【第一話】港町、馬車道十一番館にて
常世神話譚のパロディです。
私たちにも休日があるように、
こんな休日が、常世の二柱にあったなら、
きっと癒されることでしょう。
常世から足を伸ばしていた。
この世界で飛ぶことは、どうやらタブーらしい。
だから、この日のために車を購入した。
特に車種に拘りはない。
乗れれば、何でも構わなかったが、隣に乗る夜姫の、苦にならない乗り心地は確保したかった。
案の定、座らせてみれば夜姫は機嫌がいい。
何よりだ。
◇
横浜、山手。
坂の上には古い洋館が並び、初夏の光が白い窓枠を眩しく照らしていた。
その一角の高台には、煉瓦造りの街並みがある。
そこは、窓からは薔薇庭と、遠くに外人墓地を眺めることのできるカフェ、
馬車道十一番館で、夜姫は天照と桃のショートケーキとチーズケーキを食べていた。
「ん……これ、すごくおいしい」
銀色の髪を耳へかけ、小さく頬を緩める。
天気が良いせいか、いつもより夜姫の血色が良く見える。
向かいに座る天照は、コーヒーを飲むでもなく、その姿を眺めている。
「アマテラスさまもこっち食べます?」
「いや」
「一口だけ。ね?
食べてみてください。 あーーーん……」
天照は少し迷い、そのまま無言で夜姫を見つめたまま、口を開けた。
銀のフォークが、薄く形の良い唇の中に入っていく。
「……ん。
なかなか、うまいな」
天照の喉が動く瞬間を夜姫は見逃さなかった。
「…………………………」
夜姫の耳がみるみる赤くなる。
「……いいな」
天照は少し方眉を吊り上げた。
「何が」
「……桃のケーキ」
夜姫が少し上目遣いで、天照の琥珀の瞳を見た。
「私も。その桃ケーキになりたいです……」
天照の喉が鳴る。
静かな午後だった。
窓から溢れる木漏れ日、
遠くに見える横浜の海。
ここは、常世でも黄昏都でもない。
横浜なのである。
故に、誰に何を気にする必要もない。
夜姫さえ構わないのであれば、このままどこか宿を取って、もう一日滞在してもいいだろう。
いや。
間違いなく、そうするべきだ。
夜姫も喜ぶに決まっている。
こんな穏やかな時間は、実に珍しい。
常世で「あーーーん」などしていたら、次の日からたまったものではない。
少し、あちら(常世)の世界を想像すれば、手に取るように神々の喜ぶ姿が目に浮かぶ。
『最高神ついに、熱愛スキャンダル!?
歳の差は、何歳までありなのか!?』
天照は頭を静かに振った。
一体。普段どれだけ、我慢をしていると思っているのだ。
そういえばコンチネンタルホテルが近くにあったな。
あの辺りの部屋でも、さっさと取るか。
目の前の夜姫が、楽しそうにフォークを口へ運んでいる。
天照は機嫌が良かった。
夜姫にも、それが分かっている。
だから、少しだけ身体を乗り出していつもなら言わない言葉を投げてきた。
「アマテラス様……あの。
このあと、コスモワールド行きたいです」
夜姫が地図を広げ、コスモワールドを指している。
事前に調べていたようだ。
「ああ。行こうか」
「……いいんですか?」
今日は何でも聞いてやりたい気分だった。
「他に、どこへ行きたいんだ?」
「え………他も?
とりあえず、観覧車と………」
夜姫が上目遣いで、天照の様子を伺う。
「ああ」
頬の紅がまた増していく。
「ジェットコースターと、クレープと」
「……また食うのか?」
夜姫が、少し恥じらいながら笑う。
「デートと言ったら遊園地とクレープなんです。
アマテラス様と、夢の中でよくやってました。えへへ」
「……………………」
「………何だ。それは」
思わず、片眉を大きく動かした。
落ち着かなくてならない。
落ち着け。
俺は最高神だ。
天照は、深く、大きく息を吐いた。
「怒ってます?
う、嘘ですよ!!も、妄想ですから。
そんな気持ち悪いことしてませんから!!
(…………気持ち悪いなどと、誰が言った)
ところで。
本当に?本当の本当に、行ってくれるんです?」
「行こうか」
いくに決まっている。
「……うれしいぃぃ」
二人は少しだけ笑った。
「それなら、早く食べて行きましょうか」
「ああ。時間はある。
焦らなくていい―」
夜姫は嬉しそうにフォークを持ち直した。
その時だった。
――ブォン。
店の外を、とんでもなく場違いなエンジン音が通過した。
ブォォォン!
夜姫が顔を上げると同時に、天照の琥珀のひとみが鋭く光った。
「…………?」
ガァァアアン!!
「お客様、扉は丁寧にお開けください!」
「あっ?! わりぃわりぃ!!これちっと脆そうだな!!
壊れたらここに請求してくれれば、パァーッと払うからな?
勘弁してな?」
男は名刺か何かを差し出しているらしい。
店の入口付近が急に騒がしくなった。
ざわざわ
「え、何あの人」
「やだ、カッコよくない?モデル?」
「イケメンじゃない?……アクセ何個つけてるの?」
「派手ね、外国人?」
天照の手が止まる。
嫌な予感。
そして、カップとソーサーを置こうとした時にはもう、隣に気配があった。
お読みいただき有難うございます。
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※イラストのケーキが、桃ではなく苺なのはごめんなさい。




