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紅の精霊使いと翡翠の精霊姫  作者: 岬かおる
第6章 翡翠と紅玉と黒貝と
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 雪どけの春。

 キーサ皇国の首都では春を告げる花々が色づく頃、皇太子一行は飛空艇を繰り帝国へと飛び立った。向かったのは飛空艇団団長が指揮する一番艇と、キーサでは珍しい旅客用の艇。

 無骨で実用的な軍用艇と、外装に装飾こそないものの流麗な旅客艇が並んで降り立ったのはリィン帝国の首都。整備された都市の石畳にすら至るところに雪が残り、朝には霜が降りる帝都である。


「ーーー寒い!!」


 操舵室から外部通路に出たカレル皇太子の第一声は、何ともいえないものだった。

「到着前に気象状況はお伝えしましたよね?」

「え、だって寒ぃ。シウノ・モアでは花咲いてた気がするんだけど」

「間違いなく咲いてましたし暦も春ですよ」

 冬でも薄着で元気なお子様かと思っていたがカレルにも寒いという感覚はあるようだ。わかっていたエルははいはいと呆れつつも、持っていた毛皮つきの羊毛の外套で皇太子を包み、その上で頭部の白布を巻き直してやっていた。かいがいしい。

 おかあさん、とかいう呟きはテオドル宰相の護衛である若い兵士からもれたものだった。灰眼のフーゴは素直でいい子だが口をしっかり閉じておくのが苦手のようである。


「はい。できましたよ殿下」

 上等の織物と品のある刺繍、豪奢な黄金の飾りを身につけて見劣りしないのだから、カレルもこうして見ると皇太子の名に相応しい、大変凛々しい佇まいなのだが。

「なんだよリール。お前最初から毛皮もこもこしやがって」

 中身は至ってカレルである。

 最近はどうもアヤと言動がかぶるというか、血のつながらない兄妹というか、出立前に一度だけお会いした双子の妹姫よりよほど似ている気がする。

 リールは自分の唇に人さし指をあてて、ダメですよと皇太子を嗜めた。

「『クレイ』です。殿下」

「後でネコかぶっとくよ。お前だって帝国は初めてなんだろう?」

「そうだね。でも聞いてはいたかな。春先は風が強くて冷たくて、観測値より寒く感じるから情報じゃなく空を見て判断した方がいいよって」

「………おう」

「ラルスが言ってたから」

「いやわかってるよ濁したんだからわざわざ言うなよ」

 ただ気温と体感の話だったはずなのに思わぬダメージを喰らったカレルは、ぐうと外套の下で胸を押さえていた。

「どうして自分から地雷源に向かって行くんですか」

「好きで踏み込んでねえ」

「ではそろそろネコかぶってください。甲板に出ます」


 開けた視界を占領するのは連なる山々。まだ雪かぶる山脈の裾野に広がる飛空艇の発着場は、要塞都市の城壁の外側にある。

 軍用商用旅客用を問わず飛空艇を実用化している国はまだ少ない。運用とそれに伴う整備が国単位でされているのは、帝国と皇国だけと言っても過言ではないほどだ。西のラウル王国がそれなりの成果を出しているらしいが、帝国には及ばないだろう。

 羊毛の衣服と暖炉の炎、火の精霊の恩恵がなければ凍えそうな帝国の春。そんな気象条件であれば馬車で二十日近くかかる旅程を二日足らずで航行できるのがキーサ皇国の飛空艇である。

「まあそれも精霊石を動力にした時の話だ。これを資源だけで賄おうとすると何もかもが半分以下になっちまう」

「それはもう現在の飛行技術とはまったくの別物だね」

「だから試行錯誤してんだろ。さすがにその成果じゃ予算の無駄遣いと言われるしな」

「あの、この間爆発してたヤツ?」

「してない。動力炉が焦げただけだ」

 ふん、と鼻息荒く前を向いたカレルの一歩後ろで肩をすくめたら、同じように下がって立っていたエルも苦笑していた。確かに爆発とは過言でも、火災と呼んでいい被害だった気がする。


 城壁の向こうの街並みと、山にいだかれてそびえる雪の塔。

 カレル皇太子を先頭に降り立ったキーサ皇国一行は、帝国側から見ても印象的だった。

 褐色の肌、黒々とした髪を白布で巻いた姿、外套の下の見慣れぬ衣装や織りは異国の趣あふれるものだった。

 そして側近、もしくは護衛として皇太子についているだろう両脇の二名がまた目をひく。二名とも皇太子と同年代の少年であり、片方は褐色肌に絹糸のような白い髪で、片方は象牙の肌に絵画じみた絵具のように冴えた紅い髪をしている。


