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この光景が注目されるのはいつものことだ。
ふと視線をあげてみれば、その中に最近よく見るようになった顔を発見した。
この部屋の前はよく人が通る。騎士団の人間ならばここを通ることに何の不思議もない。
だからこそこんな場所でこんなことをしていれば注目を浴びるし、おかしな噂も広がっていく。ほかの隊の人間からしてみれば確かに私は清楚ビッチになるんだろうな。
今私と目があったアストロも言っていたしな。仕事用の格好だからヒールではなくブーツで踏みつけているが。
酔っぱらって倒れているところを拾って介抱してやったのに朝起きて固まられたこともある。大して関わりもないのにそんな反応をされるのだから噂も侮れない。
あんぐりと口を半開きにして固まっているその顔はやはり間抜け面だった。
ついでとばかりに清楚ビッチのまま微笑みかけてやれば、あいた口をパクパクと動かし始めた。あほ面だ。
よほど驚いているのかなんなのか。
ふっ、と思わず肩の力が抜けたような笑いが零れる。完全に今のは令嬢の仮面が剝がれていたな。私の素の笑いが零れてしまった。
心なしか満足感を得て、私は隊長の頭から足を下ろした。
もう一回かかと落としくらいはしておきたいのが本音なんだが、それをすると隊長は喜んでしまうからな。ここは我慢だ。
その場にいた人間たちに「失礼」と頭を下げて踵を返す。
とりあえずこれで隊長は仕事を始めるだろう。私も仕事に戻りたい。やることはたくさんあるんだ。
次の大きな仕事も一週間後に控えているからその準備もある。騎士団の中でも大捕り物だ。
私の隊もなかなか重要な役割をもらっている。確かアストロも警備隊として参加だったか。
背中に視線を感じながら私は自分の仕事部屋へと戻った。
流石にもうアストロと関わることは本気でないかもしれないな。
と思っていたんだが。
「本当に懲りないな」
はあ、と重いため息を吐き出してしまったのも仕方ないだろう。
今日は仕事が長引いた。それに加えて買いたいものもいろいろとあったから寄り道をして帰ってきたんだが。
家の前でまたしてもがたいのいい男が倒れている光景に出くわしてしまった。
とりあえず息の確認をしてみる。
生きてるな。
そしてまた酒の匂いだ。
「毎回同じ場所に行き倒れるなんて難儀な男だ」
ここまでくると呆れも通り越してしまう。
何かの呪いにでもかかっているんじゃないのか?
私の家のたどり着くなんてもはや可哀そうに思えてくる。
私の部屋のベッドにアストロを放り投げようとしたところで、アストロの目が開いた。
お、目が覚めたのは初めてじゃないか?
「おい、大丈夫か?正気なら寄宿舎に……っ!」
アストロの顔を覗き込んだ瞬間に強い力をかけられた。
どうやら覚醒したわけではなかったらしい。
「エセル……グランティエ…………」
気づけば天井が見えた。
私の天井の間にはアストロがいる。
背中にあるのは間違いなくベッドだろうな。
アストロは私の横に両手をついて、虚ろな目で私の名前を呟いた。
ぼーっとしてる。完全に酒が回っているようだな。
「お前は……」
潤んだ目で私を見つめたアストロは、続きをいう前にばたりと倒れた。そのまま支えを失った体は私の上に落ちてくる。
……重い。
ぐい、と力を入れてみても体の向きが少し変わった程度だった。
しかもなぜかアストロの腕は私を抱え込むようにして離さない。
今までで一番質が悪いな。めんどくさい酔っ払いだ。
試しにもう一度力を入れてみても腕の力が強くなるだけだった。
仕方ない、あきらめるか。
本気で殴り飛ばせば退けられないこともないが、それも面倒だ。
全く、この男は酒をやめるべきなんじゃないのか?
こう、毎回毎回となるとさすがに大丈夫ではないだろう。
明日の朝目覚めて公開するのは自分なんだからな。
ソファで眠るよりも不自然な体勢ではあるが寝れないこともない。
瞼を閉じれば意識は自然に遠のいていった。