表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女候補の面接で「志望動機は?」と聞かれました【連載版】  作者: あゆと
第一章 名を呼ぶ聖女

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/10

聖女候補面接

「では、弊神殿を志望された理由をお聞かせください」


 ミナは、祈りの間ではなく、白い壁の小部屋で固まっていた。

 目の前には長机があり、その向こうには大神官、眼鏡の神官、年配の女性神官が並んで座っている。机の上には聖杯も祝福の水盤もなく、羊皮紙の束と羽根ペンがきっちり三本置かれていた。


 各地の礼拝堂や小神殿を束ねる王都神殿へ呼ばれた時、ミナは覚悟していた。

 神の御前で膝をつく覚悟。聖女の資質を試される覚悟。場合によっては、村へ帰される覚悟。

 けれど、神殿の小部屋で志望動機を聞かれる覚悟はしていなかった。


「時間は三分程度でお願いいたします」


 時間まで区切られた。


 ミナは膝の上で、母が縫い直してくれた白いワンピースの裾を握った。布が汗で少し湿っていく。口を開いたのに、最初に出たのは声ではなく、かすれた息だった。


「人を、助けたくて……です」

「具体的なエピソードを交えてお願いいたします」


 ミナは面接官たちの顔を見た。

 誰も怒っていない。むしろ丁寧だ。だから余計に逃げ場がない。


 神の愛とか、慈悲の光とか、清らかな祈りとか、聖女候補らしい言葉を探したが、頭の中に浮かんだのは村のロザおばあちゃんの背中だった。


「冬に、ロザおばあちゃんが寝込んで……背中が赤くなっていました。床ずれになりかけていたので、藁を替えました」


 眼鏡の神官が羽根ペンを走らせる音がした。


「藁を替えた頻度は?」

「朝と夕方です。あ、でも全部じゃありません。藁が足りなかったので、濡れたところだけ外して、乾かして戻せる分と、もうだめな分を分けました」

「治癒の祈りは?」

「しました。でも、祈りで少し赤みが引いても、同じ向きで寝ているとまた悪くなります。だから、体の向きを変えました。最初は変え方が悪くて、ロザおばあちゃんに本気で怒られました」