「皇太子殿下、ようこそいらっしゃいました。帝国はあなた方の来訪を心より歓迎致します」


 彼は恭しい礼でもって皇国一行を迎えた。ここから帝国軍警備の元、宿泊してもらう高級宿まで馬車で向かう予定である。

 皇帝の居城でもある雪華の塔にも賓客が滞在できる用意はあるが、城塞の役目を多分に含むため国外からの要人には帝都内の別施設を案内するのが通例だ。塔に滞在するのは属国のそれも一部の身分ある者だけである。

 もちろんそれは皇国側も承知している。しかもこの五年、現皇帝の時代は他国が国主催の行事に招かれる事すらなかったのだ。おまけに表立ってはいないが、過日のキーサ国内軍事政変勃発とそれに連なる皇太子への傷害計画の陽動をしていた輩が帝国内におり、それぞれ思うところはあるけれどお互い様だよね?を確認する意味を込めての今回の来訪でもある。

 様々な派閥や属国の目があるような塔の中より都合がよく、その為にキーサは他国よりも早い日程で帝国入りしているのだ。

 そしてそれらの会談はラ・パルスに一任される予定だ。


「ア・マルナ・アストリアと申します。本日の案内、および会談時の補佐を務めますので、どうぞお見知りおきを」

 貴族然とした美しい所作の礼をしたのは、豊かな実りの小麦を連想させる髪色をした青年。

 一歩控えていたエルが、カレルの肩に触れる位置まで進んで「皇帝陛下の第一側近です」とささやいた。それはまた。レイリック・ユングなどの特務隊が軍部における皇帝直属の部隊なら、ア・マルナは文部においての皇帝の剣盾であろう。

 それを会談の補佐に。いやそれは監察だろう。ここの皇帝と弟の関係がまだわからんとカレルは笑ってやった、というかまず、ウチの宰相は何を持ちかけたんだかそこが気になる。


 今回の式典に参加するのは、カレル皇太子とテオドル宰相。

 後はすべて、その為に必要な人員たち。皇太子に付いているエルや、宰相を補佐するアロイスを始め、護衛や身の回りの世話をする従僕侍女、そして飛空艇を動かす兵士たちだ。

 規模としてはカレルの一番艇だけで済むのだが、これはがっつり軍用なので宰相を押し込めておく場所などない。カレル個人としては押し込めて何ら不都合はないが、対外的には宜しくない。軍用の飛空艇だけで帝国に乗り込むのも、自国の宰相の扱いをぞんざいにする訳にもいかず。

 結局カレルの機と宰相と補佐官が乗る旅客機を動かす人数が必要になったのである。

 そして帝国には、入国の際に獣人たちに対して大変厳しい条件が課せられる。その上で民間では有無を言わさずはねつけられる。まあ、獣人に対して良くない印象の強い帝国に入ろうとする輩も少なく、今回はレオポルト副団長やイチなど獣人組はお留守番だ。

 もちろんキィもお留守番決定で、本人も理解していたが耳も尻尾も毛もぺっしょりしていて可哀想な感じになっていた。

 ではヤン隊長は、というと。リールからの問いかけの視線に対して、「うーん、獣人に見えますかね?」と手近にいた灰眼のフーゴに尋ねて「いや色男に見えます」と返答をもらっていた。的確ではなかったがだいたいわかった。


 もちろん飛空艇の維持、整備については指示してあるので、カレルたちは帝国が用意してくれた馬車に問題なく乗りこんだ。

 カレル皇太子、側近のエル、そして護衛の「クレイ」の三名で。


 動く閉鎖空間に押しこめられたら内緒話の開始である。

「皇帝の方から監察官きたかー…あれどうよ」

「予想としては、今回もルイとか、特務隊が出てくると思ってたけどね」

「皇帝陛下直属といっても軍部には違いありませんから。本当に、ラ・パルス殿下と切り離された思惑という事でしょうか」

「帝国には入ったことないからなー噂と人の流れでしか判断できないなー」

「っていうかテオドルはどういう用件で会談の約束してんだ」

「打診の際の書状の写しはありますけど」

「表向きの?」

「建前上の」

「っていうか、なあリール、ラ・パルス皇子と皇帝って仲悪ぃの?」

「さあー… 昔は仲良しだったけど。今もそうなのか対立してるのか、それが感情的な話なのか政治的な話なのか周囲の話なのか、さっぱり」

「なかよし」

 なんだそれ想像つかないとカレルは行儀悪く脚を組んだ。


「ア・マルナ・アストリア殿。アストリア家の嫡男でいらっしゃいます。先代ご当主が当時の皇帝陛下の弟君で、国領だったアストリア地方と公の爵位を頂いた事で興された家ですね」

