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【第1巻完結!】僕らは正しい答えを見逃したようです。  作者: 八目律師
Vol.01 「ずっと後になってから、あれが『好き』だと気づいた。」
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26/32

Vol.01 Ch.008④ パンドラ祭は順調に進み、熱気もますます高まっていた。

31

  階段を上がっている途中、二階で一人でいる夢ちゃんを見つけた。

  「夢ちゃん。」

  「あ、ヨル。」

  「清水は?」

  「うん……ちょっと気分悪いから、一人になりたいって。どこか行っちゃった。でも、たぶんそのうち戻ってくると思う。」

  さっきから同じ場所をうろうろしていたように見える。

  「一緒に回るか? 一年の出し物、まだちゃんと見てないし。」

  「うん!行く!」

  大丈夫だとは思うが、今の僕はなぜか、さっきまで休んでいたはずの、そして今ごろは小山に無理やり店員服を着せられているであろう誰かのためにも、夢ちゃんをD組のほうへ近づけないほうがいい気がした。

  そんな妙な考えを抱えたまま、僕は夢ちゃんを連れて三階へ向かった。

  「清水には、ヒロが来るって言ってたのか?」

  「言ったよ。でもその時は、『実際会っても他人のふりすればいいし』って言ってたの。まさかこんな空気になるとは思わなかった。」

  いい人すぎるだろ。僕とツネなんて、清水が来る可能性をヒロに一言も伝えていなかった。

  「素直じゃないところは、あの二人ちょっと似てるよな。」

  「そうね。」

  夢ちゃんは少しだけ前を見たまま、柔らかく続けた。

  「でも、みんなそうじゃない? 自分が何を気にしてて、何が怖くて、何が嫌なのかって、時々、自分にすら素直に認められないことあるし。」

  「そうなのか?」

  返した途端、夢ちゃんはぱっと別の方向を見て声を上げた。

  「あ、ヨル見て。あれ、ウケる格好。」

  G組のお化け屋敷だった。そういえば、G組って――

  「羽冬?」

  そうだ、加藤はG組だ。メイクと衣装からして、たぶんヴァンパイア役らしい。

  「加藤。お疲れ。」

  「知り合い?」

  「うん。この人も野球部のマネージャー。」

  「こんにちは。」

  加藤は僕らをじろじろと眺めた。その視線が下から上に戻ってきた時、どうにも嫌な予感がした。風みたいに、余計なことを言われる前に、さっさと料金を払って口を封じる。

  「加藤、これ面白そうじゃん。夢ちゃん、入るか。」

  「いいよ!」

  「遊ぶの?」

  どうやら加藤の意識は、すんなり客のほうへ移ったらしい。

  「一応言っとくけど、外の見た目はふざけてるけど、中はかなり怖いよ。」

  「大丈夫!ヨル、こういうの平気だから!」

  いや待て。平気なのはジェットコースターであって、お化け屋敷の耐性まで勝手に追加するな。

  「ヨル?」

  加藤が少し首をかしげる。どうやら僕の名前を忘れていたらしい。

  「羽冬『夜』良。」

  「ああ、なるほど!」

  やっぱり加藤の目には、かっこいい風先輩しか映っていないらしい。

  「平気ってことだから。みんな、この二人は特別丁寧にお願いね!」

  「ちょ、待っ――」

  「はい、どうぞ~」

  バタン、と扉が閉まる。

  中は、外と別世界だった。教室の中は黒い布で複雑な通路が作られ、RPGのダンジョンみたいに、低く不気味なBGMが流れている。明かりも薄暗いキャンドル程度で、全体としてかなり不穏だ。しかも一度扉が閉まると、外の喧騒もほとんど聞こえない。

  ……うちの学校の教室、こんなに防音よかったのか?

  「きゃああっ!」

  前のほうで誰かが悲鳴を上げる。

  「ヨ、ヨル……」

  隣を見ると、夢ちゃんは少し怯えた様子で僕の後ろに寄ってきた。

  怖いなら、さっき外であんな適当なこと言うなよ。

  「腕、つかんでもいい?」

  そう言った直後には、もう左手が僕の右腕に絡み、右手が袖をつかんでいた。待て、ち、近すぎる。危険だろ、これ!もし今これを夢ちゃんの彼氏に見られたら殺されるんだ。

  あ、でも……いい匂い……右腕には、平らに近い、かすかな柔らかさまで伝わってくる。

  本当に細いな。少し力を入れただけで折れてしまいそうなくらいだ。

  「行くか。」

  そのまま進んでいく間、夢ちゃんは何かに驚かされるたび声を上げて、僕の腕を強く握った。お化け屋敷の仕掛けなんて、正直ほとんど覚えていない。意識の大半は夢ちゃんのほうへ持っていかれていた。

  「お疲れさまでした!楽しんでいただけましたか!」

  出口まで着くと、ゾンビ役の女子が扉を開けてくれる。

  教室を出たあともしばらく、夢ちゃんは僕の腕から離れなかった。まださっきの怖さが抜けていないらしい。

  「もう終わったぞ。」

  少しだけ肘を動かす。

  「あ、ごめん、ヨル。」

  ここまで僕に触れることを嫌がらないとは、少し意外だった。もっとも、これまでも何かにつけて、それとなく僕の反応を探っていたような気もする。直近だと、ウォーターパークのスライダーに乗る時、「一緒に滑ろうよ?」なんて言ってきたのもそうだ。

  友達の線を越えないように気をつけろ、梧原夢美!

