曲がり、細い生活道路に入る。


 市役所に向かう途中に見えた小学校。

 そこに逃げ込み、相手を撒こうと考えた。

 複数の部屋があり、こちらの姿を隠すことができる施設は他にない。

 その辺の民家ではすぐに見つかってしまう。


 そしてもう一つの理由。

 あの小学校には、相応の数の保有者がいた。

 保有者は憎しみの対象であり、明確な敵だ。

 しかし、利用することはできる。


 保有者は全ての人間に対して牙を向く。

 そこに敵味方の区別はない。

 つまり、保有者は住民たちにも脅威となる。


 自分たちと住民、そして保有者。

 小学校という場を利用し、三つ巴の状況を作り出す。

 保有者の脅威によって、相手の足止めを狙うのだ。


 再び急ハンドルを切る。

 タイヤが完全に破裂し、ホイールとアスファルトが触れ合う音が響いた。

 この車の限界が近い。


「もうそろそろ小学校です。準備を」

 少年は覚悟を決めるよう、改めて告げた。

 しかし、彼女にその言葉は必要なかった。


 MP5を抱え、凛々しい横顔を見せる少女。

 端正な双眸は前方を見据え、柔らかそうな唇はきゅっと結ばれている。

 保有者の殺害を忌避し、戦闘から距離を置いていた以前の様子とは違う。


 その姿に圧倒された。

 そして、頼りがいと罪悪感を同時に覚える。

 純粋な彼女に殺しの技術を教え込み、本来発揮されるべきでなかった狙撃の才能を開花させてしまったのだから。


 しかし、だからこそ、彼女はかけがえのない存在なのだ。

 互いのために手を汚し、支え合う関係。

 守るためなら誰かを殺すことも厭わない。

 終末で培われた共犯関係ともいうべき間柄だ。


 ――着いた。

 小学校が見えた。

 少女が素早く降車し、正門を開ける。

 車のまま中庭に乗り込み、体育館の裏に駐車した。


 聳え立つ小学校の校舎。

 中央に昇降口があり、その左右に一つずつ校舎棟が繋がっている。

 不気味な沈黙が周囲に漂い、飲み込まれそうな圧を感じた。

 正面玄関や校庭には幼い屍たちが彷徨っている。

 校舎内がどうなっているのか、あまり考えたくはない。


 手早く弾倉を交換し、車から降りる。

 こちらに気付いた保有者たちが呻き、じわじわと集まり出す。

 あちこちから出血し、小さな歯を剥き出すその様は、紛れもない恐怖と嫌悪をもたらした。


 そして、改めて認識する。

 たとえ元が子供であろうと、彼等は立派な怪物なのだと。


 銃口を上げ、発砲する。

 小さな頭部から血が舞い、力なく倒れていく。

 そんな屍たちの姿が市役所で射殺した男児と重なり、重い感情が深まった。


 逃げることはできない。

 ここで引き下がることもできない。

 罪悪感だろうか後悔だろが、あらゆるものを引きずって生きていかなければならない。

 自分が負ければ、それは即ち仲間である少女の死を意味するのだから。


「行きましょう」

 全ての保有者を排除する猶予はない。

 立ち塞がる屍だけを捌き、昇降口へと走った。


 薄暗い校舎に入る。

 五か月以上の間、屍以外が足を踏み入れていない無の空間。

 死臭で饐えた空気が鼻腔を刺激する。


 下駄箱の前を抜けると、血塗れの空間が広がっていた。

 床に転がる死体は、ほとんど白骨化し、腐肉がわずかにこびり付いている。

 無造作に転がったランドセルや水筒が混乱を暗示し、逃げ惑う小学生と追い回す保有者の姿が脳裏に浮かぶ。


 この様子からして、終業式か夏休み中の行事で多くの児童が登校していたようだ。

 死がありふれた世界であっても、幼い子供に降りかかった悲劇には憐憫を抱かざるをえなかった。


 死が満ちた空間は不気味だ。

 辺りに充満する腐臭と屍の気配が自分がその場所に足を踏み入れていることを実感させ、背筋がじわりと寒くなる。


 エンジン音が聞こえ、肩越しに振り返る。

 ワンボックスが二台、中庭に突っ込んだ。

 そこから降りた住民たちが武器を携えて展開していく。


 数人が慎重な足取りで少年の乗り捨てた車に接近する。

 罠や待ち伏せを警戒しているのだろう。

 さらに数人の住民が校舎を取り囲むよう、校庭や裏門へと走る。


 残された住民たちは、保有者の対処に当たる。

 散発的に銃声が響き、バットや刃物を手にした者が屍に飛び掛かる。

 慣れない者もいるらしく、手こずっている様子が伺えた。


 相手が子供では的が小さく、心理的なハードルも無視はできない。

 たとえ復讐のためには子供の死を厭わない集団であっても、全員がそれを克服できている訳ではないようだ。


 ――狙い通り。

 敵はまだ車と保有者に意識を取られ、校舎には入って来ない。

 今のうちに身を隠し、一応の態勢を整えるべきだ。


「隠れる場所を見付けましょう」

 小声で言い、ハンドサインで“前進”の合図をした。

 少女が頷き、MP5を構えながら廊下を先行する。


 後方を警戒しながら、交互にポジションを入れ替えて前進する。

 保健室から保有者が飛び出した。

 頬を食い千切られた男児。

 引き金を絞ると、減音器に抑えられた低い銃声が響く。


 倒れたところにもう一度撃ち込んだ。

 死亡を確認し、亡骸を越えて進む。


 曲がり角に差し掛かる。

 少女が銃口をわずかに下げて踏み出した。

 その先には、三体の保有者。

 小学生二人と教師らしき女性。


 少女はわずかに目を細め、発砲した。

 テンポよく、低い銃声が続く。

 女児と教師が倒れた。


 後方を警戒していた少年が振り返り、最後の一体を撃つ。

 男児の頭部が揺れ、床に崩れ落ちた。

 二人の児童と教師が重なるように倒れている。

 その死に様は、互いに寄り添っているようだった。


「姿勢を低く」

 窓越しに気配を感じ、小さく呟いた。

 少女が頷き、窓から見えないように屈む。


 窓の向こうを二人の住民が通り過ぎた。

 周囲を警戒し、こちらを捜索しているようだ。

 いきなり校舎に全勢力を投入せず、外周を固めるという慎重さから、相応の戦略性を持っていることが分かる。


 その慎重さが身を隠す時間を稼いでくれる。

 しかし、同時に脱出の難易度も上がってしまう。

 敵個々人の能力にはかなりばらつきがあるが、それなりに頭が働く幹部がいるようだ。


 ひとまずの安全を確認し、階段へと向かう。

 一階ではすぐに敵に見付かってしまうだろう。

 二階の教室に身を隠し、逃避行の計画を立てねばならない。


「死体があるぞ、奴等がいるかもしれない」

「班長に報告してくる」

 とうとう昇降口の方から声が聞こえた。


 ――来たか。

 校舎内にも住民が入ってきたようだ。


「上に行きましょう」

 少年は少女を伴って階段を上がる。


 二人と住民、そして保有者。

 死に覆われた校舎で三つ巴の戦いが始まった――。





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