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紅の精霊使いと翡翠の精霊姫  作者: 岬かおる
第4章 翡翠と瑪瑙と黒皇子
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 白金の宮に向かう馬車の中で、リールは誰もいないのをいいことにううんと唸った。

 非公式、個人的な赴きで皇后が会うと言うのでもちろん断れず、侍女たちにされるがまま支度され馬車に乗せられたが。

 もう一度言おう。対策できてないどうしよう。


 皆無ではないが、キーサ皇后についてはカレル皇子よりも情報が少ないので、こういう方向で!と決められていないのだ。

 街の人々は彼女がふるう政治の手腕やその結果、式典で見かける姿、そして噂しか知らない。それが間違いとも言えないが。やはり面識があり会話をしたことがある人物からの情報、話が聞きたかった。

 それカレルから聞けばいいだろう、とはもっともで。使節団が帰国後になると踏んでそちらに気を取られすぎた。後手に回りすぎた。


 皇子が連れてきた「異国の客人」が妃候補だと、報告はされている。らしい。だがカレルや彼に近しい者からの接触しかなかったので、向こうで処理してしまうか放置かと思っていた。

 だが、晩餐会への出席を求め、こうして皇后みずから会おうというのだ。


 そのいち。なかったこととしてスッと消される。

 そのに。ヴァインの王女か否か判断し、その結果によっては帝国への土産にする。

 そのさん。皇子の正妃として相応しいかをみる。


 ああ、さんはないかな。…ないな。

 いっそ向こうの出方次第だ、なんとかしよう、スッと消されると残してきたペットたちが心配だからそれだけは回避しよう。

 自分ひとりだったらそれも回避したか怪しい。わりとなるようになれと思っていた。しかし愛玩動物を飼う効果はこんなところにも出るのだなと、我ながらちょっぴり感心していたら、白金の宮のとある部屋に到着していた。

 初めて足を踏み入れた本宮の、ここがどこにあたるかわからないが、宮殿晩餐会が催されるならその時に用意される控え室のような。さほど広くなく、しかし少し休めるようなソファなどの家具がある。

 ここで待つようにと言われ、侍女は下がり、続き部屋もないので翠玉の宮からついてきた護衛二名は扉前で控えるという。

 見渡すと窓が設えてあった。それも人が簡単に乗り越えられる大きさで、触れてみると軽い力で押し開けることができた。階段は上ったが二階だったので、おそらく、このまま軟禁という事はなさそうだ。


 さて、と扉の方をふり返ると、皇后陛下の前に別の客があった。

「…まあ」

 大きさは大型犬くらいだろうか。のしのしと音がしそうな太い四本足で、悠然とリールの前まで進んでくる。

 見た目は陸亀だ。大きな体に似合わず小ぶりの頭がつるんとして愛嬌がある。背中の甲羅は一面が苔のような草のようなもので覆われていて、小さな木まで生えているので甲羅というより森を背負っているようだった。

 その森から、しゅる、と白い蛇が頭をもたげた。彼らは二体の精霊ではない、これで一体なのだ。


 『玄色(くろいろ)の賢王』。土属性の最高位。


「初めてお目にかかります。賢王はキーサの土地がお好きなんですね」

 ためらわず床に両膝をついて挨拶すると、亀の頭と蛇の頭が同時にこてんと傾いた。

 なにこれかわいい。


 精霊王たちは、基本的には滅多に地上に現れない。

 普通、精霊との交渉は、現存する記録に存在している精霊に対して呼びかける。記録とは、人に対して現象を与えてくれた事実だ。この交渉の言葉を刻んだのが精霊石になる。

 しかし記録にあったとしても、大昔に成功したらしい精霊王へ交渉するなど無謀でしかない。なのにそんな輩は後を立たず、失敗をくり返し、そして研究所には伝説が受け継がれているわけだが。

 リールは火属性の誰か、と呼びかけたら女王がやってきた。みたいな感じなので。

 王女時代に一般的な精霊術について学んだけれど、規格に当てはまらず、教師の精霊使いも国王すらも「周囲に被害がないよう充分に注意すること」なんて曖昧な言葉しか掛けられなかった。

 火の女王も風の獣王もぽんぽん姿を現しているが、これはリールが特殊なだけだ。


 それでも土の賢王にお目見えしたのは初めてである。

 今は大きな犬くらいのサイズだが、彼らは実体を持たないのでこれは仮の大きさだ。人の造った建物の、さらに部屋サイズに合わせてくれているのだろうか。キーサの建築は石造りが主流なので、建物内であっても彼らも息苦しくないようだ。

 頭を撫でても感触ないんだよな実体ないし、つるんとしてて可愛い感じなのに残念だな。などと考えていたら、それに気を取られていたのか、くつくつと笑い声がしてようやく人の入室に気づいた。


「頑固な賢王が、まるで飼われた犬のようだ。そう思わないか?」

 楽しそうに笑っていたのは、豊かな赤銅色の髪を膝下まで垂らした、背の高い女性だった。

 無計画が過ぎた。玄色の賢王に膝をつくのはためらいないが、その格好のまま迎えてしまったのは失敗だ。慌てず騒がず素早く立ち上がってから、ヴァインの淑女の礼を取った。

「大変失礼致しました」

 同意を求めるような言葉があったので、謝罪はありだろう。ええとキーサではありだっけ?

