従者の葛藤
帳が降りた静かな王宮内をリリアンヌはあてもなく歩く。
大きな天窓から差し込んだ柔らかい月明かりが、小さな彼女を照らしていた。
ぽつり、と呟く。
「だれか・・連れ去ってくれないかな」
だれも知らない、どこか遠くへ。
「リリー様・・?」
「っ・・カルマ」
音がしなかった。振り返れば、私の優秀な従者が驚きに染まった瞳で佇んでいた。
はっとして、カルマから離れようとした瞬間、そうはさせまいと一気に距離を詰められ、手首を掴まれる。
どんな身のこなしなのよ・・。
(いや昔から、すごいなとは思ってはいたけど)
「は、なして・・!」
「どうして・・」
「え?」
「こんな時間にお一人で、どうされたのですか」
まっすぐと褐色の瞳に見下ろされ、心の奥がざわめく。
何も言えずにいると、小さなため息が聞こえた。
「お部屋まで、お送りします」
あてもなく歩き続けた結果どうやら、随分と離れた客間まできていたらしい。
お父様とお母様、カルマがここの客間に通されている。
私は無事成婚を結んだため、未来の王妃部屋に案内されていたのだ。
カルマの言う通り今はもう、ひとまず部屋に戻ろう。
また明日、イシュネ様と話をしなくては。
(成婚式まで執り行われた。きっと、もう彼との婚姻は避けられないけど)
ようやく部屋の前に着き、カルマが足を止める。
ここに着くまでずっと握られていた手がゆっくりと離された。
「送ってくれてありがとう。じゃあ、おやすみなさい」
「・・・」
俯き加減のカルマの表情はよく見えない。
なかなか立ち去らない彼の瞳を覗いて、私は息をのんだ。
「あなたに初めて会った時から、あなたの幸せが、俺の幸せです」
どうして、貴方が泣きそうな顔をしているの。
「そう思っていたのに」
「どうした、の?」
「これ以上、俺の意思を揺さぶらないでくださいよ」
「え」
「イシュネ殿下と、どうかお幸せに」
「・・っ」
扉を開けたカルマに背中を押され、強制的に部屋の中に誘われる。
そこにイシュネの姿はもう無かった。
カルマの泣きそうな顔が頭から離れないまま。
背後で扉が閉まる無機質な音が、静かな部屋に響いた。




