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アヤとキィが、飛空艇団宿舎から翠玉の宮まで通うようになってしばらく。
朝から団内がばたばたと忙しない中、本日のお迎えはリールの護衛の一人大男のシモンだった。
キィと並ぶと威圧感ハンパないというか馬が可哀想というか。鍛えられた軍馬だから実はそうでもないのかもしれないが。
宮に通うことになってもキィがいるからお迎えはいらないと断ったのだが、形式が大事なんだからと却下されてしまった。リールだけでなくアヤとキィも「皇子の客人」という体裁を取っておきたいのだと云う。
それじゃ仕方ないとすぐ諦められたのは、護衛たちが職務をまっとうし、余計な詮索も何もせずにいてくれたからだった。
大男のシモンが乗っても軽やかな足取りを見せる栗毛の後ろについて、アヤは「今日はちょっとお休みしたかった」とこぼした。
「どうした?具合でも悪いか?」
「いや元気。飛空艇団のみんなも忙しそうだったからしょーがないけど、せっかくなら、帝国の黒い皇子さま見てみたかったなって」
「……アヤは、見てみたいのか?」
「整備隊のみんなも街のお姉さんたちも、すっごい勢いできゃーきゃー言ってたからどんなかと。それがリールとらぶらぶだったんだろ?楽しそう!見てみたい!」
純粋な好奇心だったかと、キィは胸を撫で下ろした。
地方の主要都市を回った使節団は、本日は首都シウノ・モアの飛空艇団本陣の視察を予定している。
団の敷地は広大だが、整備格納棟にいれば見られるかもと思ったのだ。もちろん、今日も翠玉の宮で礼儀作法のお勉強なので叶わないけれど。
反応の薄いキィの横顔を見て、琥珀の目が硝子玉みたい人にはないキレイだなと思ったが、強く手綱を握る姿でようやく気づいた。
「ああ、……ごめん。キィたちは直接帝国軍と戦ってくれてたんだもんな。いい気分はしないよな、ごめん浮かれた」
「いや。民の間に余計な禍根などない方がいい。むしろ、アヤも父親をあの侵攻で喪ったと言っていたが」
リールとアヤの出会いをざっくり話しているので、元・国立研究所でのあれこれも言ったかもしれないが。どこまで正しく言葉にしたか、ちょっと自信がない。
七日間戦争で父親が帰ってこなかったのは事実だが、戦火に巻き込まれた訳でもないので、どう言ったらいいのか。ううんと唸っていたら、乗っている鹿毛がぶるりと首を振ったので一瞬手綱を緩めてしっかり正面を向いた。
「あの戦争のせいっていうか… 確かに賢者を探してこーいって命令したのは皇帝みたいだけど、それで見つからないからって部下に無茶ぶり決めたのは研究所の偉い人で。それってむしろヴァインの人がしたことじゃん?もちろん無事だったら殴って連れて帰るつもりで探してたんだけど、『どうなったかもわからない』のが嫌だったから、結果を知れた時は逆にすっきりしたんだ」
だから、犠牲になった人たちがいるのは知っていても、アヤの中には実感として落ちてこない。
あの時、王女様だけでも逃げられたと言う人もいれば、王女だけが逃げたのだと言う人もいた。リールがどんな気持ちで生きることにしたのか、そんなの壮大すぎてアヤには想像もつかない。
「だからごめん、気づけなくて。俺がこんな平和にぼんやりしてられるの、キィたちが守ってくれたからなのにな。ありがとう」
いや、と小さく答えただけだったが、キィの乗る馬の緊張が解けていたようなので良かったと思った。
とりあえず今日もがんばろう。リールの為にっていうとめちゃくちゃ恥ずかしいけど、その方ががんばれるのはもうしょうがない。
飛空艇団の方は平和かな、カレルが黒い皇子さまにケンカ売ってないかなとアヤに心配されているちょうどその頃に。ラ・パルス一行が、宿泊している紅玉の宮から飛空艇団に到着していた。