 膝を折った礼の形のままぴたりと動かないリールを、女性は楽しそうに目を細めて眺めた。

「良い。妾が呼びつけたのだ、待たせたな」

「とんでもない事でございます。リールミール・メルニーナ・ヴァインでございます」

「ああ、…そのようだな」

 顔を上げるようにと許されて見えたのは、カレルによく似た瑪瑙の瞳だった。


 アルジビェタ・ウルダリヒ・ヴァーハル。

 キーサ皇国の皇后である。


 夫である皇は七年前の内乱鎮圧の際に負った傷が元ですでに亡い。だが元からアルジビェタ皇后がヴァーハルの直系として女皇を即位し、今は空席のままであるキーサ大将軍を婿に入れた形だった。

 その皇后も即位までは軍に身を置き、大将軍の右腕として戦場を駆けたそうなので、第二皇子が軍人として身を立てると言っても「中途半端ならば容赦しない」と逆に脅したという逸話は民の間にも知れている。

 多民族を統一する武力は受け継がれているようで、むしろ逝去した第一皇子が穏やかだったのが突然変異ではと言われているくらいだ。だから、リールたちが襲撃をきれいに迎撃したのをあんなに嬉しそうにしていたのか、あの皇子。

 戦える妃はマイナス点ではないだろう、が、その前に。


「恐れながら、陛下」

「なんだ?」

「……賢王が、とても、こちらに注目されているようなのですが」

 皇后の前で背を伸ばしたリールの横で、亀と蛇の頭がじっとこちらを見ているのが気になる。それ自体は好いのだが、皇后を前に謀略めぐらせようという気が失せる。純粋な目でこっちを見ないで欲しい。

 すごくきらきらしている。これ、獣王と同じ感じだ。

 少々戸惑った様子のリールに、皇后は腰に手を当ててははっと豪快に笑った。私的な空間だから素なのだろうか、それとも軍人あがりの女皇として普段からこのような振る舞いなのだろうか。

「それはもう。戦場にいた頃から、賢王は我らの心強い相棒のようなものであったが。今日は落ち着きなくてな、姫の到着を察して妾よりも先に出ていったわ」


 好かれておるな、精霊姫。


 これは、そのに。だろうか。

 最高位の精霊のおかげで、思いがけず身分の証明ができてしまったのはいいとしよう。

 お針子たちがものすごい勢いでがんばってくれているドレスで身を包んだら、晩餐会で帝国にぽいと渡されるとか。それが一番あり得る。だから使節団滞在中に呼びつけたのか、その確認か、なるほど。

 さてどうしよう。


 純粋な好意の視線の中、皇后を立たせたままなのにようやく気づいた。ダメだ、ちょっと頭が回っていない。

「陛下、失礼致しました。どうぞお掛けに」

「それも良い。あまり時間もないのでな。それよりも」

 ソファをすすめたはずが、アルジビェタ皇后は大股で近づくとぐいと顔を寄せてきた。近い。

 美女、というほどではないが顔立ちは整っている。それよりも、大輪の花のような華やかさが他を圧倒していた。確か四十を越えていたはずだが、生命力に溢れているというのか生き生きとした表情、まとう空気が皇后の威厳としてあらわれている。

 それが近い。

 まじまじと顔を見つめられ、真っ当に視線を返すのも失礼なので鼻筋あたりに置いていると。

「なるほどこれは噂に違わぬ美姫だ。人でなく精霊と言われても信じような」

「あの、」

「我が愚息など簡単だったろうなあ。アレはもう幼少から煩くての、精霊姫ほど美しいものはないと騒いでおったが、騒ぐ気持ちも理解できる」

 口を開くと間抜けな相槌をはさんでしまいそうなので、わずかな笑みの形で唇を閉じていた。

 これは、なんの話だろう。

「そなたの行方が知れなくなってからも、任務にかこつけて探し回っていてな。やるならバレないようにしろというに。まあ、それもイザークがああなってからは大人しくなったが」

