早くも冬休みです
冬が来た。冬が来ると魔法学園は冬休みに入る。秋の収穫も終わり、そろそろ家畜を締めるときが近付くと、帝国中にお祭りムードが漂い始める。秋の収穫祭というわけだ。
夏の収穫が終わってからの入学だったから、たった3ヶ月くらいでもう冬休みってわけだ。なんだか物足りない……。
雪がちらつき始めると、繁殖用の家畜だけを残して、あとはベーコンにしたりハムにしたりソーセージにしたりするわけだ。じゅるり……。おっとヨダレが。おほほ。
私たち貴族は何気なくお肉を食べてるけど、農夫や人夫たちにとってみればお肉は超貴重品だ。なんてったって毎日毎日麦粥と豆ばかり食べていて、肉なんて月に一度食べれたら一大事!ってくらいだ。
その収穫祭はあちこちの村々で無秩序に開かれるのもあれば、貴族が中心となって盛大に行われるものもある。特に子爵以下の下級貴族にとっては一大イベントである。
まあ下層階級の人たちへのガス抜きって面が大きいから、貴族が施してくれているというアピールをしなきゃならないんだけど……。その年に家畜が必要数いなくて、貴族主催の秋の収穫祭ができない!ってなったとき、暴動が起きた領地もある。
それに出席できるようにと、魔法学園は冬休みに入るのだ。教員もほとんど下級貴族だし、大変だよね。
そういうわけで冬休みである。北部の領地に雪がちらつく秋の終わり頃な上に、移動時間も考慮して冬休みはかなり早く始まる。なので、帝都では秋休みみたいに感じる。まあそれだけ大きな帝国なので仕方がない。それでいいのか学生。
「また春の訪れに」
「ええ、また春の訪れに」
洒落た挨拶を交わす紳士淑女、と呼ぶにはちょっと早い少年少女たちが、馬車に乗り込んでいく。ここでも階級社会は如実に現れていて、学園の敷地内に馬車を入れられるのは公爵か侯爵に限られる。その上、学園の正門はそこまで広くないから、当然酷い競争になる。
公爵クラスは悠然としているが、家によっては争っていたりする。同じ開戦派同士だったり、穏健派同士だったりなら譲り合ったりもするが、開戦派と穏健派がかち合うと酷いことになる。御者は馬車についた家紋のプライドと自分の職をかけて、先に乗り入れようとするのだ。
「どけ!臆病者の穏健派!こんなときだけは一番乗りか?」
「進むことしかできないお前ら開戦派に、我慢を教えてやろうというのがわからんのか!」
今言い争っているのは、メギハード公爵とベーティエ公爵の馬車だ。紅蓮の獅子が髑髏を前足で押さえつけている紋章が、メギハード家の紋章。青い鷲が羽を広げて、鎖を足で持っている紋章が、ベーティエ家の紋章だ。
家の規模でいうと、昔はベーティエ公爵の方が大きかったけど、今や領地の広さならメギハード公爵に並ぶものはシェーンブルン公爵くらいだ。メギハードとシェーンブルンは今回のエルフ大征伐で、勢力をとことんまで伸ばしている。エルフ大陸の利益の殆どは、この両家から出ているといっても過言では……、あ、アシェット家があったか。
アシェット家は要地を確保することに成功していて、珍しい植物の群生地や、魔石の鉱山を押さえたりしている。たぶん費用対効果ならアシェット家が一番上手くやってるんだよね。エルフの部族を配下に加えたりしてるみたいだし。敵を味方にできれば、そのまま倒すよりもっと効果的だ。
穏健派にとっては、急に力をつけてきた開戦派貴族なんかは目の上のたんこぶだ。彼らのプライド的に、「上じゃない!下のたんこぶだ!」とか言いそうだけど。
カロン伯爵家はシェーンブルン公爵派閥だから、つまり開戦派。だから今行われているつまらない競争では、メギハード公爵側に立って応援するべき……なんだろうけど……。
「馬鹿馬鹿しい……」
私が言えなかったことを呟いたのはエリザベータ様だ。さすがエリザお姉様!私たちにできないことを平然とやってのける!そこにシビれる!あこがれるゥ!
知性を感じさせるブルネットの艶髪が素敵ですお姉様!
まあアヴァリオン公爵家という、選帝十三公爵家の中でも飛び抜けた力を持つ家柄だからこそ、そう言えるのだろうけど。
「そう思いませんこと?」
エリザお姉様が私に話を振る。そんな「メギハード公爵家とベーティエ公爵家の両方に喧嘩を売れ」みたいな言い方が許されるのは、双頭魔道大家であるアヴァリオン公爵家とサンマルティア公爵家だけです!