軍施設への視察時には、使節団が二手に分かれる。ラ・パルスが率いる軍部と、貴族代表のアドロフ侯爵がまとめる技術者集団は別行動となり、あちらは宰相のテオドルが遇している。
キーサ到着から彼らの足となっている軍馬で現れたラ・パルスは、軍の簡易礼装である黒をまとっていた。勲章などは外してあるが、他の軍人たちは平時の草色の軍服だったのでまた目立つことこの上ない。
「カレル殿下。早い時間から申し訳ない。貴国の飛空艇がどうしても気になりまして、我が儘を申しました」
今日も今日とて顔がいいな、と心の中で悪態をつきながら、こちらこそゆっくり時間を持てて嬉しいと迎える。まあ、その言葉に偽りはない。
できることならじっくりと話したい。
だが実際には、その機会はほとんどない。
施設の案内、説明時にはレオポルト副団長を始め、現場の責任者が全体に対して話す。徒歩で移動する際、休憩や食事の時などはカレルとラ・パルスが対等の立場として二人で話すが、周囲はみっしりと互いの国の軍人たちに囲まれているのだ。口をはさまないだけで、誰もが聞いている状況で変な事は口にできない。
そして常に、ラ・パルスの左手には例の二人が控えている。トライバル中佐とフォロウ大佐だ。
もちろん彼に並んで歩くカレルの右手には、エルとレオポルト副団長を置いている。特務隊の二名に関してはこの二人に任せ、これは仕事これは外交の仕事と念じながら猫をかぶっていた。
なぜなら、ラ・パルスがあまりに普通であまりに毒のない模範的な言動しかしないからだ。
それのどこが悪いと言われれば、まったく悪くないのだが、カレルは自分の勘と運をわりと信じている。必ず当たると豪語するほど盲目ではないが、勘に従って小石を投げるくらいはしてきた。
波紋はどこまで広がるだろうか。
考えながら、ある場所で足を止めた。様々な目的の鍛練で使用する広場は、踏んで固くなった土の平坦な場所である。そこで模擬戦のように打ち合う兵たちを見て、カレルは副団長を呼んだ。
「今日は模擬戦闘訓練はあったか?」
「いいえ。けれどアレですな、最近は『客人』のおかげで試合形式や勝ち上がり戦が流行りになってしまって。これがまた目の届かなかった個々の癖なんかも見えるので、取り入れる隊が増えてしまいました」
「あー…なるほど?」
事前通達のない隊はできるだけ平時と同じようにと言ってあったので、そのせいだろうとレオポルトは説明した。客人キィの、ヴァイン獣騎士団隊長という肩書に挑む連中が湧いているとは聞いていたが。
……なるほど?
「ラ・パルス殿下。ーーー提案なのだが」
大声ではないが、腹からの通る声を出したカレルに、ラ・パルスは瞬いてから「はい」と返事をした。
「この後に機体を案内する予定だったのだが、私も貴国の飛空艇にはとても興味がある」
「恐縮ですね」
「そこで、手合わせの一本もして、負けた方が自国の飛空艇を案内するというのはいかがか?」
レオポルトの背後にいた飛空艇団の連中には、副団長の尻尾がぶわと正直に反応したのを見た。正面からは変わらない顔だったろうが、獣人たちは嘘がつけない。
っていうかウチの団長がまたナニか言い出したーーー!!
というのがキーサ側の心の声である。
手合わせする、といっても。ここにいる集団の立場、身分、役職を考えれば皇子たちが「ウチの猛者はこれだ!」という自慢を兼ねた代理試合が普通だ。むしろ高位の人間に危険がないのでそちらを推奨したい。
しかし、少々驚いた顔をした後で微笑みを浮かべたラ・パルスが核心を尋ねた。
「それは、どなたが?」
「もちろん、私とラ・パルス殿下のほかにいますかね」
ですよねーーー!!
団長めっちゃいるいますよ副団長とかどうですか?!!
