学園生活は退屈です
さて、入学式から2ヶ月が過ぎ、初めは寮生活という共同生活に慣れていなかった生徒たちも、違和感なく学園生活を楽しんでいるようだった。
朝の点呼から朝食。そして授業が始まって昼食。午後の眠い授業を乗り越えて、夕食。それから自由時間を最大限楽しんで、夜の点呼のあとは就寝である。
もちろん、就寝時間にはみんな寝なくちゃいけない。起きてひそひそ話をしていた女子生徒3名が寮長にバレて、魔石に魔力を貯めるという罰を受けていた。授業で魔石に魔力を込める体験はやったが、あれは非常に疲れる。魔力が根こそぎ持っていかれるのだ。魔力とは精神力であり、これを使い果たすと、感覚的には徹夜したくらい疲れる。
食事は、まあ、屋敷にいた頃よりは悪くなっているものの、もう文句を言う者もいない。といっても、一般的な子爵くらいの食事ではないだろうか。庶民の食べている麦粥やゴワゴワの黒パンに比べれば、ご馳走に他ならない。たぶん農民たちは創世祭でもこんなご飯は食べられないんじゃないだろうか。はじめは文句ばかり言っていたオズワルドも、むすっとした顔で黙々と食べている。
学園生活に慣れてきたということは、交友関係が固定されるということで、一年生は今、4つの派閥に別れている。派閥っていうものが出来上がるのが、どうしても貴族っぽいなと思ってしまう。
第一にセドリックを中心とするシェーンブルン派閥。甘いフェイスに誰にでも優しいセドリックは、男女共に人気が高い。元々のシェーンブルン派閥貴族の子たちは元より、穏健派と呼ばれる貴族の子たちもセドリックに着いている。
第二にオズワルドを中心とするアシェット派閥。イケメン&次期公爵家当主という絶対的魅力を武器に、野心家たちが彼の脇を固めている。野心家なだけに、一人一人のスペックが高いのが特徴で、少数精鋭の気風がある。さらにオズワルドには着いていないが、オズワルド派の貴族には着いているという、子分ならぬ孫分もいるので、潜在的な規模は計り知れない。
第三にエリザベータを中心とするアヴァリオン派閥だ。数は一番多く、来るもの拒まず、去るものには「え、誰だっけ?」というスタイルのエリザベータは、もはや日和見主義の生徒にとっては象徴的存在だ。セド派とオズ派の騒動に巻き込まれたら「あ、自分エリザベータ派閥なんで」と言って逃げることが最大の魅力だろう。結束力はどこよりも低い。
そして第四の派閥、リーゼロッテ派閥。メンバーはリーゼロッテ・マルクル・ド・カロン。以上総員1名。魅力はぼっち故の機動力の高さだ。ぼっちなので結束力もクソもない。
といっても、寮で同室の子がいるし、エリザベータ様も時々お話するし、完全にぼっちというわけでもない。まあ若干浮いてるのは事実だけどさ……。
「えー、この前の授業内容に被るんだけど、詠唱魔法っていうのは体系化されたものとそうでないものがあって——」
教師が、今日も念仏を唱えて生徒たちの眠気を誘う。
私も眠い。今は魔道基礎の時間で、くたびれた黒ローブを羽織った教師が教壇に立ってダラダラと授業を進めている。ちなみに魔法学園の教師は、共通してこの黒ローブを着ている。学ランとセーラー服の私たちに比べると、なんかパッとしない印象だ。
口頭詠唱式魔素利用法の体系化とその弊害なんて、魔道基礎の序論のさわりの部分でしかない。主人公との決闘で死にたくなかった私は、入学直前にゲームの記憶を取り戻してから、必死に魔術について勉強したのだ。
元々、10歳のときに前世の記憶をぼんやりと思い出していた私は、物珍しさから魔術について非常に勉強していたおかげもあって、魔道は得意である。
「つまり非体系魔術とは詠唱魔法から見た非体系魔術であり、みなさんが2年生になれば学ぶ刻印魔法という、俗に言う魔法陣による魔術からしてみれば詠唱魔法のほうが非体系魔術と——」
眠いわ……。すこぶる眠いわ……。頬杖ついて、小さな欠伸まで出ちゃう。初心者向けにわかりやすく言っているのだろうけど、非体系化魔術は詠唱魔法に限らず、その魔法から分類しづらい魔術にあてられる名前だ。
「その他」という分類をわざわざ難しく言っているだけで、非体系化魔術の中にも精神魔術、強化魔術、動作魔術などの大凡の体系化ができる点をみれば、非体系化魔術という枠組みが曖昧なものであるとわかるのに……。
例えば色を赤、緑、青の3色に分類するとしても、じゃあ赤と緑の中間である黄はどっちに分類されるの?という風になる。魔術を属性分類しているのも、熱を拡散させることで作動する冷却と、分子運動を阻害して作動する冷凍の2つの魔術が、ほとんど別の原理で発動しているのを見れば、ちょっと違うんじゃないかなーと思ったりするわけで。
ふとエリザベータ様のほうを盗み見れば、怠惰な私とは違って、何か必死にノートに書き入れている。それとも描き入れてるのかしら?