「わたくしには何のことだか……。公爵家様のご深慮に、わたくしの小さな頭ではとても思い付きません」
「ふふふ。そうね。公爵家にそう言えるのは公爵家の人間だけですものね」
わかってて言ったみたいだ。ぐぬぬ……。
「でも、あなたはもっと本音を出した方がいいですわ。特にあの2人には」
エリザお姉様が微笑みながら言う。あの2人、っていうのはセドオズの双王子だろう。本音、かぁ。
「お言葉、ありがとうございます。心に留めておきますわ」
「そういう距離を置こうとするのがいけませんのよ!」
エリザお姉様が私に詰め寄る。白くて細い人差し指で、私の胸元の鎖骨と胸骨の境目をとんとんと突く。少し痛い。
「あなたは魔術の才に恵まれているし、容姿も素晴らしいのですから、もっと自信を持ちなさいな。でないと私の上の姉みたいになりますわよ」
エリザお姉様の言う「上の姉」というのはヘンリエッタ様のことだろう。ヘンリエッタ・ルーデンブルク・ド・アヴァリオン。魔法学園を主席で卒業するも、社交界にも一度も出ず、屋敷に引きこもって研究ばかりしている。結婚しても結婚式には出席しないし、旦那である男に会おうともしないし、無理に会おうとすると上級魔術が呼吸をするように飛んでくる。
うん。たしかにそうはなりたくない。でもそこまでするって何か理由がありそうな気がするけど……。
「それにしても、随分熱心ね。私でもこれ1冊なのに」
エリザお姉様が、私の持つ魔道書を見て言った。二輪のキャリーカートに括りつけられた魔道書は長期休暇貸出の最大冊数の10冊。
「ええ、貧乏性なんです」
エリザお姉様が手にしているのは「無詠唱魔術〜体内に炉を造るということ〜」と題されたものだ。この前私がオススメしたやつですね。
「あら、終わったようですわね」
エリザお姉様の言葉につられて校門を見ると、すでに競争は終わっていた。悠々とこちらに向かってくる馬車は、交差する2本の杖に天秤を構えたドラゴンの紋章。アヴァリオン公爵家の紋章だ。
メギハード公爵家もベーティエ公爵家も、アヴァリオン公爵家には道を譲ったようだった。そりゃそうだ。なんてったって魔法学園理事長なんだし。
アヴァリオンの馬車の後ろの馬車には、麦を守るようにとぐろを巻いて、剣を飲み込む黒い大蛇の紋章。アシェット公爵家が滑り込ませたようだ。上手い。アシェット公爵家は、いつもこういう美味しいところを持っていくイメージだ。蛇の紋章に恥じない知略だ。
あ、てかアシェット公爵家ってオズワルドの……。
「よう。何してるんだ」
ひぃ!?
後ろから声をかけられて、私は全身を硬直させた。両肩にぽんと手を置かれ、耳元で囁かれた。イケメンだからって手慣れた仕草だ。
私は慌てて手を振り払い……たかったけど、公爵家嫡男様の手を払うことは恐れ多くてできやしない。すっ、と一歩前に進んでから振り返る。なるべく優雅に振り返ることを意識する。なんていったって伯爵家令嬢なのですから。
「ごきげんようオズワルド様」
私がそう挨拶すると、オズ様は調子が狂ったような顔で首の後ろを掻いた。ふふん。全ての女が家柄と顔と金で股開くと思ったら大きな間違いですわ!ドキドキしたのは事実ですが。
「ぅぐっ!?」
ごすっ!とエリザお姉様の肘打ちが私の横腹に入る。痛い!