  「楽しかった?」

  外にいた加藤が、わざわざ様子を見に来た。

  楽しかった、か。

  幼なじみに腕を抱え込まれながら最後まで歩いたって、まあ、たぶん楽しかったな。

  返事に詰まっていると、加藤がまたあの妙な笑みを浮かべた。

  「じゃあ次は、奏ね――」

  「ああ、夢ちゃん。あっちの食べ物、なんか美味しそうじゃないか? 行くか。」

  「いいよ!」

  風の悪影響でも受けたのか?女版の風かよ。勘弁してくれ。

  そのあと、三階の四つクラスの出し物を一通り見終わった頃、夢ちゃんのスマホが鳴った。

  「もしもし?……うん、今どこ?……うん。……うん。じゃあね。」

  通話を終えて、こちらを見上げた。

  「若希、もう大丈夫みたい。」

  「一緒に行くか?」

  「ううん。今は男に会いたくないって。特に、ヨルたち三人には。」

  あ、嫌われたな。

  「そっか。」

  夢ちゃんは少し先に歩き出してから、ふと思い出したように振り返った。

  「ヨル。」

  金色の大きな目で、まっすぐ僕を見る。

  「付き合ってくれてありがとう。」

  うっ……可愛すぎる。

  「ちゃんと一緒にいてやれよ。帰る時、電話かメッセージだけ入れといて。」

  「は~い。」

  ふと、さっきのお化け屋敷でのことを思い出す。

  「今度、加藤に何かおごるか。」

32

  D組に戻ると、望月はすでに呼び込みを終えていて、代わりに高木が「らっしゃい、らっしゃい!」と市場のおじさんみたいな調子で客を呼び込んでいた。

  高木の身長目当てか?意外にもそれでちゃんと人が集まっていて、しかも並んでいるのは女子が多い。

  「Yo~戻ってきたか。次お前な。もう疲れた~」

  顔を見るなり押しつけてくる。

  でも今日は、まだクラスの店にそこまで貢献していない。ここは素直に代わることにした。

  教室へ入ると、今は紫木と小山が接客をしていた。

  「お疲れ。」

  「あ、羽冬。おかえり。さっき望月さんから聞いたよ。友達が何かあって、急いで出ていったんだって?」

  紫木はすっかり元気を取り戻しているようだった。

  さて、どう説明するか。

  「男友達が失恋してさ。ちょっと慰めに行ってた。」

  「ああ、そういうことだったんだ!」

  その反応を見るに、紫木の中にあった何かしらの誤解は解けたらしい。

  「羽冬くん~」

  小山がするりと横に寄ってくる。

  「ど、どうした?」

  「理香ちゃんから聞いちゃったよ~小学校時代のお友達、すっごく可愛いんだってね~」

  うっ。

  「それで?」

  「そろそろ理香ちゃんの揺れる乙女心、落ち着かせたほうがよくない?」

  「真衣!羽冬に変なこと言わないで!」

  「はい~はい~」

  面倒な人たちが次から次へと現れては、面倒なことばかり思い出させてくる。

  しんどい……

  裏へ回って店員服を持ち、男子トイレで着替えてから高木と交代する。ちょうどその時、校内を一通り見てきたらしい望月も戻ってきた。

  「あ、羽冬。今当番なんだ?」

  「そう。この人が疲れたって言うから。」

  「もう限界~中で座ってたい~」

  高木がそんなことを言うと、望月がぱっと明るい声を出した。

  「じゃあ、私が一緒にやるね!」

  そう言って教室へ入っていく後ろ姿を見送りながら、僕と高木は顔を見合わせた。

  「望月って、もしかして仕事人間なのか?」

  「Oh~俺は知らん。」

  高木が奥に引っ込んで少しすると、望月が店の外に出てきた。やっぱりあの衣装、異様に似合っていた。もういっそ毎日それでいてほしいくらいだ。

  「ん?」

  「どうかしたの?」

  ふと引っかかったことを、そのまま口にする。

  「中に、更衣室みたいなのあるんだな?」

  「ありますよ。ちゃんと仕切ってあって、瀬戸さんが女子の見張り当番まで決めてくれてます。羽冬たちみたいな、変なこと考える男子がのぞきに来ないようにです。」

  「え、僕?」

  反応が面白かったのか、望月はくすっと笑う。

  「冗談です。羽冬はそういうことしない人ですよね?」

  「望月相手なら保証はできないけど。」

  「もう、羽冬ってちょっとえっちですね~」

  軽口を交わしているうちに、入口前の人波も朝よりは少し落ち着いていた。

  そんな中、望月が少し真面目な声になった。

  「あの子、お昼に羽冬と戻ってきた時、ちょっと様子が変じゃなかったですか?」

  よく見てるな、望月は。

  「そうだったか?特に気づかなかったけど。撮影してる時は普通だったけど。」

  「そうですか。」

  少しの沈黙のあと、望月がまた聞いた。

  「その答え、見つかりましたか?」

  僕は窓越しに、教室の中で真面目に客対応をしている紫木を見た。それから、雲ひとつない空へ視線を移す。

  「いや、まだだ。」

  頭の中では、少なくとも明らかに違う答えはいくつか消えていた。

  でも、だからといって正解が見えるわけじゃない。

  パンドラ祭一日目は、結局大きなトラブルもなく終わった。残業が必要になるような突発対応もなく、盛況のまま、きれいに幕を閉じた。

  家に帰る頃には疲れが一気に押し寄せ、風呂を済ませた僕は、そのままベッドに倒れ込んで眠りに落ちた。


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