不思議なもので、この世界にはある程度の文房具が存在している。私が世界史に詳しくないだけで、前世のまだ馬車が走っている時代にもあったのかもしれないが。とにかくノートと鉛筆が存在していることに、私は驚きを隠せなかった。
ペン類はボールペンがなくて羽ペンやつけペンしかないけど、何度も書き直しができる鉛筆はやはり便利だ。まだ鉛筆一本がマルクス銀貨で5枚から7枚と高い。荷卸などの日雇い労働で日当3マルクス銀を1万円と仮定するなら、鉛筆1本で約2万円となる計算だ。
また、ノートは白いものになればなるほど高く、私は一冊14マルクス銀にもなるノートを使っている。約5万円……。高い。消しゴムもあるにはあるものの、ゴム自体が最近エルフ大陸で見つかったものであり、ノートよりもっと高い。たしかマルクス銀で25から30くらい。
他の子は安いパンで消したりしている。前世では、美術部の友達がそうやって消してたのを覚えている。でも私はちょっと納得行かなかったりする。
私が領地で農地改良をしたのは、税収増加も理由の一つだが、食料事情改善の意味が一番大きい。食べるために作った麦なのに、誰の口に入ることもないとは、なんと勿体無い!百姓さんに謝るべきだ!とは怒ることはできない。なので、私は細やかな抵抗として、書き損じは浄化で綺麗に消すことにしている。
ちなみにゴムを見つけたのは、オズワルドの叔父であるツェッドルフ・シエール・ド・ガトー侯爵。だからオズワルドは消しゴムを嫌というほど持っている。消しゴム使ってる生徒はだいたいオズワルド派の生徒たちで、どうやら格安で譲ってもらっているらしい。正直羨ましい。浄化は魔力を使うから疲れるのだ。
「非体系魔法を使うということは、それだけ未知のリスクがあり、詠唱魔法による系統外魔術の使用は推奨されていません。非効率的だからですね。魔術というものを神秘的な解釈で神の奇跡の模倣だという人もいますが、それは諸説あることで、一般的な見方とすれば魔術は道具としての一面を——」
教員が話しているのは20代目マーリンの「道具としての魔術 神話からの脱却」の序論からの引用だ。魔術入門書としての超有名魔導書の内容なんて、私でも覚えてるくらいだから、エリザベータ様なら暗唱してみせるだろう。
そういうわけで、エリザベータ様が何を熱心にノートに書いているのか、どうも気になってしまうのだ。
「エリザベータ様、何をお書きになられていたのですか?」
どうしても気になった私は、授業後の休み時間にエリザベータ様に尋ねてみた。予想通り、取り巻きたちが鬱陶しそうな顔で見てくるが、好奇心と天秤にかけた結果、話しかけることにしたのだから気にしない。
「ちょっと式をね」
この場合の式とは、魔術式のことで、刻印魔法に使われる魔法陣のことだ。エリザベータ様は最近魔法陣にハマっているようである。
「見せてもらってもよろしいですか?」
「いいわよ。途中のものは見せたくないから、完成したものなら」
そう言ってエリザベータ様は私にノートの中をいくつか見せてくださる。完璧主義者なのか。それとも未完成のものを見られるのが恥ずかしいのか。
そこには私レベルの魔術師でも、辛うじて内容のわかる魔術式が書かれていた。
「ええと……、この最初のやつは耐火付呪の術式ですか?」
水と盾を表す魔術式が組まれているのが見えたので、たぶん耐火術式系統だろうと私は見当づけた。相互に緻密に組まれた術式である。ちなみに魔術式は魔力の通り道を作るわけであるから、理論上この鉛筆の線に魔力を通せば魔術は発動する。
でも魔力親和性ってのがあって、黒鉛は魔導学的には鉱石分類だからほとんど魔力通さない。だからこのノートに通常の魔力を込めても魔術は発動しない。理論上は桁違いの魔力なら発動するらしいが……。二足歩行ができるからといって、新幹線や電車があるのに東京から大阪まで歩くやつはいない。
ちなみに魔道具としての魔導書やスクロールは、術式が血で書かれているので魔力を通すだけで使うことができる。でも余計にややこしいのは、それに見合うだけの魔力がなければただの紙切れにすぎないことだ。
「ええ。小さな盾に使えないかと思って小型化してみたのですけど」
「……失礼ですが、この場合作用範囲が術式のツィーゲル半径から出てしまいませんか?」
ツィーゲルさんが見つけた術効果作用半径だから、ツィーゲル半径。魔力量に応じて効果半径が広がるのだ。でもこれまた厄介で、複数の術式は相互干渉して、相生や相克の効果を生む。だから、小さな魔法陣は単純な効果になりやすい。逆に複雑な術式ならツィーゲル半径を調整するために、魔力量を調整する術式が必要で、その規模は加速度的に肥大する。