エリザお姉様の方を見れば「さっき言ったばかりでしょ!」という顔をしている。だからって肘打ちは公爵家のご令嬢としてどうなんですか……。
「エリザベータ、君は今何を……」
ほら、オズ様も困惑気味だ。というか引いてる。
「別に何もありませんわ」
「また君はリゼを虐めているのか?」
「虐めてないわ。可愛がっているだけよ」
「虐めっ子は大抵そんな言い訳をするんだよ、我が従姉妹よ」
……え?今なんと?従姉妹?そう言われたエリザベータ様はすごく嫌そうな顔をしていらっしゃる。
「あ、あの、オズワルド様、今何と?」
「ん?ああ、知らなかったのか。俺の母様はアヴァリオンなんだ」
「私のお父様、リチャード・ミカエル・ド・アヴァリオンは、オズワルドのお母様、サリエーラ・ミカエル・ド・アシェットの兄なのです。つまりこの忌々しいヘタレは私の従兄弟ということになりますわ」
ヘタレ受け。そういうのもあるのか。いや違う。そういうのは今は違う。
たしかに言われてみれば同じ黒系統の髪だし、顔立ちも似ているといえば似ている。
「ヘ、ヘタレって、お前……言わせておけば……!」
「は?言わせておけば?喧嘩でもなさるおつもりですか。今ここで叩きのめして差し上げてもよろしいのですよ」
エリザお姉様の周囲にバチバチと火花が散る。魔力暴走反応だ。まるで超野菜人2みたい。
「いいだろう。女とはいえ貴族の端くれ。叩きつけた手袋は戻せないぞ」
オズ様の周囲に霧のような冷気が漂い始める。こちらも魔力暴走反応。
魔法学園には血の気が多い生徒が多い。若くして権力もあって、魔術という力もあって、さらには金もあれば、そりゃあ自我も膨張するというものだ。必然的に生徒たちはぶつかり合って、そこには喧嘩が生まれる。
とはいえみんな魔術が自在に使えないから魔法学園に通っているわけで、その結果は悪くて骨折くらいなものである。殺し合いとまではいかないのは、魔術の腕が足りてないからか。それとも手加減しているからか。
だからといって全ての生徒が突風しか使えないわけではない。オズ様はすでに氷槍という、中空に氷の槍を作り出して射出する魔術が使える。対してエリザお姉様は感電や落雷に成功している。
でもエリザお姉様の魔術は強力だけど、雲がないと発動できないものが多い。ゲームではその辺は省かれていたのか。それとも今のエリザお姉様がそこまでレベルアップしてないからか。
「はあ」
ともかく私は溜息をつく。私の周りは喧嘩で満ち溢れているような感じがする。
そういえばセド様とオズ様が喧嘩しそうになったのは、つい先日のことだったっけ。もう毎回のことだから忘れちゃうのは仕方ないよね。たしかそのときは今日の送迎に関連して、どちらの家の馬車の方が素晴らしいかって話だったけど。
「我が手の中に現れよ。冷たき死神の槍――」
「我が手の中に現れよ。猛き雷神の槍――」
2人が詠唱して、今まで身体の周囲に散っていた魔力が手の中に収束する。あ、エリザお姉様、雷槍覚えたんだ。
オズ様の手の中には氷の槍が形成され、エリザお姉様の手の中には眩い電気の槍が形成される。って、2人とも殺す気満々なのかしら。
「「――我が眼前の敵を討て!!」」
「捕らえよ」
私の魔術は手慣れたものだ。村で肥溜め造りのときに散々使った石牢を、短縮詠唱で放つだけだ。目標であるオズ様とエリザお姉様の足元に手のひらを向けるだけで、指向も完了。
術式は、魔力を体内で練り上げるときにすでに作り上げている。体内錬成魔素利用法と呼ばれる、自分の身体を炉に見立てて使う魔法だ。魔素利用法を略して魔法。ここテストに出る。出た。
ガコン!と大きな音が2回。オズ様とエリザお姉様がいた場所に、大きな石の箱が一瞬にして計2つ出来上がる。
中で魔術が弾ける音がして、くぐもった悲鳴が聞こえた。たぶん閉じ込められた中で放った魔術が、その威力の行き先を霧散させて術者に返ったんだと思う。自分の足元にバケツの水をひっくり返せば、足がびしょ濡れになるのは自然の道理よね。
「うーん。まだ造りが甘いかしら……」
出来上がった石牢を観察すると、表面がかなりボコボコしていた。薄い所があれば、そこからヒビが入って水が漏れたりしてしまう。やっぱり速度重視だと甘いところもできるよね。雑な仕事は悪い結果しか招かない。
一通り観察も終わったので、石牢にドアを作ってやると、2人は慣れた様子で出てきた。制服は防御術式が組み込まれているので、ほつれたり破れたりしている様子はないが、2人の髪はボサボサで、顔は砂まみれだ。
「お2人とも頭は冷やされましたか?」
「またダメだったか」
「リゼの妨害を掻い潜るのは難しいわね」
