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紅の精霊使いと翡翠の精霊姫  作者: 岬かおる
第7章 翡翠と紅
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幕間 賢者と王様(前)

珈琲豆入手経路の裏側 のつもりだったけれど違うものになりました

ラウル王国のあれそれ


ちょっぴり長くなったので分けました



 その日の朝、イルファ・イェンシュの部屋におしゃべりな金糸雀が一羽やってきた。


 午前の謁見が終わり休憩だと控えの間に下がった王は、温かい紅茶が用意されるのを見ながら「そういえば」と切り出した。

「午後から交代するそうだね。イルファ」

「はい。自分の代わりにサーミが参ります」

「それは、相当嫌がっただろう」

「泣いて喜んでおりましたので、存分にかまい倒してください」

 準備をしてくれた使用人が一礼して出て行くと、王はカップを手に取り香りを堪能し、そしてくすくすと小さく笑った。

 国王付きの護衛であるイルファ・イェンシュの交代要員として抜擢されたのは、王の乳兄弟でもある近衛騎士だ。今でこそ落ち着いたが彼が王位につくまでの紆余曲折を共にした、王にとっての腹心の一人であるが、泣いて嫌がったのは事実である。

 ここに至るまでに不一致があったとかそれで袂を分かつ事があった、訳ではない。ただイルファの代わりが嫌なのだ。

『マジで精神にくる。あんな人だとは知ってたけどヤバイ』

 むしろ他の騎士であれば王も我儘攻撃をしないのだが、気心が知れている分だけ被害が甚大なようである。しかし仮にも国王の護衛なので、実力も人柄も近衛騎士隊での身分も求められる。そうすると必然的に彼が呼ばれる。


「それで、サーミの胃に穴が開くのを承知でイルファはどこへ出掛けるのかな?」

「私用です」

「内緒か。つれないな。では私のフランに美味しい珈琲豆を頼むよ」

「……知ってんじゃねえか」

 ち、と下品に舌打ちすると王は笑いながら優雅に紅茶を堪能していた。


 西方諸国をまとめる青の同盟盟主、ラウル王国の王、ファスイン・リヌ・ラウルは外見はふんわり柔らかく幼くとも感じる若さで未だ二十代半ばに見える。実際はもう10歳は上である。

 上の王子が15になるので、少々歳の離れた兄弟といっても通じる容貌だが、王の若々しさをそう讃える者に出会うと、王子たちは苦虫を潰したような顔をする。もちろん裏で、だが。


 主一家のことはさておき。イルファが先輩騎士を犠牲にして半休を取ったのは、王都でも最大手と言われるローマン商会に出向くためだった。

 どどんと威厳ある面持ちでそびえる商会の建物を前に気は進まないが、協力すると口にしたのは自分なので仕方ない。

 すぐ購入できる商品が並ぶ一階部分に足を踏み入れると、商会員が元気よく声を掛けてくれる。目的の人物を呼んでもらおうと頼む前に、商品棚の後ろから顔を出した中年男性に「おお久しぶり」と見つけてもらえたので話が早い。

「イーサンだろ?呼んでくるから上で待ってろ」

「頼む」

 たのまれた〜と歌うように陽気に出て行った男性に任せて、イルファは奥の階段から遠慮なく上階に上がった。二階は上顧客のための個室がいくつか並ぶので、壁や天井の装飾から扉の造りから何もかもが豪奢だ。目に痛い。

 王城勤めのイルファであるが、古き良き伝統様式と違って誇示するような贅を尽くした造作は慣れない。実家も古くて立派だが、まあ古い。

 さらに階段をのぼると商会の実務室が並ぶ。この質素な感じがむしろ落ち着く。

 先日、旧知である石灰の賢者に言われて思い出してみたら、確かに貴族やら商家やらそれなりの家に生まれる事が多いかもしれない。もちろん平民だったり幼子の内に売られて奴隷だったりの人生もあった、獣人の生ではまだ人との確執が深い時代で、迫害と戦争に明け暮れた長い時間だった。

 それでも恵まれている。のに、質素が落ち着くのはもう性分だ。


 勝手知ったる部屋の扉をノックもなしに開けて、誰もいないのを確認すると固い椅子にどっかり腰掛けた。会頭の執務室は客を迎える場合もあるのでそれなりだが、この部屋は実用的である。

 というか資料やら書きつけやらが雪崩れているがいいのだろうか、さすがに大事な帳簿はしまわれていると信じたいが。味気ない部屋をぐるりと見渡していると、さほど待たずに部屋の扉が開かれた。