 キーサの正しい血統である皇后の、褐色の指がのびて。リールの顎にかかった。リールミール姫よりも背が高いので、少しだが上向く格好になる。

「それが嫁を連れてくると。どうしたと思っていたらついに精霊姫を捕まえおったわ。強運というか執念というか、愚息には呆れるを越して褒めてやりたい」

「陛下、」

「ーーーと、思ったが」

 絡んでいた指をするりと解くと、アルジビェタ皇后は腕を抱えるようにして盛大な溜息を吐いた。


「あれだけ浮かれた報告をよこしておいて、まだ口説き落としてもないと。何だそれは。精霊姫に執心しておったから他の令嬢にだいぶ適当であったが、意中の相手にもこれか。あんの愚息は鍛え直さないといかんな。晩餐会へ招待したのも良かれと思ったのだが、…早まったか?」


 これは、まさかの、「そのさん」なのか?

 帝国への土産品でなく、息子の嫁候補自慢のつもりだったのか?

 限りなく低い可能性として考えていたが、本当にその方向でいくとは思わず、リールは曖昧な表情のまま言葉は慎んでいた。

 それをどう見たのか、アルジビェタ皇后はにやりと(にこり、ではなく口の端を持ち上げて悪巧みするような)笑いを浮かべた。

「無理を強いられたようにも、人形のように思考を放棄した訳でもなさそうだな。戦ごとは勘弁してもらいたいが、我が国を利用するくらいはしてくれてかまわんぞ。それで揺らぐような軟弱な体制をつくってもない」

「滅相もない。陛下や殿下方のご厚意に甘えるばかりで、どうお返ししたらと悩んでおりました」

「では、浮かれた愚息の手綱を、精霊姫の意思で握ってくれるのがありがたい」


 けっこう直接的に、息子をよろしく!って言われている。

 かなり好意的なんだがどうしてこうなった。


「それは、…かつては一国の王女として教育もされました。様々な理由で縁を結ぶことも存じております。ですが皇后陛下は、それを望んではいらっしゃらないと、受けとめてよろしいのでしょうか?」

「もちろんだ。娘ひとりも口説けぬような男など、姫の方から見切りをつけてやれ。遠慮はいらん、あれでも次期君主だの言われている、妃などほかにも見つかるわ」

 口は悪いが、聞いているとあれだ、普通に子供たちが可愛いのだな。この方。

 瑪瑙の瞳も、所作もそうだが、カレルがあるのはこの人ありきなんだな。とてもよく理解した。

「そなたほどの美姫が娘になるなら、妾は嬉しいがな。上面の付き合いは堅苦しい。なのでたとえ愚息が不甲斐ない結果になっても、悪いようにはせぬよ」


 それです陛下。言質いただきました。

 思いがけない展開だったが、これで何かあってもアヤとキィは市井に下ろしても大丈夫だろう。

 キィは目立ってしまったが(そしてこれから晩餐会でさらに目立たせてしまうが)アヤと一緒なら何とかなるだろう。守るものがあると自分の事も大切にする、ここにきて実感したので、きっと大丈夫だ。

 キーサの皇子妃は、ちょっと、遠慮したいけれども。


 アルジビェタ皇后の寛大な心遣いに感謝を述べたところで、部屋の入口から「陛下」と声がかかった。白に近い、乾いた細かな砂のような色の軍服は飛空艇団とも陸上団とも違った型だった。

 皇族の護衛を任された親衛隊だ。この皇国の精鋭部隊。

「ああ、時間か。名残惜しいな、精霊姫の美しさはいつまでも愛でていたいのに」

「…恐れ多いことでございます」

 この方ありきで、カレルがああなるんだな。第一皇子、お会いしてみたかった。

 ちなみに玄色の賢王がとてもそわそわしていたので、一緒に翠玉の宮に行くかと尋ねたらすごく喜ばれた。この国は土属性の精霊たちが元気だなと思っていたが、鉱脈をいくつも有するだけでなく、地の精霊王が皇后に寄り添っているからだった。

 なのに簡単について行くとは浮気者めと皇后に言われていたが、賢王は何食わぬ顔でさらりと床の石に溶けてしまった。翠玉の宮にいる白墨の尾も、突然王がやって来たら驚くだろう。土属性たちは比較的穏やかだからケンカは始めないだろうが。


「お忙しい陛下のお時間をありがとうございました」

「…これが我が娘か。うむ、良いものだ」

 それは気が早いです陛下。ううんと微笑みでごまかしていると褐色の指がまた近づき、頬に触れたかと思ったら、反対の頬に年齢よりも若々しいやわらかな肌が触れた。

 親しい挨拶はいい。ただその所作が、まるで手慣れた貴公子のようで。

「では、精霊姫。晩餐会の夜に」

 なるほど、この方にかかったら、カレルなど手ぬるいんだろうな。と、素直に納得した。



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