全然懲りてない。私の周りで喧嘩が起きると、いつも私が止める役に回ることになる。だからもう手慣れたもので、得意な魔術は何ですか?と聞かれれば、石牢ですと答えるしかない。どうしてこうなった。
「冬休み明けにはリゼを超えてみせるわ。リゼも魔術修行サボっちゃダメよ」
「この俺が負け越して実家に帰らなきゃならないのか……」
「お2人とも変なことを言っている自覚はございますか?」
「しかし小指ほども穴が開かないとはな」
「これ、多重構造になっているのではないかしら。だから途中で威力がその層で拡散して、貫通することを防いでいるのですわよ」
「なるほど。つまりその多重構造を破れば……」
「ええ。勝機はありますわ」
完全に2人とも、私を無視して石牢攻略の糸口を探している。これもアヴァリオンの血がそうさせているのかしら。
「あ、あの、オズワルド様?エリザベータ様?」
「さて、気が済んだし帰るわ。また春の訪れに」
「セドのやつもいないし、俺も帰る。また春の訪れにな」
「え、ええ。また春の訪れに……」
ぽかーん。完全にアヴァリオンの血筋と思われる超マイペースを披露して、髪をボサボサにした2人は、それぞれの馬車に乗り込んでいった。
4頭立ての馬車はちょっとした小屋みたいに大きい。アヴァリオンとアシェットの2台の馬車が去ると、生徒たちは羨ましそうにそれを見ていた。
「リゼ、大丈夫だった?」
「セドリック様」
声に振り向けば、セド様が柔らかな笑みを浮かべていた。
「リゼはまた魔術の腕を上げたみたいだね」
「いえ、わたくしなんかまだまだです」
一応謙遜しておくが、魔術の腕だけは同学年で一番だという自信はある。というか、それ以外に特に取り柄もないので、ここだけは負けられないというのが正しい。歴史とか超苦手だし。自分で言ってて悲しくなってきた……。
「オズワルドが暴れ出した時にはどういうことかと思ったけど、リゼに勝ちたかったのかな」
「見てらしたんですか?」
「ああ、えーと、うん」
何だろう。セドリックにしては珍しく歯切れが悪い。自分に都合の悪いことでも笑って流すような性格なのに。
「昨日、オズと喧嘩しただろ?どっちの馬車の方がいいかって」
「ええ。あの喧嘩もわたくしが止めましたが」
殴り合おうとするので、土枷で2人の足を掴んで止めたのだ。ゴーレム造りの勉強の真っ最中だったので、ついつい規模の大きい魔術になってしまったのは、私の反省する部分。
「何というか、その、僕は見栄をはったわけだ」
そう言って照れたようにセドリックが見る先には、4頭立ての馬車があった。2匹の魚が巴になって星空を泳ぐ紋章は、シェーンブルン公爵家のものだ。
……何が見栄をはったのかわからない。セド様の馬車は十分大きかったし、馬も精強な身体付きだ。白くてピカピカだし。うちの馬車と比べるなら、高級キャンピングカーと軽自動車くらいの差がある。
「はあ、見栄というのがよくわかりませんが……」
「僕は次男だからね。どうしても僕はオズワルドに勝てないのさ」
「はあ」
私は気の抜けた返事しかできなかった。だから何なんだろう、という感想しか私は抱けなかった。セド様は次男であることがコンプレックスなのかしら。
そう思って、私はエリザお姉様に言われたことを思い出す。素直に。正直に。
「すみません。話の切り口は変わりますが」
と言ってから、周囲を素早く見渡して周りに人が少ないことを確認する。今はメギハード公爵家の三男で3年生の先輩が、女子生徒の注目を集めている。
私は最大限に声を潜める。
「セドリック様は襲爵する気はお有りですか」
これにはセド様も驚いたようだ。目をまんまるにして、私の正気を疑うような視線を送ってくる。
嫡男であるアーノルド様がいながら、その次男であるセド様が襲爵するということは、アーノルド様を亡き者にするという意味を表す。
つまり私の質問は「アーノルド様をぶち殺すご予定はありますか?」ということになり、それを質問するということは「アーノルドをぶっ殺すならわたくしもお手伝いいたしますわ」ということになる。そのさらに裏を読めるなら、「アーノルドを殺したら、次は私の兄2人をお願いしますね」ということにもなる。
もしくは捉え方次第で「襲爵を考えているようだがやめておけ」という意味にもとれるし、「わたくしはアーノルド派ですからね」とも読める。
「リーゼロッテ……、君は……」
「いえ、単純にガクジュツテキ興味ですわ」
今のはカマかけだ。反応から見るに、少なくともセド様に襲爵という意思は皆無というわけではないようだ。だが、積極的に行動しようという意思も薄いようである。
