73、表はきれい
誤解の解けたソラお婆さんがカナさんを連れて教会の舞台に向かった。
「今日の聖歌隊の練習は久しぶりに私がするかと思ってたよ」
「ソラ様……出来るんですか?」
「お黙り。誰がお前に聖歌を覚えさせてやったと思って?」
「キラ様」
「私だよ! キラ姉様も少し教えていたけれど」
「キラ様の教え方は本当に上手くて」
「私の方が教えていた時間が長いよ!」
「そうでしたか? ……キラ様の記憶しか……あぁっ!」
「思い出したかい?」
「はい! ソラ様の聖歌って音階が微妙に外れているんですよね!」
「そうそう……って違ぁうっ!」
なんか意地悪小姑と天然若奥さんの漫才みたいなのが起きてるぞ……。
……もしかしてソラお婆さんはあまりに不器用なシスターだから、周囲の人がからかいつつも得意分野で助けていくなんてストーリーがあるのだろうか?
敵地に乗り込むつもりが一家団欒に巻き込まれてしまったか。
いや、ここは敵地は敵地でもその表だ。
表は比較的綺麗なモノが並んでいるのが常だろう。
黒いモノがさらけ出されていたら治安維持をするモノ、警察に該当する組織に叩かれて当然なのだ。
もし黒いモノが大っぴらにさらけ出されていたら、それは治安側と黒いモノが繋がっていることを示しているだろう。
少なくともそうでなくてよかったと思おう。
ただどこに危険が潜んでいるかはわからない。
黒い部分がないのであれば生まれた場所でシスターに正直に頼めばよかったのだから。
宗教の中の危ない部分を父さんと母さんは何か知っていたのだ。
「こんにちは~!」
「あ、いつも早いね。キー君」
不意に扉が開き元気のいい声が響いた。
カナさん……俺はいつまで抱えられていたらいいんだい?
「あれ? 赤ちゃん? カナ先生の子供?」
「リクです。よろしくお願いします!」
「ん? あぁ。よろしく!」
キー君と呼ばれた9歳くらいの赤毛の少年は俺の頭を軽く撫でた。
ちょっと何とも言えないむずがゆさがあった。
「リクって何歳なんだ?」
「もう少しで3歳です」
「ふ~ん……すごいな」
「え?」
「言葉頑張ったんだろ?」
言語チートはないから単語を1つずつ覚えるのは……そこまで大変じゃなかったかな。
必要があり、日本語を使わず、わかりやすい単語から覚えられ、イントネーションの確認などをできる環境は言語の習得においてとても優位な環境だった。
言葉を覚えるのはいい遊びでもあり、他にできることも少なかった。
何より違う文化圏というのは興味深いことが多い。
あまり質問はしなかったが、想定外の使い方をするモノは魔法関係を除き少なく、言葉の意味を覚えるのに苦労することはなかった。
知らない単語が出てきた時は想像力を働かせて意味を予測し判断し、間違いに気づけば直しを繰り返す。
だから頑張ったという気はしなかった。
頑張るって辞書的に言えば『忍耐して努力し通す』だけど、忍耐はしていない。
むしろ欲望のままに努力している気がする。
欲望のままに努力するってなんていうんだろう? とりあえず頑張っているわけじゃない。
……いや、ここは子供らしく言おう。
「頑張りました!」
「なんか間があったなぁ……まぁ、いいか。ねぇねぇ、リク君はどこから来たの?」
どこ? ……生まれた場所でいいのかな? 東の辺境?
いや、質問の意図はカナさんとの関係を聞いているのだろう。
だとしたらどうやって答えたらいいのだろう?
誰かの親戚でということでもなく、ただ世話役ということでついさっき知り合ったのだ。
ついさっき知り合ってここに連れてこられた事情をなんて説明したらいいんだろう?
「あ、リク君はね、ミラ姉から世話を任された子供でね、聖歌の練習を見に今日はここに来たんだよ」
「そうなんだ! ……え! 爆炎のミラ様!?」
「そうそう。ソラ様のお姉様にキラ様っていう魔力訓練担当筆頭だった人がいらっしゃるのだけど、その方の愛弟子がミラ姉なの」
男勝りなミリタリー女教官のミラ先生、天然風なでも女性らしい女性なカナさん……。
ミラ先生がカナさんの天然押しで期待に応えようとしてしまう……すごく簡単に目に浮かぶ。
今回は俺の属性が土だから、土の神のシスターに、ミラ先生の友人のカナさんに世話役の依頼が行ったということか?
ミラ先生の友人でキラ様という行政の人からして信頼できる人の妹さんところのシスター。
身元も十分信用できるし、思想も危険なモノだとは聞いていないのだろう。
だからすぐに依頼をすることができたんじゃないだろうか?
真相はまだわからない。
今更の気がするもののこれ以上3歳児として怪しい行動はとれない。
あれは何? これは何? はともかくこれはこうだからこうなんですよね? なんて質問をしたら異質すぎる。
今はまだ転生者バレしたくない。
「こんにちは~」
視線を扉に向けると何人もの子供達が入ってくるところだった。






