106、土の神子
「ご主人のだけでいいの!」
ネネはカク先輩に対してさえずり、くるくると宙を舞った。
カク先輩は水色の瞳をしゅんとさせて「そっかぁ」と言った。
残念そうな顔色を見せて、まぶしいものを見るかのようにネネを見ていた。
「ネネはご主人が1番だからそんな顔してもダメなものはダメっ!」
その真意はどこにあるのだろうか?
俺への忠誠……ちがうな。忠誠なんてものは依存の一種に過ぎない。
綺麗な言葉に直しただけだ。欺瞞だな。
例え媚びているだけだとしても表面上の行動は大きい。
周囲にそうアピールしている限り、俺の味方であると見られるのだから。
そして例え敵になったとしても、俺の味方であった過去は消えない。
「ネネちゃん、君をご主人様から奪ったりしないから安心してね」
なるほど。言質を取るために、表面上の行動を誘発させるために、行動をとるか。
表面上の行動を重ねていけばそれが行動を縛る縄になり、将来行うであろう行動を予測しやすくできるか。
明確なイベントがない限り、一度言った言葉をすぐに翻す真似は言葉の信用度を下げる事になる。
人には承認欲求がある。小さな子供でも、いやむしろ『誰かに頼らなければ生きられない』小さな子供だからこそ、自身の価値を相手に承認してもらい庇護してもらいたいのだ。
自分の生活に直結する人に対しては特に強い承認欲求を抱くものだ。生きるために。
承認されるには信用がいる。信用を傷つける行動は賢い人ほどしないものだ。生きられなくなるから。
「ネネとご主人は一生一緒だよ!」
そうなのか。
意味合いを考えるとなかなか難しい。
一生は例えだと思う。女子中学生の『ずっともだよ!』のずっとは高校生になる時までだ。
一生一緒にいるくらいのつもりで考えているという事だろう。
ニーナにしろ、ネネにしろ、自意識を持つ存在はいつかどこかに行くものだ。
どちらかが必要としなくなるその時が、関係の終わりになる事だろう。
俺が1人でも生きられる、全て自分だけでモノを終わらせてしまう状態になれば、彼らもどこかに行ってしまうに違いない。
「ネネちゃんはご主人様の事が大好きなんだ?」
「うん、大好き! ご主人っていい人だもん!」
いい人か。それは確かにそうだろう。悪い人になれば死ぬまでのカウントダウンが近づくのだから。
俺は赤子として生まれ変わったからには、前世よりもっと良い人生でありたい。
後悔ばかりしていた前世は悲しい過去だ。過去を繰り返さない事が1番だろう。
前世は本を読むばかりで自分から話に行く事が出来なかった。
最新の情報に疎かったり、人の話に着いていけなかった事が大きいと思う。
だがそれ以上に俺は人に近づくことが出来なかった。
「ふむふむ。リク君はいい人なんだ?」
「ご主人はネネのいい人なの!」
ん? あぁ、いい人。そこに深い意味はないよな。
子供の演技をしている最中に恋仲を匂わせるような真似は考えられない。
純粋に子供の思考回路だとしたらなおさら深い意味は考えられない。
日本語的な意味合いでいい人というと、『(どうでも)いい人』とか『(友達としてなら)いい人』とか『(見ている分には)いい人』とか『(お金をくれる)いい人』とか『(足に使える)いい人』とか……。
まぁ、色々あるだろう。前世の俺の場合に使われるいい人だと『(変人だけど)いい人』が最も多かったと思う。空しい。
ただ『(私の)いい人』と言った場合、多くは恋仲もしくは夫婦的な意味合いが強くなる。
俺はネネといつそんな仲になったのだろう?
「そっかそか」
カク先輩の水色の瞳が細められて、ネネと俺を見ながら微笑んでいた。
何を想像しているのかはだいたいわかるが、何も言えない。
肯定するのはちょっと違うだろうし、かといって否定するのは不都合が起きそうだ。
ここは初心なねんねが如く、きょとんとした顔でいればいい。
そうすれば追求は免れるだろうし、ネネの発言は水に流される。
1度水に流せば互いに承知している内容ではないという事で、今後も流せるはずだ。
「それでそこのネネという魔法生物はリク君、君の何なのか聞いてもいいか?」
カク先輩の用件がひと段落ついたと見てか、マル先輩は俺に話を振った。
その紫色の毒々しい瞳は俺の瞳を覗き込み、内心を見通そうとでもするかのようだった。
あまり迂闊な動作はできない。言動にも注意しなければいけない。
あのリク君と言った、サラお姉ちゃんはネネの詳細についてある程度知っているかもしれない。
だがそれがカマかけだとしたらどうする? あのリク君と言っただけなのだ。
本当に俺の事を知っているとは限らない。知らない前提で行動するべきだろうか?
「えっと……」
いや、それは悪手だろう。
隠すという事はそこに知られてはいけないと判断される情報がある事の証左。
知られても問題ない範囲はどこだろうか?
そうだな。転生者であるという事以外を除いて、別に知られても問題はないな。
少し口留めをしておこう。ばれても問題ないが、知られたら困る事と認識させておくとしばらくそれで面白がってくれるだろう。
人は秘密を打ち明けられると身近に感じるモノだ。重大そうなものほどな。
「ネネは僕が魔法で作りました。サラお姉ちゃんはもしかして知っていましたか?」
サラお姉ちゃんは何も言わずに微笑んだ。その青い瞳は楽しそうな色合いを乗せていた。
マル先輩はサラお姉ちゃんの顔を見ると「しっかたねぇな」とため息を1つ吐いた。
緑色の髪を揺らし頭を振り上げると、マル先輩はネネを見つめた。
「サラ先輩。リク君は何者ですか?」
「土の神子様だ」
サラお姉ちゃんは俺の頭を撫でながら言った。
その手はどこまでも優しく、それでいて温かくなかった。
陰謀を企む毒蛇の顎に挟まれている気分だ。
「土の? 神子?」
「今まで現れたことのない土の英雄。それを超える存在。神に最も近い存在」
……なんかとんでもない事言われているのだが。
いやそれ以前に神子様ってなんか……。あ。そうだ。
リンさん。俺の魔力を測定した時のシスターさん。あの人も神子様だったような。
「教団の立てる、お題目の神子様じゃない。本物の神子様」
「ふーん。そうなのか。リク君がね?」
とりあえずなんだ? 意味がわからない。
魔法生物が問題なのだろうか?
いや、魔力量の問題なのか?
魔力量はただ密度を上げて詰め込んで容量の拡張をしているだけだ。
やれば誰でもできる事のはずだ。
年齢の問題で出来なくなるかどうかは検証していないから知らない。
「リク君の存在は色々な場所で影響が出てくる事でしょう。今後、リク君が何もしなくてもね」
は? あぁ。ただいるだけだとしても魔力的な問題で邪魔だと。
もしくは宗教的な問題か? 祭り上げられたりするのか?
なんだ、それは。身動きしづらくなるという事か?
それはご免被る。俺は自由に動きたい。
どうしたらいい? どうしたら自由に過ごせる?
深く考えずに魔力を増やし過ぎたな。
「リク君。君はとっても可愛いね」
サラお姉ちゃんや。その言葉、どう聞いても裏を感じるのだが。
これは最悪のパターンかもしれない。
どうしたらいい?