「ではセドリック様、また春の訪れに」
私は小悪魔的に微笑むと、くるりとスカートを翻して校門へ向かう。
ふふふ。イケメンのぽかーんとした表情は最高だ。心の栄養素だよね。うんうん。
でも継承戦争かぁ……。実際、カロン伯爵家がどちらに着くかというのは大きな要素になる。なにせカロン伯爵家は外交に関して大きなアドバンテージがあるばかりか、エルフ大征伐に直接兵力を投じていないので余力は万全である。
それに、なんていったってこちらには前世の記憶がある。蒸気機関がまだできていないこの世界であれば、それは大きすぎるアドバンテージになる。……まあ実際作ろうとしたら、かなりの時間はかかるだろうけど。
そうか。蒸気機関か。蒸気機関車でも作れば、こんな馬車に乗ってちんたらする必要もないのか。それを考えていなかった。余裕があれば、ちょっと作ってみようかなー。
カラカラとキャリーカートが石畳を軽快な音を立てて進む。冬休みもいろいろとやることがありそうだ。
校門を出て自分の馬車を探す。そこはまだ学園の敷地で、関係者と伯爵家の馬車しか乗り入れられない。子爵や男爵の子供は、敷地の向こうまで歩いていかなければならない。仲の良い伯爵家の人がいれば、相乗りして外まで送ってもらえるだろうけれど。
私なら相乗りオッケーですよー、というオーラを出しても誰も近付かない。そりゃそうか。
伯爵家だけと言えども、その数はかなりのものだ。公爵家が13、侯爵家が33、伯爵家は87家門も存在するのだから仕方がない。その中から学園に通っている人数はいくつになるのか数えたこともない。まあ庶子も含めたらとんでもない数になるしね。
明確な区別はないけれど、ここでも格差はある。庶子の馬車は敷地の境界線付近にあり、私みたいな正室の子の馬車は比較的校門の近くにある。
もちろん、校門より内にいる公爵、侯爵家の方々を邪魔しないように通路中央は開けてあるわけで。私たちの馬車は通路脇にずらっと並んでいる。まるでパレードみたいだ。それを象徴するように敷地外、つまり帝都郊外にある学園から帝都中心部に向かう道には、平民のみなさんがずらっと見物に来ている。出店もある。完全にお祭りだ。まあ入学式もこんな感じだったしね。
お抱えの騎士団を護衛につけている家もある。黒山羊の旗を掲げているのは、皇帝陛下の次女メアリーとの婚約者であるベーティエ公爵家の七男の抱える黒山羊騎士団だ。他にも金華騎士団、白樺騎士団、花椿騎士団などなど、侯爵以上の中でもかなりの権力を有した貴族が、お抱えの騎士団を敷地外に待機させていた。
見ればすでに敷地外に出たアヴァリオン公爵家の馬車を、夢幻騎士団がピンクの星空に杖を描いた旗を翻して追従している。アシェット公爵家の白雪騎士団も同様に白い吹き流しのような旗を翻している。
観客たる平民たちは割れんばかりの拍手と歓声をあげている。何がすごいのかさっぱりわからない。あれを見て「将来は僕も騎士になるぞ!」とか思うわけだろうか。
当然ながら、カロン伯爵家も騎士団を持っている。角灯騎士団という5000人からなる騎士団で、実力は、まあ、話題に上げないでほしいかな……。とりあえずの常備軍で、その大部分は領内の各地に騎士領として小さな村々を与えて、そこを管理させている。要するにお飾りどころか、有名無実化してしまっている騎士団なのだ。
区画化された村々を管理する上位騎士がいて、さらにその上位騎士たちを管理する最上位騎士たちがいて、今年79歳になる騎士団長が予算を計上して毎年うちの家令を困らせている。騎士団長はもう完全におじいちゃんで、私を孫と勘違いしてマルクス銀貨くれたのは去年のことだ。
そんなうちの角灯騎士団を思い出して、ほんのり恥ずかしくなる。夢幻騎士団や白雪騎士団と比べるのもおこがましい。
「おや、お嬢様。知恵熱ですか?」
赤くなっていると、うちの失礼なメイドであるローラが私の顔を覗き込んでいた。
「……あんた、角灯騎士団ってどう思う?」
「悪いことは言いませんお嬢様。白雪騎士団か鉄血騎士団を借りましょう」
白雪騎士団はアシェット家、鉄血騎士団はシェーンブルン家のものだ。さりげなくオズワルドかセドリックと結婚しろと急かしてくるのは何なのだろう。お母様の差し金なのかしら。
「まあ、そうなるわよね」
私はうんざりしたように溜息をつく。カロン伯爵家は、余力を残しているとはいえ、元々の全力が残念なのだ。
むむむ……。私がこの先生きのこるには、軍事改革も必要なのかもしれない。せめて変態貴族に売られないためにも、自立するだけの実力は欲しいよね。
リーゼロッテちゃん魔力全振りステータス