刻印魔法は奥が深い。2年生でやる内容なので、私たちはかなり先取りして予習していることになる。
「そうそう!それで魔力消費量が極端に多くなってしまうのが……。あ、でねっ!次の術式なのですけど!」
わかってくれたのね!というふうに、エリザベータ様がテンションを上げる。かわいい。
うーん。私はこんなピュアではいられないなー、と思うアラサーの魂である。……ちょっと待って。転生してからも含めるとアラフォーに……。何……だと……。
「はい。これは先程の逆でツィーゲル半径内の相生効果を狙ったものですわね」
今すごく内心ショックをうけているのだが、私は何とか思考だけを心から離して会話を進める。そうか……。私はもうアラフォーか……。いや、リーゼロッテとして生まれてからの前世記憶のない期間を含めたら、恐怖の還暦が近づいてきている。
肉体年齢に引っ張られることのほうが多いが、冷静に考えてみると私は何をしているんだ。急にセーラー服を着てるのが恥ずかしくなってきた。
「そう!その半径内に入るような魔力量なら、相互干渉で効果増大が見込めると思ったんだけど、1つ大きな欠点があるのよ」
ああ……、無邪気に嬉しそうなエリザベータ様がただひたすらに眩しい……。これが若さの放つ光なのね……。
「これは……、素晴らしいと思いますわ。私の目では欠点が見つかりません」
「うふふ、コストよ。コスト」
「なるほど。これだけ複雑な術式ですと、刻むのにも時間と労力がかかりますわね……」
「それに素材が高すぎるのよ。今のところこの術式を作れるとすれば、エルフ大陸で見つかった新種の蛾の魔物の繭から採れるものじゃないとダメみたいですの」
そう言ってエリザベータ様はメモ帳を取り出して、私の目の前に突きつけるようにする。そこには各種素材に対する魔導率と4大属性体系魔力の親和率が、事細かに記入されていた。
その瞬間、私の頭からアラフォーだの、アラフィフだの、還暦だのは吹き飛んでしまった。
「え、エリザベータ様……?こ、これは、このデータは……?」
「私が独自に調べたのよ。この前、アシェットの西の港に、エルフ大陸からガトー侯爵の船が戻ってまいりましてね。父とガトー侯爵は個人的に仲がよろしくて、私もご挨拶に伺ったのよ。そしたらちょっとずつ色んな素材をくださって、もう嬉しくて嬉しくて、私、すぐに部屋に閉じ籠って夜が明けるまで実験しましたのよ」
目眩がしそうだった。エリザベータ様がメモに書いていたのは、開戦派貴族なら喉から手が出るほど欲しいものだ。こうも早い段階で魔導素材としての価値を把握できるとは、恐るべしアヴァリオンの血……!
「こ、これは素晴らしい!素晴らしいですわエリザベータ様!さすがお姉様ですわ……!」
私は、かなり低く見積もってもエピクロス金貨にして1万枚はくだらない価値のメモ帳を、その一文字でも多く暗記しようと目を皿にして、文字通り血眼で文字と数字を追う。
火炎蜂の針、泥顎豚の牙、有脚蛇の爪、双頭蜥蜴の皮、葉翼蛾の繭……。どれも聞いたことのない生き物と素材だ。いや、魔物なのかしら?データからは全体的に魔導率が高く、魔力親和性が極端なものが多いように見える……。
魔力親和性が極端、とは、例えば火の魔力は伝導しやすいけど、水の魔力はまったく通さない、みたいなものだ。
メモの半分も読み切れていないのに、無情にも休み時間の終了を告げる金が鳴ってしまい、私はエリザベータ様にメモ帳を丁重に返した。
くっ、何かの拍子にあのメモを手に入れられないだろうか……!と一瞬心の悪魔が囁くどころか大声で叫んだりするものの、エリザベータ様の、そしてアヴァリオン公爵家の敵にわざわざ回ることはしたくない。
アヴァリオン公爵家は、魔法大学理事長を務めるサンマルティア公爵家と対立している。だからこそ、魔道教育の権力を二分している。だがアヴァリオンとサンマルティア両家のうちどちらかがいなければ、今の貴族たちの勢力範囲は大きく変わっていたのは間違いないくらいには、両家の勢力は飛び抜けて巨大だ。
社交界で少し目立っている程度のカロン伯爵家では、1%も太刀打ちできる可能性はない。だからこそ、私はなるべくエリザベータ様とコネを作ろうと魔道関連の話で近付こうとしているのだが、さすがアヴァリオン公爵家のご令嬢はガードが堅い。というかマジで魔道関連にしか興味ないんじゃ……?
どうすればエリザベータ様と仲良くなれるかなーと考えを巡らせながら、私は退屈な午後の授業を熟していった。
普通に投稿するの忘れてました。
こちらが本当の50話目。
せっかくの節目になんてミスを……