「それいいな。家名と爵位が同じなのわかりやすい」

「慣れなんだけどねえ。ま、キーサには家名そのものが馴染みないのか」

「覚えてないならカレルは黙って聞いて下さい。現当主のアストリア公は、皇位継承権二位です。公子が三位。先代ご当主の時代、公的な記録としては皇子が四名いらしたのに、です」

「……他二名どうした」

「皇帝と初代アストリア公が共謀したのか公が強かであったのか、それはわかりません。お二人とも成人前に、御子を残される前に逝去されてます。そして現皇帝ル・クリフ陛下にも、御子どころか皇妃もいらっしゃいません。なので継承権の一位はラ・パルス殿下です」

「で、その公子が皇帝陛下の第一側近だと。んで、ラ・パルス皇子のお話合いに出てくると」

 やっぱり仲悪いんじゃないのか、と言われたがそんなのリールにだってわからない。


 ラ・パルスのヴァイン王国への婿入りが、皇位継承者の排除だとしても可笑しくはない。よくある話だ。それを先代皇帝が仕向けたのか、ル・クリフが画策したのかで心象は変わるが。

 ものすごく主観的な見方をすれば、そうではなかった、と思う。

 ル・クリフは弟を可愛がっている様子であったし、その幸福を、願う姿に繕うような様子は見られなかった。ル・クリフについていた精霊たちはとても穏やかだった。

 だからむしろ、感情的な話というより。


「…政治的なお話?」

 ぽつりと漏らした言葉に、カレルは答えず肩をすくめただけだった。

「確かにねえ、僕は一介の護衛でしかないから。皇太子殿下がそんな者にうっかり口を割るようでないと知れて頼もしい限りなんだけど」

「真正面からチクチクくるなよけっこう傷つくぞ」

「皇太子殿下。僕は、前にも嫌だって示したよね?だからアーヤを飛空艇団に入れたんだからね?」


 戦争なんて、もう御免だから。


「…『リール様』。ご安心してください、とは口にできませんが。その為に僕も、カレルも、帝国に来ております。それだけは信じてくださって結構です。皇后陛下と宰相殿がどうお考えであっても」

 ああ宰相閣下は別口なんですねと思いながら、護衛にあるまじき態度で長い息を吐いた。

 それを向かいから見ていたカレルはまたも肩をすくめ、そうしてからふと気づいたように視線を斜め上にやった。


「そういや、ラ・パルス皇子は継承権返上してなかったんだな?」

 記憶をたどるように視線を外していたから、リールの反応を見ていなかった。もちろん、となりでエルが笑顔のまま固まったのも。

「ヴァインへの婿入りなんてほぼ決定事項だったろうに。復権したんじゃなくて、元から返上してなかったわけだよな」

 どうしてこの男はリールに関してはポンコツなのかと、固まった笑顔のままエルは首を回したが本人は気づいていない様子だった。これから帝国内において皇帝と弟を相手に立ち回るならその点を論じて問題ない、むしろ誰の思惑がいつから絡み合っていたのか判断するのに重要でもある。

 だがそれを元婚約者の前でわざわざ口にするから残念だというのだ。

「…ヴァインの王族の生誕祭は派手ではなくて、国内でも親交の深い家や有力な者しか招かれない。リールミール王女の12歳の誕生日を迎える年に、ラ・パルス殿下も招かれていた。それまでも候補でなく確かに婚約者だったけどね、そこで、彼のヴァイン入りが国内外に示されるはずだった」

「それまでは何があるかわからないから、帝国内での立場を押さえておきたかったか?」

「さあ。少なくとも、婚約者は決まっていたって縁談はあったから。カレルみたいのとか。だからラルスからしてみればそうかもね」

「ああうん。打診はしたな」

 そこまで、と。エルは遠慮なく主の足の爪先あたりを踏み抜いた。尻尾を踏まれた猫のような濁った声でカレルは「何すんだ」と抗議したが、わかっていないのなら残念ではなくポンコツで結構だ。

「大変申し訳ございません。リール様」

「……まあね、カレルだし。護衛の『クレイ』が持ってる情報が役立つならそれでいいし」

「エルお前最近容赦ねえな」

「以前から容赦した覚えはありません。カルラからも常々カレルを甘やかすなと言われておりましたので」

「いや多分カルラ関係ないだろ」

 皇太子の双子の妹、カルラ姫。今はエルの奥様である。


 キーサを発つ前に一度だけお会いしたが、豊かな黒髪の、はっきりとした目鼻立ちのわりに可愛らしい印象を受ける少女。

 何が彼女の救いなのかリールには判断できなかったが。


 ああ、これは、…ごめんね?

 少なくともエルの希望にはそえない事を告げた。

 賢者と狂人は紙一重で。あれは病ではないのだ。


 カルラ姫をつなぎ止めている手段は気になったが、リールが口にできる事は少なく、エルは白髪を揺らしていたが笑顔は崩さなかった。



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