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パン焼き窯のなかにはパンも入っていたし、瓶詰も使った痕跡がある。
つまりは、ここには間違いなく今現在、誰かが暮らしている。
そして、その住人は、ホビットのように保存食作りの上手い種族だ。
「カトラリーの数も多いし、けっこう大家族やろうね。」
棚の下の引き出しを見て、グランは言った。
なんだ、グラン、騒ぐだけじゃなくて、ちゃんと観察もしてたんだ。
「うちは、じっちゃんばっちゃん、父ちゃん母ちゃん、弟妹に、叔父さん叔母さん、いとこたち。
それから、よく近所の人も混ざってましたからね。
大家族といえば、大家族でしたけど。」
「流石、ホビット族ですね?」
「そのくらいの数のカトラリーはあるようやね。
くもりもないし、これは、今も毎日使ってるんと違うかな。
・・・あれ?」
グランはきれいにスプーンの並べられた木箱を取り出した。
「これだけ分けてあるなあ・・・」
「あ!それ!」
フィオーリは木箱を指さして叫んだ。
「それ、おいらたちきょうだいの、っす。
スプーンだけはそれぞれ、自分のが決まってて、生まれたときからずっと使ってるんっすよ。」
「へえ~。
確かによう使い込まれとるなあ。
これは、銀、かな?
ちょっとでもほっといたら、すぐに色が変わってしまうんやけど。
どれも、よう手入れされてて、ぴかぴかやな。」
「母ちゃんが、毎日、磨いてたっす。
子どもたちのことを思ってこれを磨くのが楽しみなんだ、って言って。」
フィオーリはグランから木箱を受け取ると懐かしそうに眺めた。
それをグランは横から覗き込んで言った。
「こんなぴかぴかやということは、ずぅっと休まんと、毎日磨いてるっちゅうことやね。」
「ずっと、休まんと、毎日?」
それが意味することにその場の全員が思い当たる。
みなの中に、一斉に歓喜が湧きあがろうとした。
そのときだった。
「こらっ!泥棒っ!
いいから、その木箱をそこへ置きなさいっ!」
「へっ?」
いきなりな怒鳴り声に、驚いて振り返ったところを、いきなり、ばさばさと叩かれた。
「う、うわっ!」
「え、ちょっ?」
「あわわわわ・・・」
「待って、待ってくださいっ!」
阿鼻叫喚の大混乱。
とっさにそこを抜け出して、僕は天井近くまで飛び上がった。
「・・・うわあ・・・」
目の下では、ほうきやらはたきやら持ったホビットたちが、仲間たちをさんざんに叩きのめしている。
「・・・バリア・・・」
僕は小さな声で魔法を唱えた。
うちの聖女様だけは、一応、守っておかないとね。
まあ、ほうきとはたきじゃ、大怪我はしないだろうから、他のやつは別にいいや。
そうしておいてから、ゆっくり観察する。
ホビット族は、ひのふのみ・・・あれ?何人いるんだ?
ホビット族って、みんな小柄だし、服装もそっくりだ。
ちょこまか動いてたら、数えにくいったらありゃしない。
帽子だけ、みんな色違いの三角帽をかぶっている。
もしかしてあれって、目印?
同族でも見分け、つかないとか?
「ちょ!母ちゃん?
母ちゃんってば!
おいらだ!おいらだよっ!」
「オイラーなんてやつは、この郷にはいないよっ!
よくもまあ、フィオーリそっくりな声を出しやがってっ!
この、悪者めっ!」
うわー・・・この古典的なボケ、誰か、なんとかして?
「だからっ、フィオーリだ、って!」
「うちの息子の名前を騙るんじゃないっ!」
「騙ってなんかいないって。
おいら、帰ってきたんだ、って。
父ちゃん!じっちゃん!ばっちゃん!
ルネマルテメルコジョヴェヴェネルサバトドメニカ!」
???それは、なんの呪文?
「あ。兄ちゃんだ。」
けど、呪文の効果は絶大だった。
ひとりのホビットがそれを聞いていきなり手を止めた。
兄ちゃんと言ったところを見ると、フィオーリの弟か、妹?
それを見たほかのホビットも、みんないっせいに、ほうきではたくのをやめた。
「母ちゃん?」
髪に盛大にほこりをからみつかせて、フィオーリは母親らしきホビットを見る。
当たり前だけど、フィオーリには全員ちゃんと見分けはついているらしい。
母親の帽子は緑色。
ちらりと胸元に見えたのは、クローバーのネックレス。
母親の手から、ぱたり、とほうきが落ちた。
それから、母親は、ゆっくりとフィオーリに近づくと、ほこりまみれなのにも構わずに抱き寄せた。
「フィオーリ!おかえり!!」