 年配の女性神官のペンが止まった。


「怒られても、続けたのですか」

「おばあちゃんの家、うちの井戸に行く途中なので」


 言ってから、ミナは自分でひどい答えだと思った。

 もっと美しい理由にすればよかった。苦しむ人を見捨てられなかったから、とか。神の御心に従ったから、とか。

 なのに、井戸に行く途中だったから、が出てしまった。


 大神官は羊皮紙に何かを書いた。


「日常導線上の継続支援。よろしい」


 よろしいらしい。

 何がよろしいのか、ミナには分からなかった。


「次に、あなたの長所と短所を教えてください」


 ミナは膝の上の手を見た。

 爪の間には、まだ薄く薬草の色が残っている。王都へ来る前に何度も洗った。母にも「もういいから手を赤くするな」と止められた。それでも落ちなかった。


「長所は……手が荒れにくいです」


 眼鏡の神官が一瞬だけ止まった。


「薬草を洗うので。あと、冷たい水でも桶を持てます。短所は、字が汚いことと、急に偉い人に質問されると、藁の話をします」


 年配の女性神官が口元を押さえた。


 ミナは落ちたと思った。

 笑われても仕方ない。ちゃんと準備した候補者なら、もっと立派な長所を言うはずだ。信仰心、慈愛、献身、神聖魔力量。そういう言葉を。


 大神官は笑わなかった。


「手荒れ耐性、冷水作業経験、自己認識あり。記録してください」

「はい」


 眼鏡の神官が真面目に書いた。

 それも書くのか。

 ミナの頭が少し遠くなった。


「聖女職は強い負荷がかかります。深夜の呼び出し、感謝されない救済、寄付者からの圧力、貴族からの要求。そういった状況で、あなたはどのように心を保ちますか」


 今度こそ難しい質問だった。


 心を保つ。

 村では保てなかった。夜中に呼ばれて、熱のある子どもを看て、朝帰って、畑の手伝いに出て、昼に桶を洗いながら泣いたことがある。

 助けた家の人に「治りが遅い」と言われて、帰り道で石を蹴ったこともある。


「保てない時は、桶を洗います」


 大神官がまばたきした。


「汚れた桶をそのままにすると、次に水を入れられません。泣いても腹が立っても、桶を洗って、布を干して、薬草を分けます。そうすると、次に呼ばれた時に少し楽です」


 ミナは言いながら、自分の答えがどんどん聖女から離れていくのを感じていた。

 神殿の面接で、桶。

 藁の次は桶。

 自分は何をしに王都まで来たのだろう。


 しかし年配の女性神官は、少しだけ目を細めていた。


「桶を洗うのですね」


 年配の女性神官は、そこだけをもう一度言った。笑ってはいなかった。

 眼鏡の神官が記録した。

 大神官が静かに頷いた。


「では、苦手な相手を教えてください。悪人ではなく、救済の現場で対応に困る相手です」


 ミナは迷った。

 悪口になってしまわないだろうか。けれど、面接官たちはこちらの綺麗な答えを求めている顔をしていない。藁と桶を書き取る人たちだ。

 たぶん、変なことを言ってもすぐには怒らない。


「話を聞いている顔で、もう決めている人です」

「具体例をお願いします」

「熱を出した子を休ませてくださいと言っても、『丈夫な子だから大丈夫』と笑うお父さんがいました。薬草が欲しいんじゃなくて、働かせていいと言ってほしかったんだと思います」


 ミナは膝の上の布を握った。


「私が言っても聞かなかったので、次から村長の奥さんを呼びました」

「村長ではなく、奥方を?」

「村長さんは話が長いです。奥さんは短いです。あと、台所から出てくるので包丁を持っている時があります」


 眼鏡の神官のペン先が、羊皮紙の上で迷った。


「包丁は威圧目的ですか」

「大根を切っている途中です。台所から、そのまま出てきたので」


 年配の女性神官が、今度ははっきり肩を震わせた。

 ミナは顔が熱くなった。笑われている。いや、これは笑われても仕方ない。聖女候補の面接で、大根と包丁。


 大神官は咳払いした。


「現場における有効な協力者の選定。権威より実効性を優先。記録してください」

「かしこまりました」


 神官が記録した。

 ミナは、もう面接が分からなかった。


 だが、分からないなりに、胸の奥に小さな熱が残っていた。

 村でやってきたことが、ただの田舎娘の雑用として捨てられていない。

 さっきまで恥ずかしかった包丁の話まで、眼鏡の神官は真面目に書いていた。


「最後に、あなたから弊神殿へ確認したいことはありますか」


 ミナは息を止めた。

 聞きたいことはあった。王都へ来る馬車の中からずっと、胸の奥に引っかかっていた。

 けれど、それを言えば欲深いと思われるかもしれない。聖女になりたい理由が、村の都合だと見抜かれるかもしれない。


 それでも、聞かなければ村のみんなに顔向けできない。


「聖女になったら、村に薬草と布を送れますか」


 眼鏡の神官のペンが止まった。


「王都での祈祷や式典ではなく、地方への物資配分についての質問ですね」

「たぶん、それです。足の悪い子がいるんです。冬になると痛がります。私の祈りでは少ししか楽にできません。王都には薬も施療師も布もあるなら、聖女になれば少し分けてもらえるのかなと……あの、これ、逆質問としては変ですか」


 大神官の笑顔が消えた。

 怒らせた、と思った。


 ミナの背中に汗が流れる。指先が冷たい。白い服の裾を握る力が強くなった。


 しかし大神官は怒っていなかった。

 長机の向こうで、深く息を吐いた。


「変ではありません。むしろ、こちらが聞くべきことでした」


 面接はそこで終わった。



 控室には、三人の候補者がいた。

 金髪の公爵令嬢は背筋まで美しく、膝の上に『聖女面接完全攻略 改訂第七版』を置いている。神童と噂される少女は『頻出神託質問集』に付箋を山ほど貼り、元神殿見習いの候補者は空中に指で想定問答の順番を書いていた。


