入学から波乱の匂いがします!
秋。魔法学園の入学式は行われた。夏の小麦の収穫を、数年前から行っていた農地改革のおかげでさらに良い結果を残せた。おかげさまで我がカロン伯爵家の税収は、副次的効果も含んで5年前の2倍以上になっていた。
正確にはエピクロス金貨で575704枚。まあその半分は小麦による納税なんだけど。
実は下手な侯爵家の収入よりも遥かに高かったりする。税収だけでそれで、あとは父の財テクで総収入は80万枚を超える。未だに財テクで何をしているのかさっぱりわからないのだが、元手が増えたおかげか、さらに収入は増しているようだった。
でも、だからといってカロン家の生活ががらりと変わることはなかった。むしろ、この急増した税収をどうするかに頭を抱えることになったのは、もはや笑い話の類だと私は思う。
最終的に、大量の小麦はエルフ大征伐で前線にいるシェーンブルン派貴族に送ったり、不作だった領地の方に分けたりして、今のうちに恩を売る方向に決まった。もちろん、皇帝への献上も忘れてはいない。
そんな感じで、農地改革は間違っていなかったことに私は大満足で、余裕の表情で入学式に臨むことができた。
魔法学園入学式は、そりゃあもう豪華なものだった。なぜなら入学してくる生徒は貴族の子供か、金持ちしかいないのだから当然と言えば当然だ。
驚くべきことに、この世界にも制服があった。男子が学ランで、女子がセーラー服である。
大きな講堂に集められ、学校長の長ったらしい話を聞いて、あとは立食パーティである。全員が同級生ということと、何人かはすでに社交界で顔見知りであるので、一年生たちは素早く馴染んでいた。
私、リーゼロッテを除いて。
私の両側にはシェーンブルン公爵家のセドリックと、アシェット公爵家のオズワルドの2人がいた。彼ら2人が放つ雰囲気に圧されて、他の生徒たちが寄り付かないのである。
それでもイケメン優良物件を狙って、勇気ある令嬢たちが間合いをはかる剣士のように、私たち3人を大きく囲むようにしている。何?ここは殺陣会場なの?
「オズワルド様、セドリック様、あー、あちらに、ほらあちらに美味しそうなサラダがありますわ」
ちなみに3人は乾杯の時に配られたシャンパングラスを持っているだけで、何も口にしていない。こんなシュワシュワしただけの甘いジュースじゃ腹は膨れない。みんな成長期だよね!?もっと食べようよ!
「そうだな。誰かに取ってこさせようか」
オズワルドがあたかもそうするのが当然であるように、同級生をパシリにしようとしたので、私は不用意な発言を後悔した。
「い、いえ、では私が取りに……」
オズワルドを制止すると同時に逃走経路の確保だ!逃げろ私!
「いや、リゼが行くのなら僕が行こう」
しかし回り込まれてしまった。はい捕まりましたー。
セドリックが私の両腕の二の腕あたりを優しく掴んで止める。
「同じ派閥として、男として、女性の手を煩わせるのは忍びないからね」
「あ、あのあのっ、セドリック様に取りにいかせるとあれば、私がお叱りを受けてしまいますわ」
「何を言うんだい。僕らは同じ学び舎で机を並べる生徒じゃないか。公爵家も伯爵家も関係ないよ」
さっきの派閥云々発言はどうしたセドリック。とツッコミたい気持ちを抑えつつ、どうやってこの2人から距離を取ろうかと画策する。……画策するが、徒労に終わりそうだ。
「セド、こっちを見て言うのはなぜだ」
「えー、と。セドリック様?オズワルド様?」
え、何この展開は。こういうのは主人公の仕事じゃなかったっけ?というか私が主人公だとしてもお断りである。イケメン2人に挟まれることの対価として、同級生から完全に浮くという最悪の状況が訪れることになる。しかもなんか険悪っぽいし。
「リゼ。なぜ俺の方がセドより後に呼ぶんだ」
「も、申し訳ありません。他意はないのですが……」
めんどくせー!ああそうですね!選帝十三公爵家の長男と次男ではそりゃ長男の方が上ですとも!日本のマナー的にも、同じ派閥のセドリックをオズワルドより下げて扱うのが正解でしょうとも!
「咄嗟に重要度の順で呼ぶ。そういうことはよくあることだよ。気にしないで、リゼ」
火に油どころかガソリン注ぎやがったこの腹黒野郎!当然、オズワルド様はお怒りのご様子。
「なんだと!俺よりもセドの方がお前にとって重要だというのか!」
ぱき、と音がした。見ればオズワルドの手にしたシャンパングラスの中身が完全に凍り付いている。
まだ魔術師として未熟で、且つ体内に膨大な魔素を有している者に表れる魔術暴走現象だ。そういえばオズワルドは氷雪系の魔術師でしたわね。
「ええっ!そんなことないですよ!そんなことないですからねオズワルド様!」
え、何?セドリックは敵なの?味方なの?中盤で出てくる敵か味方かわからない戦隊もののブラックなの?
