番外編 ロアラの熱い日々1
わたくしはこのナスカ皇国にある近衛騎士団団長のコンラッド・スレイター様の妻であった。
スレイター侯爵家の嫡男でもあるコンラッド様をわたくしは愛していた。精悍で怜悧な顔立ち。黒くてさらさらとした髪に淡い春の空のような澄んだ水色の瞳も綺麗だ。それでいて腕や肩などは筋骨隆々としていた。もうわたくしの好みど真ん中な殿方だった。そんな彼と出会ったのはわたくしがまだ幼い頃であった。
わたくしが十二歳の頃だったと思う。今から八年前だからコンラッド様は二十一歳くらいだった。彼とわたくしで九歳の差はあったが。父ことシュリンク伯爵はコンラッド様の父君である先代のスレイター侯爵とは昔からの親友である。その関係でわたくしは生まれた頃からコンラッド様の婚約者になる事が決まっていた。けどわたくしは絵姿のコンラッド様に一目惚れした。本物の彼に出会える日をいつしか楽しみにしていたのだった。
「……ただいま。ロアラ」
「はい。お帰りなさいませ。ラド様」
わたくしは彼の事を愛称で呼んでみた。コンラッド様は驚いて目をちょっと見開いている。ふふ、可愛らしいんだから。長身である彼は見上げないといけないが。それも苦にはならない。わたくしのコンラッド様愛をなめてもらっちゃあ困るわ。何故か、引き気味になっているコンラッド様にわたくしは笑いかけた。
「……ラド様。今日はいかがなさいますか?」
「あ、ああ。もう疲れたから食事はいい」
「わかりました。でしたら、お風呂になさいますか?そ・れ・と・も。わたくし?」
ちょっとふざけて言ってみた。わたくし、これでもまだ二十一歳よ。おばちゃんとは言わせないんだから!
「……」
「……あの。ラド様?」
コンラッド様は固まっていた。気のせいか、顔が赤い。あら。わたくしの色気にあてられたのかしらね。そう思いつつも彼に近づいた。そして背伸びをして自分の額を彼の額にくっつける。うん。熱はなさそうだ。
「……や……くれ」
「ラド様?」
「……だーかーら。やめてくれと言っているんだ!!」
大声で言われてわたくしは耳がきいんと鳴った。仕方ないので額を離した。ちぇっ。コンラッド様ってケチだわ。
「……君は俺を試しているのか。華奢な君に無理をさせまいと思って自制していると言うのに。俺の理性を試して遊んでいるのか!?」
「あ、遊んでなんて。そんなひどい事をしているつもりはありませんわ!!」
「だったら。俺を使って実験するのはやめてくれ」
わたくしはその言葉を聞いてガーンとなった。ま、まさか。実験をしていると思われていたなんて。
「……ラド様。わたくし、実験なんてしていません。ただ、元気になっていただきたくて」
「わかっているんだったらいい。ロアラ。悪いが俺はもう寝てくる」
そう言ってコンラッド様は疲れた顔で寝室へ行ってしまったのだった。
わたくしは夕食を食べてからお風呂に入った。上がってネグリジェに着替える。この間もコンラッド様は来ない。仕方ないので夫婦用の寝室に行く。コンラッド様はすうすうと寝息を立てていた。本当に疲れているらしい。
「……ごめんなさい。ラド様」
ぽつりと呟いてベッドに入る。そっとコンラッド様の背中にすり寄った。じんわりと彼の体温が伝わる。瞼を閉じた。ちょっと泣けてきたのだった。
「……ロアラ」
低くて心地よい声。じんわりと伝わるコンラッド様の体温のようだ。温かくて。わたくしの目元に何かがそっと当てられる。カサついているけど温かい。
「……ん」
瞼を開けると淡い春の空のような碧が眼に入った。薄暗い中でもわかる。これはコンラッド様の瞳だ。
「起きたようだな」
苦笑するコンラッド様に笑い返す。はらりと頬を冷たい何かが滑り落ちた。コンラッド様が手を伸ばして指で拭い取ってくれる。
「……寝ながら泣いていたのを覚えていないのか?」
「……え。わたくし。泣いていたの?」
「ああ。俺の背中にくっついてな。「ラド様」ってしきりに名前を呼ばれたから眠れなかったが」
わたくしは頬に熱が集まるのがわかった。
「あ。ご、ごめんなさい。わたくし、自分の部屋で寝ますわ!」
そう言って起き上がりベッドから降りようとした。けどぐいっと腕を引っ張られて体ごと引き寄せられる。気がついたら抱きしめられていた。しかも後ろからだ。耳元でコンラッド様の吐息がかかりドクドクと心音が伝わった。
「……待てよ。ロアラ」
「……だって。ラド様はわたくしを嫌いに……」
「あのなあ。俺がお前を嫌いになるわけないだろうが」
お前と言われてわたくしは固まった。コンラッド様の言葉遣いが普段と違うような?
「……ロアラ。俺はお前に嫌われたら生きていけねえよ」
「けど。わたくしが筋骨隆々な殿方が異常に好きで。ラド様の事も追い回していた事はご存知なのに」
「それは承知の上で結婚したんだ。嫌いだったらとっくの昔に縁談そのものを断ってるよ」
わたくしは嬉しくなってまた涙が出る。コンラッド様は優しく「ロアラは泣き虫だな」と言って背中を撫でつつ抱きしめてくれた。最後にキスをして眠りについたのだった。




