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幾千の夜と暁を越えて  作者: 白明


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第五章 廉貞星 伍 絶対帝王学(夢)

「お久しぶりです。久叔父さんも、お変わりなさそうでなによりです」

 流行病も少し落ち着きスポーツの国際祭典で賑わう、夏の暑日に私たちは「九品」にいた。

 じいちゃんの三回忌。

 思った以上にこの二年はあっという間に過ぎ去っていった。

 法要を終えた後の会食時、私は参列者に酌をして回っていた。


 葬式の日、棺桶の中に横たわる じいちゃんに向かい、

「この野郎! なんでこんなにも早く逝きやがったんだ!」

 と喚き散らした久叔父さんの眼は、今は遠い。


「あぁ、白、葬式以来だね。おぉ、(とら)も、もう高校生か。制服がよく似合っている。それにしても、随分と似てきたなぁ……」

 息子の虎が、横で「うっす」と軽くアタマを下げる。


「『うっす』じゃねぇ。久叔父さんに失礼だろ。しゃんとして、きちんと挨拶しなさい!」

 私は、虎のアタマを軽く小突き、再度、挨拶を促す。


「はっはっは、白も筆頭らしくなってきたじゃあ、ないか。これなら海野家も安泰だな」

 久叔父さんは、カラカラとお大臣に笑う。

 この人は、本来、こういう抜けるような明るさを持っている人なのだ。


 久叔父さんは、じいちゃんの代わりに本家を継ぐことになった。

 今では、区の三分の一分以上が、久叔父さんと同じ苗字になっている大きな家だ。

 本家の墓は、その地の新参者たちから、あまりにも区画が大きいため、眉を顰められている。

 そんなことに本人はまったく意に介していないのが、また滑稽なのだが。


 久叔父さんは、警視庁で局長を務めあげたのち、自らの所有するマンション管理や町内会長で大忙しだとのことだ。 だが、残念なことに孫に恵まれず。

 その広大な土地・建物は、分家の不動産管理を生業とするものに引き継がれるという。

 本家とはいうものの、血が絶えてしまえば、それまで。

 昔より随分、家意識が薄れてしまった現在は、果たしてどこまでを家族と呼べるのか不安になる。



「あっという間だな、二年というのは」

 久叔父さんが椅子に深くもたれかかり、俯き、つぶやく。


「私は、結局、清さんには、なんにも敵わんかった。仕事も、人生も、家族も、優しさも。あの人は私に何かあるとすぐに飛んできて、なんでも解決してくれたんだ」

 久叔父さんの眼が余計に細く、遠くなる。


「まったく根っからのお人好しで、いつも自分のことよりも他人のこと。自分はクタクタになっているっていうのにも関わらず、いつまでも付き合うんだよ。

 まったくこっちとしては、ありがた迷惑だっていうことまでも、やっちまう。性分なんだから仕方ないのかもしれないけどね、ありゃ、疲れたと思うよ。本当はもっと自由に生きてみたかったんじゃないかなぁ……」

 久叔父さんは、じいちゃんにコンプレックスを抱き続けていたのではないだろうか?

 そして、自らが本家を継承することに常に疑問を感じていたのかもしれない。


 私は久叔父さんのコトバにハッとする。


「じいちゃんは 本当は自由に生きたかった?」

 じいちゃんの最後のコトバは、私にではなく、自らに向けたモノだったのかもしれない。

 私に自分の人生を重ねたのか、又は、希望を託したものだったのかもしれない。


「まあ、星にも子ができたんじゃあ、本望だろうな。虎は、清さんには教育されたかね?」

 久叔父さんは口の端をニヤリと吊り上げ、鋭い目つきで虎を見上げる。

 警察に務める人間は、なんでこんな試すような目をみんな揃ってするのだろうかと独り言ちる。

 虎は「まぁ……」と、蚊の鳴くような声で返す。

 この視線を投げつけられれば、慣れていない人間は大体ビビる。

 誰しもが先にも後にも、こんな目をする人間とはあまり関りを持ちたくはないと思うだろう。


 それよりも気になることがある。

 星、星の子だ。


「久叔父さん、私、最近じいちゃんの友人にお会いしたんですけど、その方も、私を星と呼んだんですよ。じいちゃんは、なんで私のことを『星』と呼んでいたんですか? そして、虎を『星の子』って……」

 久叔父さんは、先ほどまでの表情をクルリと驚いたものへと変化させた。

 こんな風に表情がクルクルと変わるのが久叔父さんの面白いところだ。


 昔から感情をストレートに顔にあらわす。

 この表情の変化は、子供の頃は見ていて本当に楽しかった。

 今日も久叔父さんは心から驚いていることが表情からも見て取れる。

 元警視庁の人間がこんなにも感情を顔に出していいモノかと改めて疑問に思うが……。


「なんでぇ。白、お前さん、聞いていないのか? まったく、清さんはそういうところが疎いっていうか、なんというか……。じゃあ、一杯、付き合え。話してやる。白もイケるくちなんだろ?」

 どこかで聞いたようなセリフだと思いつつも、久叔父さんの隣に座り猪口に酒をうける。


「今日は来てないみたいだが『墨田のトミ』はお前も知っているだろ? あいつは、昔から星読みができてな……。白が生まれた際に大慌てで、清さんに『大変だ~』って、何かしらを伝えたらしいんだ……」

 『墨田のトミ』とは、じいちゃんと久叔父さんの妹にあたる人だ。

 昔から私はトミさんに会うたびに


「白ちゃん、大事ないね? 大事ないね?」

 と両頬を擦られたのを覚えている。

 あの不思議な行動はそこから来ていたのかと、今さらながらに思う。


「ワシはよくわからんが、お前の生まれた日は、なんでも非常に稀な日らしい。命だか、光を司る一方で、本人の気性や運命が荒ぶるんだと。だが、一族を守る星になるそうな。そのお前の中のモノを抑えるために、像だか、なんだかを祀るとか、いっていたなぁ」

 なんだ、それは? 私の気性や運命が荒い?

 確かにそうだと思わないでもないが……。そして、像……?

 実家の庭の片隅に置かれる像。

 あれのことか……?


「まあ、清さんからすれば、孫がどんな運命を背負っていようとも、可愛かったんだと思うけどな。併せて信心深い人だったから、それに乗っかったって話しだろ。ただの民間信仰の一環だよ。よかったな。星と星の子」

 久叔父さんは、また口の端と右目をニヤリと吊り上げ、猪口を一気にやる。


 じいちゃんは、私に何かを託したかったのだろうか……。

 私は猪口の中身を一気に飲み干した。


(つづく)

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