という飛空艇団一同の心の声を受けて、いや大事になる前にとエルが一歩踏み出した。
「カレル殿下、お戯れが過ぎます。ラ・パルス殿下に失礼を」
「わかりました。私で宜しければ」
しかし、ラ・パルス本人に遮られてしまった。
いい笑顔で。
「キーサ飛空艇団の団長を務められるカレル殿下に、私が敵うはずもありませんが。帝国軍に恥じない程度には善戦しなければなりませんね」
「それこそご謙遜を。帝国軍を束ねる総指揮官殿に、私がどこまで健闘できるかどうか」
お互い笑顔で応酬しているが、すでに面倒臭い事態勃発である。っていうかラ・パルスが乗り気なの何でだ?という飛空艇団もようやく気づいた。
帝国軍一行も、乱れはないがけっこう慌てているのに。
「誰か模擬戦用の武器を用意しろ。おいお前ら!ちょっと空けてくれ!」
「カレル殿下!」
「ーーーラ・パルス殿下!」
話を進めようとしたカレルを止めるために、エルがもう一度呼びかけたのと同時に、帝国軍からも声が上がった。
トライバル中佐だ。
声を上げたタイミングの良さに、二人は一瞬だけ目を合わせ、そして察した。互いに主に振り回される立ち位置である事を。
この時ばかりは危機感を忘れ奇妙な連帯感を抱いたが、それはそれ、これはこれである。
「殿下。何も御自らされずとも、我等にお任せ下さい」
「カレル殿下が直々に手合わせされるというなら、私が出なければそれこそ失礼だろう」
だから向こうも代理にすりゃいいでしょうよ!という心の声がエルには届いた。わかります。まったくもってその通りです。
「キーサの飛空艇を案内してもらう為だからね」
もう何でこの人ケンカ買ってんの?!という心の声もエルには届いた。すみません、ケンカ売ったのはこっちですね。
ラ・パルスの言葉を聞いたカレルは、笑顔で、売ったケンカが倍で返ってきたのを遠慮なく買い取った。
「ではぜひ!ラ・パルス殿下の旗艦に乗せてもらわないとな!」
「ええ。カレル殿下の一番艇を拝見できるのを楽しみにしています」
あ、ダメだこれと雄弁に語ったトライバル中佐の顔を見たエルは、今だけ、中佐に握手を求めたい気分だった。
「勝敗は?」
「参ったと言わせればいいのでは?」
「それはわかりやすい」
普通の訓練みたいに相手を戦闘不能にするとかだけは、絶対に、勘弁してくれと両軍からの念を受けながら二人は向かい合った。
「ーーーそれで?」
勝敗はどうだったの?と尋ねると、向かいのエルは苦笑して、一人掛けソファに沈んだカレルはぶぅとふくれた。
「まあ、ウチの飛空艇を案内するのが本来の予定でしたから、間違いではないんですけどね」
もう拗ねて扱いに困るのでリール様のところに持ってきました、とエルは言った。翠玉の宮、リールの部屋の居間である。
まだ夜の浅い時間であるが、突然やってきたカレルが追い返されなかったのはエルが一緒だったからと云う。ダシャの信頼度があからさまである。
お茶を給仕した侍女たちには下がってもらったので、室内にはリールとこの二人だけだ。
扉は少し開いていて、その前に護衛たちは立っているけれど。今夜の立番を確認したリールは、リールミール姫でなくいつもの口調でけろっと「バカだなあ」と言った。
「ケンカ売るのは勝手だけど、そこでどうして帝国軍の総指揮官に手合わせ申し込むの」
「お前なあ、皇族の指揮官なんて伊達だと思うだろ…」
「自分のこと棚に上げて」
「まったくです」
「カレルの実力は知らないし、僕がちゃんと認識してるのも昔の話だけど。武芸が嗜み程度なのはむしろ皇帝の方だと思うよ? 皇弟殿下は12歳かそこらで王国の近衛騎士が本気で相手してたからね?」
「なんでその情報を事前に教えなかったんだよ!」
「まさかケンカ売るとは思わなくて」
「どうしてあそこで思いついたんでしょうね…」
思いついたんだから仕方ないと、ふくれっ面で横を向いたカレルは放置し、エルは少しだけ温くなった紅茶を飲んでふうと息をついた。
「でも、カレルがああなのはいつもの事として。ラ・パルス殿下が乗ってきたのは意外でした」
あちらも慌てていた様子から、おそらく普段には見られない行動なのだろう。それこそ、これまでの日程で見てきた模範的な言動がラ・パルスの常だと思われている。
だがエルは、あの瞬間共有した。
トライバル中佐の反応は、未知の事態に遭遇したものではなく「今度はなんだ」というある意味慣れたものだった。
「どういう、方なのでしょうか」
「……それを僕に訊かれてもねえ」
あれは敵だ敵、今度は負けねぇとぶうぶう鳴くカレルに「がんばれー」と言ったら、すごく落ち込まれてしまった。