 ミナは空いている椅子に座り、自分の手を隠した。


 薬草の色が急に恥ずかしくなる。隣の公爵令嬢の手は白く、細く、傷がない。

 何もしてこなかった手ではない。文字を書き、礼法を覚え、何度も本のページをめくってきた手だ。


「あなた、村の方ですわね」

「分かりますか」

「王都の候補者は、面接直前に薬草の染みを爪に残しませんもの」


 ミナはますます手を丸めた。


「……落ちたと思います。長所に、手が荒れにくいと答えました」

「それは珍答ですわ」

「桶の話もしました」

「かなり危険ですわね」

「包丁も出ました」

「なぜ聖女面接で刃物が出ますの」


 令嬢は呆れた顔をしたが、馬鹿にする顔ではなかった。攻略本を閉じ、ミナの爪をもう一度見る。


「でも、面接時間は長かった。神殿人事局は、落とすだけの候補者に長い質問を使いません。あそこは聖なる場所ですが、時間管理だけは妙に現実的です」

「聖なる場所なのに」

「聖なる場所だからこそ、予算と人員は有限ですわ」


 知らない世界だった。

 聖女には祈りだけでなく、予算と人員があるらしい。


 少しして、扉が開いた。

 先ほどの眼鏡の神官ではなく、廊下係の若い神官が入ってくる。候補者たちが一斉に背筋を伸ばした。


「一次面接は以上です。この後、神前での最終選考へ進む方のみ、お名前をお呼びします。お呼びしなかった方には、後ほど個別に結果をお伝えいたします」


 部屋の空気が、さっと冷えた。

 神童の少女が本を閉じた。元神殿見習いの候補者が膝の上で手を組む。公爵令嬢は顔色を変えなかったが、攻略本の角を押さえる指だけが白くなっていた。


 ミナは、自分の心臓の音を聞いていた。

 呼ばれるはずがない。

 桶までは、まだよかったかもしれない。

 たぶん。

 包丁は、もうだめだと思った。


「ミナ様」


 聞き間違いかと思った。


 誰も立たなかった。

 若い神官が、もう一度まっすぐミナを見た。


「ミナ様。最終選考へお進みください」


 神童の少女が本を取り落とし、元神殿見習いの候補者は組んでいた手をほどけないまま固まった。

 公爵令嬢だけが、膝の上で拳を握っていた。

 爪が白くなるほど強く、でも背筋は少しも崩れていない。


 ミナは胸が痛くなった。

 この人は本気だった。

 この人が欲しかった扉を、自分が先に通っていく。


「行きなさい。ここで謝られると、私が惨めです」


 ミナは頭を下げなかった。

 下げたら、たぶん失礼になる。

 だから、まっすぐ令嬢を見て、頷いた。



 最終面接室は、今度こそ祈りの間だった。

 聖火が灯り、祭壇があり、天井から白い光が降りている。ミナは少しだけ安心した。やっと聖女らしい試験だ。やっと祈ればいいのだと思った。


 光の中から、声が降った。


『ミナ。あなたを聖女として迎えた場合、神の言葉はどこまで届くと思いますか』


 思っていた祈りと違った。


 ミナは膝をついたまま、祭壇を見上げた。

 神の言葉。

 村の礼拝堂で神官様が語る言葉は、椅子に座れる人には届いた。鐘の音は畑まで届いた。

 けれど、寝込んでいるロザおばあちゃんには、たぶん半分しか届いていなかった。

 足の痛い子は、礼拝堂に来る前に泣いていた。


「声なら、礼拝堂までです」


 大神官が息を呑む気配がした。

 ミナは慌てて続けた。


「あ、神様の声が小さいという意味ではなくて。ええと、鐘なら村の端まで聞こえます。でも、熱がある人は礼拝堂に来られません。耳が遠い人はありがたい話を聞き取れません。お腹が空いている子は、祈りの途中で泣きます」