「人の部屋でくつろいでんなあ、坊主」

「くつろいでるように見えるなら、煙草の一本でも出せよ」

「いいぞ。毎度あり」

 金を取るのか。銀の煙草入れをそれごと投げてよこした男を睨むと、物々交換も承りますと返された。


 ファスイン王にも似た亜麻色の髪の男は、イーサン・イェンシュ。

 バックハウス侯イェンシュ家の次男で、イルファの兄である。ついでにこのローマン商会の副会頭でもある。

 亜麻色の髪は父譲り。一番上の兄もこの髪色をしていて、黒髪なのはイルファだけだ。

「それで?どんな無理難題だ?仕方ないから兄ちゃんが聞いてやろう」

「あー……珈琲豆?」

「うん。お前はいつでも国王陛下に振り回されてんなあ」

「今回は違う」

「こんかいは」

「帝国行きの販路もあったよな。ちょっと急ぎで頼みたい」

「は、帝国行き。それはそれで難題だ」

 侯爵家の次男三男が交わす言葉にしてはだいぶ荒々しいが、今では荒波にもまれた商人と騎士なので私用であればいつもこんなものだ。長男イヴァンは侯爵家嫡男としてそれなりの節度を持っているが、まあそれなりである。


 今朝、おしゃべりな金糸雀がやってきた。


 イルファもよく使う、物真似が得意でおしゃべりな精霊二羽に頼んで互いに真似してもらう通話手段だ。

 自分の目の前にいる鳥に話しかけると、離れた場所にいる番いがそれを真似して話すのだ。逆も然りで相手が話した事を自分の前にいる鳥が真似してくれる。言葉を託して飛んでもらうより、ほぼ時差なしで伝えられるので会話が可能になる。

 番いの精霊が了承してくれないと成立しないので、上級の精霊使いでないと使用できないのが難点だ。イルファはよく鴉の姿をした精霊に頼んでいる、それが金糸雀だった、一発であの姫さんだとわかった。


『良い珈琲を送ってくれませんか?』


 リィン帝国で、帝国軍中佐殿を交えて話した時に確かに協力は申し出た。ラウル王国にとって、ヴァイン自治州の円滑な統治は交易の上で益になる。

 だから何かあったら言え、とは伝えたが思わぬ要請だった。

 兄イーサンがローマン商会の副会頭である事も、商会が商用飛空艇での長距離輸送を始めようとしているのも知った上でのお願いだった。っていうかローマン商会が帝国と取引する際の商人まで知っていた。なんでだ。

『フィールズの街あたりに寄ってもらえれば、ドゥーレ商会かそちらの組合からお支払いできますので』

 なんでだ(二度目)素朴な疑問をぶつけたら「あのジジイいえ会頭とちょっと」と言っていた。うんまあ姫さんも戦場や市井でそれなりに揉まれたんだと思おう。深く追求はしないでおこう。


 そんなこんなで、取引のあれこれに疎いイルファはおしゃべりな金糸雀に言われたままを伝えたら、兄は片手で目元を覆った格好で唸っていた。

「難しいか?」

「いやあ……むしろ必要なのはどの豆にするか選定する時間くらいじゃないか?」

「安心した。じゃあそれで頼む」

「いやあ……もしかしなくてもこれ、帝都に直接卸せる絶好の機会じゃないか?人の足元見やがるアイツよりずっと、そうだ、フィールズなら国境近くに飛空艇の発着もできるな。この手数料だけでイケるならそっち拠点にしても」

「おーい、兄貴ー?」

「なあイルファ。今回の帝国行きは任せろ。むしろありがとうございます。ついでにキーサ皇国とか東方に御用もしくはお知り合いはありませんか」

「なくは、ないけど……商人じゃなくてもいいのか?」

「さすが近衛騎士様!顔が広いな!大丈夫ちょーっとばかり繋がってればそこから大物までたどり着くのはこっちの仕事だからさ!」

 キーサ皇国の皇太子殿下とか最初から大物の場合はどうするんだろうか。いや王室にも上がるローマン商会だ、たぶん大丈夫だ。…たぶん。


 躍り出しそうに軽快な足取りで副会頭が手続きに向かったのだから、姫さんが提示した内容は一発で通ったらしい。半分ほど意味がわからなかったから書き留めておいてよかった。

 後は兄がなんとかするだろう、これでイルファの役目は果たした。

「ああ、妃殿下への珈琲」

 いやもう一つあった。彼女のお気に入りの豆と、ファスイン王が好む茶葉と、先輩騎士への詫びである安い酒を買った。

 そうしたらおまけですと副会頭から煙草を一箱もらったが、これは東への紹介料だろうか。あの勢いのいい皇太子は煙草一箱分になるらしい。なるほど。



 王城に戻りさて今夜は護衛を交代してくれた先輩騎士の愚痴に付き合う夕食という名の飲み会かなと、騎士団宿舎に戻ろうとしたイルファは、その途中で足を止める事になった。

 回れ右をしたかったができるはずもなく、ああー…と目を泳がせている間に待ち構えていただろう一団に捕らえられてしまった。

「イルファ」

「このようなむさ苦しい場所に何用でございますか。妃殿下」

 騎士の礼をとるイルファの前で、麗しき貴婦人はパチンと扇を閉じた。

「あなたを晩餐にお誘いしようと待っていたのだけれど?」

 勘弁してくれ。

「私は一介の騎士でございます。妃殿下と同じ席につくなど」

「ではバックハウス卿。話したいこともあるので、支度が整ったら来るように」

 勘弁してくれ(二度目)侯爵家の者として断れるはずもなく、深く頭を下げて了承の意を示すと彼女は再び扇を広げて優雅にその場を立ち去った。本気でこの為だけに来たのか。手紙をよこすだけだと断るだろうから直接足を運んだのだろうが。

