12話 千代ヶ関ダンジョン
「ぅぐう……」
強烈な痛みに脳みそを食い破られながら、目が覚めた。
一日というのはなんと儚いのだろう。
あんなにアンプルを使って、かつてない体調良好さを手に入れた翌日。寝て起きたらあんなに排出した魔力菌さんは元気モリモリに復活していた。つまり、私は瀕死。儚すぎる。健康って儚い。
とりあえず一発どうです? みたいなノリで目覚めて早々吐き気が襲ってきたので、ベッド横に常備してある袋を広げて逆らわずに吐いた。つらい。
お腹を中心に、思い切り殴られて立派なあざができています、ボコボコです、みたいな肉に染み込むような痛みがある。内臓がダメージにギュッと縮こまっている。これは、鈍痛症状かな。この動くたびにギシギシと肉と骨が軋む感じ、実に慣れ親しんだ痛みです。
「ふ……」
つらい。昨日天国のような状態を味わってしまったからか、余計に落差がつらい。涙が出てきた。
そのようにしてベッドの上でめそめそしていると、いつのまにか主治医さんがベッドの隣に立っていた。今日も不健康なエルフみたいなヒョロ長さ。
彼は私を見下ろして少し顔を顰めている。
「昨日大暴れしたからこそ、なんでしょうね……」
「ぅぐ……」
「君っていつも声を押し殺して泣きますよね。大声でつらいと泣き喚いてくれる方が助かるんですが」
「……こ、声、しんどう、が……」
「はいはい」
大抵の症状だと、大声を出すのって大変なのだ。咳、吐き気、呼吸に伴うお腹の痛み、あと感覚器官が痛くて音自体がつらいこともある。今日の場合は吐き気とお腹の痛み。
主治医さんは私の一言でそれを把握したのか、はいはいと頷いてくれた。
そして、丁寧な手つきで点滴の準備をしてくれる。朝ご飯を食べられる状態ではないと判断してくれたらしい。
「昨日は、なんだ、頑張りましたね」
「……?」
「ダンジョンスタンピードに対応していたじゃないですか。君は褒められるべきことをしたんです」
骨ばった手が、よしよしと私の頭を撫でた。
いや、痛みにぼんやりとしていたので、気づいたときには撫で終わるところだった。骨ばった手が頭から離れていく。
「君の場合は、何をあげたとしてもご褒美になれないのが可哀想ですね。お兄ちゃんはひどいことをしたもんだ」
私はゆるく首を傾げた。
あんまり、何を言われているのかを考える余裕がなかった。
私がぼんやりしている間に、主治医さんはさっさと私に点滴を刺して、探索者セットを着せてくれる。可愛い怪獣ちゃんデザインの防護パーカーを被らせ、発動機をつけられて、リュックを持たせてもらった。
そのままひょいっと抱えてもらう。
「ま、国から報酬が出てるんです。日頃のサポートをより充実させる方向で使っちまいますからね」
「……ぜんぶ、おまかせ、します」
「よろしい」
主治医さんは、私を車に乗せてくれた。今日もダンジョンまで送ってくれるみたいだ。
助手席に乗って、ぼうっとする。流れていく景色を見ているような、見ていないような。
しばらくした頃、主治医さんが声を上げた。
「げ」
「?」
車が止まる。
主治医さんが運転席の何かのボタンを押して、そうすると車がチッカッチッカッと一定のリズムで鳴り始めた。道を曲がる時と同じ音だけど、ずっと鳴っている。
主治医さんがハンドルに腕を乗っけて顎を乗っけた。
「いえね、古杜ヶ窪はあれから一時封鎖されたんで、いつも通り星ノ瀬でいっかなって思ってたんですよ。でも、あれ」
頭の仕草だけで前方を示される。
私は首を伸ばしてそちらを見てみた。でも、星ノ瀬ダンジョンの入り口があるなってことしか分からなかった。
私が首を傾げると、主治医さんは器用に肩だけ上げる仕草をした。肩をすくめたんだなと分かる。
「あそこにいるの、飼丸でしょ。もふ専の」
「……?」
「考えすぎかもしれませんが、やーな予感がしますねぇ」
はて。なんだっけ。聞いたことがあるような。
痛みに鈍る頭ではそれ以上先へ考えが進まず、私はもう一段深く首を傾げることになった。それよりも体が傾くとお腹が痛いかも。
「星ノ瀬の別の入り口に回ってもいいですけど……ま、安全策で別のダンジョンにしますか」
「ん」
「どこがいいですかね。探索が楽でモンスターに遭遇しやすそうな……」
主治医さんはしばらく端末をいじって近場のダンジョンを調べてくれた。そしておもむろに私を見る。
「君って罠にかかったら普通に死ぬんでしたっけ?」
「うーん」
どうだろう。
まあ、間違いなく罠があったら気付けずに嵌まると思う。落とし穴には落ちるし、槍が飛んできたら当たる。
でも、ダンジョンに長く潜っていると、生き物は普遍的に身体強化されていく。ちょっと不思議なんだけど、肌の硬さとかは関係なく全体的な物理耐久力がつく。私なんて相当なものだ。
多分、落とし穴はこの前の一層から落ちた時よりも深くないと怪我はしないだろうし、槍も普通のやつだったら弾いちゃうと思う。
「大丈夫そうですね」
主治医さんは頷くと、端末の画面を見せてくれた。
そこには、『千代ヶ関ダンジョン』の文字。
「罠があるダンジョンです。上層は弱いモンスターしかいませんが、下層には強いモンスターもいます。特徴的なのは転移罠があって、所謂裏マップがあること」
「うらまっぷ……」
「隔離区画があるんです。基本的にそこにはモンスターがいるそうで、君なら嵌まってもどうにでもなるでしょう」
どうだろう。
私は探索が苦手だ。罠を見抜けないし、方向感覚もない。私が迷子にならないでいられるのは、探索者の基礎セットである端末に自動マッピング機能があるからだ。
だから、この前の一層から落っこちたときは途中でマッピングが途切れていて、帰り道が分からなくなったんだよね。
主治医さんは私の顔を見て、はいはいと頷いた。
「ま、最悪ダンジョンの壁をぶち破って帰ってくればいいのでは?」
なるほど? それは、いいのかな? ぶち破ること自体は造作もないけど。
「冗談です。千代ヶ関は栄えているダンジョンなので、誰かしら通りかかるでしょう。助けを求めなさい」
「たすけ……」
「転移罠の位置は大体明らかになっているんですよ。だから初心者が罠への対処訓練や、モンスターとの戦闘訓練に使うんです」
裏マップだろうと、待っていれば誰かしらは必ず通るだろうと主治医さんは言った。なるほど。
「やって、みます」
「決まりですね。じゃあ行きましょうか」
主治医さんがボタンを押す。チッカッと鳴っていたのが一度止まり、今度は道を曲がる時の音がした。
車が動き出す。
そうして星ノ瀬ダンジョンを通り過ぎるとき、誰かと目が合ったような、そんな気がした。