 白い光が静かに揺れた。


「だから、神様の言葉を届けるなら、声だけでは足りないと思います。布と、薬と、温かい粥と、それを持っていく人が必要です」


 ミナは自分の爪を隠さなかった。

 薬草の色が残った指を、胸の前で重ねる。


「……私は、立派な言葉を遠くへ響かせる聖女にはなれません。貴族の方に上手に話すのも、たぶん苦手です。字も汚いです」


 控室の令嬢の顔が浮かんだ。

 あの人なら、もっと美しく答えただろう。神殿の制度も、寄付者の扱いも、聖女に必要な言葉も知っている。

 それでも、村で見てきた痛みまで、なかったことにはしたくなかった。


「でも、足が痛い人のところへ行って、しゃがむことはできます。泥がついていたら洗います。冷えていたら温めます。傷があったら布を替えます」


 喉が震えた。

 悔しかった。

 自分には足りないものが多すぎる。綺麗な聖女にはなれない。村でやってきたことを、きれいな言葉にできない。


 それでも。


「聖女になっても、私は誰かの足元にいると思います。そこからしか見えない痛みがあるからです」


 祈りの間が静まり返った。

 ミナには、その沈黙が冬の夜より長く感じた。


 やがて、神の光が強くなった。


『地に膝をつく者を、私は高く見る』


 大神官が深く頭を垂れた。眼鏡の神官は、記録を忘れて光を見上げていた。年配の女性神官は、目元を押さえている。


『ミナ。あなたを当代聖女として認めます』


 胸の奥に詰まっていた息が、一気に抜けた。

 涙が出た。


 きれいな涙ではなかった。

 鼻の奥が熱くなり、唇が歪み、肩が震えた。村のみんなの顔が浮かぶ。

 母の手、ロザおばあちゃんの背中、足の痛い子が握っていた小さな布。

 ロザおばあちゃんの寝床と、裏庭の桶と、井戸端の冷たさが、白い光の下に一度に浮かんだ。



 祈りの間を出ると、候補者たちが廊下に立っていた。

 神童の少女は唇を噛み、元神殿見習いの候補者は顔を伏せている。

 公爵令嬢だけは、まっすぐミナを見ていた。


 目元が赤い。

 悔しさを隠そうとして、隠しきれていない。


「おめでとうございます、聖女様」


 その声は震えていた。


 ミナは慰めなかった。謝らなかった。

 どちらも、この人の悔しさを勝手に片づけてしまう気がした。


 公爵令嬢は、ミナではなく大神官を見た。


「恐れながら、選考理由をお聞かせくださいませ」


 廊下の空気が張り詰めた。

 礼儀正しい声だった。背筋も崩れていない。けれど、白い手袋の中で指が震えているのが、ミナにも分かった。


「私は、神学、礼法、寄付者対応、施療院運営、地方神殿の報告書まで学んでまいりました。祈りの型も、面接想定問答も、三年間積み上げました」


 令嬢の喉が小さく動いた。


「それでも、私は最終面接に進めませんでした。理由を知らなければ、次に進めません」


 大神官は、令嬢を責めなかった。

 むしろ、深く頷いた。


「あなたの答えは、最も整っていました」


 大神官はそこで言葉を切った。


「ですが、私たちは最後まで、一人の名前を聞けませんでした」


 令嬢の唇が止まった。


「ミナ様の答えは、整っていませんでした。長所に手荒れの話をし、心の保ち方で桶を洗うと言い、苦手な相手への対策に大根を切る奥方を挙げました」


 公爵令嬢の眉が、少しだけ動いた。

 知らなかった話だった。

 ミナは顔を伏せたくなった。

 やはり恥ずかしい。聖女選考の理由として、大根を切る途中の包丁が出ている。


「ですが、ミナ様の話には、いつも誰かがいました」


 大神官の声が静かに廊下へ落ちた。


「神は、寝床の横で藁を替えた手も、井戸端で桶を洗った手も、ご覧になったのでしょう」


 令嬢は何も言わなかった。

 拳を握りしめたまま、しばらく立っていた。


 やがて、小さく息を吐く。


「私の志望動機には、私しかいなかったのですね」


 その声は、悔しさで掠れていた。

 大神官は否定しなかった。


「コーデリア・ヴァルムント様。あなたの努力は、聖女になれなかったことで失われるものではありません」


 令嬢の目が上がった。

 白い手袋の指が、ゆっくりほどける。


「補佐官選考はございますか」

「あります」

「では、受けます」


 即答だった。


 令嬢はミナを見た。


「聖女には負けました。ですが、補佐官面接でまで負ける趣味はございません」


 ミナは、涙の残る目で令嬢を見返した。


「私は礼法も会計も、神殿の人の名前も分かりません。たぶん、すぐ失敗します」

「でしょうね」


 令嬢は即答した。


「ですから、私が必要ですわ。あなたが足を洗うなら、私は予算を取ります。あなたが布を替えるなら、私は寄付者を黙らせます。あなたが村へ薬草を送りたいなら、輸送経路と帳簿を整えます」


 ミナは少しだけ笑った。


「……私、本当に助かります」

「まだ採用されておりません」

「受かってください」

「命令が早いですわ、聖女様」


 その時、祈りの間の奥で白い光が小さく瞬いた。


『なお、当代聖女の初出勤は明朝六時です』


 ミナの涙が止まった。


「明朝」


『辞退は三日以内にお願いします』


「神様、順番がおかしいです!」


 令嬢がすばやく言った。


「五時半に起きます。髪を整える時間が必要です」


「まだ補佐官に採用されていませんよね?」


「あなた一人では初日に迷子になりますわ」


「……たぶんなります」


「そこは否定しなさいませ、聖女様」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