「ふーん。じゃあ僕のことはどうでもいいってことなんだ」
次はセドリックのシャンパングラスから湯気が立ちはじめた。そういやセドリックが炎熱系の魔術師だったっけ。
「いえ、そういうわけでは……」
「おい、セド。リゼをあまり困らせるようなことを言ってやるな」
ナニヲオッシャッテイルンデスカ、オズワルドサマ……。あんたがややこしくしてるんでしょうが!……とは公爵家の方には言えないので、無力な伯爵家の私には微笑むことしかできない。
そこに一人のお嬢様が現れた。制服をすでに改造していて、膝下20センチまでスカートを下げて、セーラー服のスカーフにはふりふりがいっぱいついている。かわいい。
「ちょっとお二人とも。見苦しいですわよ」
公爵家のボンボン2人にそう言い放ったのは、同じく公爵家のお嬢様。アヴァリオン公爵家のご令嬢であるエリザベータだった。
エリザベータ・ミカエル・ド・アヴァリオン公子。宮廷魔導師の長であり、魔導大臣を代々務め、さらにはこの学園の理事長を代々務めるアヴァリオン公爵家の三女で、明朗闊達、公明正大を具現化したようなお嬢様だ。
ちなみにアヴァリオン公爵家は魔道大家ということで、エリザベータも魔術の腕に優れている。どれくらい優れているかというと、シャルルルートで彼女と戦うことになるのだが、上級魔術である電撃系の即死・麻痺判定有りの魔術を乱発してくるのだ。
避雷針の髪飾りという魔道具を前日のフリーマーケットで手に入れてなければほぼ無理ゲーで、他の倒す手段がレア魔導書で覚える最上級魔術の土葬という魔術を初手をとって食らわせるくらいしかなかった。
それでもエリザベータの素早さはなかなか高く、それを抜けるようなステ振りをするか、盗賊のクロークという第一ターンに先手をとれる魔道具がなければ、夏の感電落雷ビリビリ大感謝祭開催からの王道麻痺嵌めパターン。プレイヤーは即死判定が入るか、HPがゼロになるまでただ画面を見ながらクリックを続けるしかない。
しかもたしか速度にステ振りすぎると魔力足りなくて、エリザベータにダメージ入らなくなるんだよね。コメントがつけられる動画共有サイトで「これなんてRPG?」「※乙女ゲーです」って言われるくらいに戦闘パートに力入ってただけはある。
「エリザお姉様!」
救世主登場に、私は素早くエリザに駆け寄る。小物臭がする?知りませんそんなこと。
「またあんたたちリゼを虐めてたの?」
エリザお姉様と私は仲が良い。帝国図書館でお会いしてから、魔道を学ぶ同志として仲良くさせてもらっている。アヴァリオン公爵家の人間はあまり社交界にはあまり出てこない。魔術の研究に明け暮れている一族で、古くは皇帝陛下直属の魔術師の一門であったらしいから、そうなるのは仕方ないことなのかもしれない。
「別に虐めてなんかいないよ。仲良く話していただけさ」
何とも白々しいセドリックだ。白っぽく輝く金髪を掻き上げる仕草が色っぽいのは確かだが、わかっててやるなんてあざとい男だ。周囲の包囲網(お嬢様)がうっとりとした溜息をつく。
オズワルドはエリザベータが苦手なので、給仕からシャンパングラスを受け取って休憩するように見せながら距離をとっている。オズワルドが得意なのは水や氷雪系統だから、電撃系統のエリザベータには弱いのだろうか。
対してセドリックは炎熱系統の使い手だからか、特にエリザベータに苦手意識はないみたいだ。
ちなみに私が得意なのは風系統である。
「ったく、あんたもガツンというべきだよ!」
うっ、エリザお姉様が矛先をこちらに向けてきた!
「ですが私は伯爵家の娘ですので……」
「王公侯伯子男騎士のどれもが平等。それが魔法学園ですわ。相手を尊重するという最低限のマナーさえ守っていれば、相手が王族でも公子でも問題ありません。パンフレットにもそのようなことが書いてあったでしょう?」
ぐうの音も出ない正論に、みんな黙ってしまった。よっ!エリザベータ様日本一!あ、ここ異世界だった。帝国一!
完全にその場の雰囲気を飲み込んでしまったエリザベータ様は、そのまま何事もなかったようにテーブルの料理を皿にとっていく。
もう!エリザベータ様ったら!アヴァリオン家はみんなこんな感じに超マイペースなのだ。
私はこれ幸いとエリザベータ様の後を雛鳥のようにちょこちょことついて、料理を取っていく。美味しそうな料理を目の前にしてお預け状態だったのだから、ちょっとくらい多めに食べてもいいよね?
成り行きを見守っていた生徒たちも、エリザベータ様と私がふらふらと食の飽くなき探求に向かったのを見て、次々にセドリックとオズワルドを取り囲む。入学前の社交界で散々見た光景だ。ざまあみろ!
そのあとはエリザベータ様と、食事をたくさん食べるための魔術なんてあればいいねっていう、女の子の夢のような話を繰り広げていた。