 高貴な女性の後ろにいた二名の侍女と二名の護衛はそのまま彼女に付き従い、後方にいたさらに二名の侍女がその場に残った。苦い顔をするイルファににーっこりと笑いかけた侍女たちは、遠慮なくその両脇からがしっと腕をつかんできた。逃げないように。

 くっそ逃げたい。


 大体、だいたいだ、社交界にあふれる美男美女ならとにかく、一番上の兄イヴァンのように亜麻色の貴公子だとか言われた父そっくりの容貌を受けつでいるならとにかく。

 イルファのような黒髪の三白眼で目つきの悪い騎士っていうかお前傭兵だろ?のような無骨な野郎を着飾っても仕方ないだろう。だがそれでも何とかそれなりに仕上げてくれる王城の侍女たちすげえなとは思うけれど。

 ファスイン王がああなので王室の晩餐に招かれた事はある、だが今呼ばれる理由は一つしか思い当たらないから逃げたい。

「あれ、イルファがいる」

「ええ?本当だ!ねえ僕の剣を見てくれるって、今度っていつ?!」

 正餐室に顔を出した王子二人にちょっと遊びに来た親戚のおじさんみたいな反応をされ、王妃の射抜くような視線を頂いていた。ええとお久しぶりですバックハウス卿、ご一緒できて嬉しく思います、なんて取り繕った挨拶をされたがまあ本当に親戚のおじさんなので間違ってもいない。


 ファスイン王の母である王太后がイェンシュ家当主の姉なので、ファスインとイルファは従兄弟になる。なのでイルファから見れば王子たちは従甥で、王子たちから見れば若くして戦績をあげた騎士で剣技の師である。

 鍛錬場であれば頭をぐりぐり撫でてやるところだが、この場では貴族的な礼を尽くしておいた。面倒だが長い人生で色々と身についてはいる。

 そして王陛下がいないのがものすっごく気になる。

 王妃いわく早急の案件があって議論が長引いているとの事で、ああこれ、顔出すなって言われたんだろうなあとイルファは遠い目をした。

 王妃が本題を切り出したのはある程度食事が進んでからだった。

「それでイルファ。私のお茶会にいらっしゃい」

 嫌です。

「私のような無骨な者が、妃殿下の華やかな茶会に影を落とすことなどあってはなりません」

「いいからまずはいらっしゃいな。今度のお嬢さん方は前回とまた違うから、気に入るかもしれなくてよ」

 お嬢さん方って言った。複数形だ。

「若く美しいご令嬢の貴重な時間をさくなど、勿体ない事ですので」

「彼女たちは私のお茶会に来るだけよ。あなたの為ではないとしても?」

「でしたら尚更、」

「え?なに?イルファお見合いするの?」

 第二王子の無邪気な言葉がぷすっと刺さった。ぷすっと。


「……しません」

「しないの?まあしなくても近衛騎士隊を囲んでるご令嬢たちの中から選んだら?」

「……あれは私など見ておりません」

「え、見てるよ。見てる。イルファって目つき悪くて第一印象が怖いけどさ、何気なく気遣いの人だから。使用人層には絶大な人気だよ。それに遊びに来てる舞い上がったご令嬢にも優しいのに規律重視の毅然とした態度とるから、好み分かれるけど硬派好きには人気が」

 誰の話だ。12という年齢のわりに少し幼い話し方をする第二王子は「兄上がああだから小悪魔路線に決めたんだ」と言っていた。いやそうじゃない誰の話だ。

 ちなみに参考は父上だよって、待て、第一王子も外見爽やか謀略は腹の中で系でいくか父上を見習ってと言っていた。いや待て。ファスインお前息子たちにどう思われてんだ。


「さて、イルファ」

 第二王子がごつんと兄に殴られているのは放置で、王妃はにこりと笑った。

「否は聞かなくてよ。政略結婚だろうと、それが幸運の場合もあるのだからね」


 ラウル王国王妃、カサブランカ・ココ・ラウル。

 彼女が政略結婚を幸運と言うと重い。彼女とファスイン王の婚姻はまごうことない他者の悪意でもって結ばれたものだからだ。



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