Vol.01 Ch.008② 無視された違和感
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各学年は8クラスしかないのに、校舎は5階建てだ。琢磨楼も良見楼と同じで、1階が学年職員室、2・3階が教室、4・5階が特別教室になっている。今日は来場者が上へ行かないよう、3階から4階への階段は鉄扉で封鎖され、エレベーターも4・5階のボタンが反応しない設定になっていた。
二年生で知っているのは、野球部と実行委員会の先輩くらいだ。風を除けば、副キャプテンの秋本先輩と、分厚い眼鏡でいかにも弱そうな矢野雄平先輩くらいしか名前が出てこない。実行委員のほうに至っては、伊藤委員長以外誰一人覚えていない。紫木も、委員会関係以外には当然知り合いはいない。
とはいえ、この撮影の仕事は半分遊びみたいなものだった。写真さえちゃんと撮れば、あとは各学年の企画を自由に見て回っていい。伊藤委員長、いい人だな。
「羽冬!」
二年D組で写真を撮っていたら、矢野先輩に呼び止められた。どうやらこのクラスの人だったらしい。
「矢野先輩、おはようございます!」
「仕事お疲れ。これ、やるよ。先輩のおごり!」
「えっ、そんな悪いですって。」
「いいっていいって。たまには先輩らしいことさせろ。」
そうして手渡されたのは、2年D組の看板商品らしい「純白無垢のスーパー肉まん」二個。
紫木の感想は、「普通においしいけど、『スーパー』って名乗るほどではない」らしい。
ひと口食べたあと、紫木はそこまで気に入らなかったらしい。僕は自分の分を食べ終えたあと、残っていた紫木の肉まんももらって、そのまま食べてしまった。
「……あ。」
「ん?おーいあ?」(ん?どうした?)
いや、肉まんを飲み込んでから話しろよ、僕。
「私、かじってるけど……」
今の聞き取れたのか?
「それがどうかした?」
「いや、その……私はいいけど、羽冬は平気なの?」
少しぎこちない声だった。
「平気だよ。今さらでしょ。」
「そ、そうかな……」
気にするなら、僕がもらうって言った時点で断ってくれてもよかったのに。
いや、彼女は言われたら先に従って、あとから考えるタイプだったな。なんで忘れてるんだ、僕は。
「うん、たしかにそうかも!」
納得が妙に早い。まあ、本人が気にしないならそれでいい。
C組は演劇だったので、入口の先輩と看板、あとは舞台の様子を数枚撮ってすぐに移動した。B組も販売系の企画で、実行委員の先輩が二人ちょうど当番に入っていたので、クラス写真に加えて紫木も自然に自撮り角度で一緒に何枚か撮っていた。
あれだけ生真面目な性格なのに、意外とこういう空気には馴染む。
「先輩。」
次は風のいるA組。企画は脱出ゲームで、1回45分、同時に最大2組まで。料金も高めなのに、開場30分足らずで今日の予約はもう四分の一しか空いていなかった。人気がすごい。
そのわりに風は外をうろついていた。何でこんなに暇そうなんだ?
「あ、羽冬。」
「先輩、さぼってるんですか?」
「ひどいな。うちの謎、全部僕が作ったんだぞ。やってみるか?」
風の作った謎か。
どうせ、ひねりにひねった挙句、もう一回ひっくり返すみたいな、嫌なタイプの問題なんだろう。
「本当に解けるんですか?」
「そんな難しくしてないよ。45分しかないし、ヒントは分かりやすくしてるつもり。」
風は自信たっぷりに笑った。その顔が、解けなかったらお前らが馬鹿なだけだ、と言っているように見えて腹が立つ。
「あ!」
急に紫木が声を上げる。
「ん?」
僕と風が同時に振り返る。
「先輩って、入学式で在校生代表の挨拶してた人ですか?」
そんなこともあったな。
あの日のスピーチの内容を思い出して、少しだけ胸の奥が痛む。
「そうだよ。よく覚えているんだ。」
「羽冬、先輩と知り合いなんだ?」
「野球部のキャプテンだから。」
それと、家の隣人でもある。
「なるほど。」
紫木がそれ以上話を広げる気がなさそうだと気づいた風が、少し意外そうな顔をして、耳元で聞いてきた。
「お友達って、いつもこうなの?」
「だいたいな。もう慣れた。」
「あ!」
すると、またしても紫木が声を上げた。
「ん?」
「先輩って、あのバスケの試合ですごく点取ってた、35番の先輩ですか?」
そういえば、風は僕にとって初めて、ヒロと互角か、それ以上かもしれないと思えた相手だった。
左手でドリブルする回数は一試合通して五回もないんじゃないかというくらいで、その点だけ見れば練習不足にも思える。けれど、ターンと緩急の使い方が抜群にうまいし、右手のレイアップのセンスは狂ってるレベルだ。バスケ部員のダブルチームを受けても平然と割って入る。
そしてベスト16からここまでの三試合で、もう100点近く取っている。得点王はほぼ確定だろう。
……この人、欠点あるのか?
決勝で2年A組に勝てる未来が、正直まったく見えない。望月に祈るしかないな。
「お、そうか。君って、羽冬と一緒に記録をやってた人だっけ?」
「はい!」
「へえ~羽冬、やるじゃん。」
このままここにいると、風がまた余計なことを言い出しかねない。たとえば「野球部では望月とあんなに仲いいのに、今度はこの同級生といるんだ?」とか。そういう、説明に困ることを平気で口にしそうだ。
さっさと会話を切り上げて、すぐに紫木を連れてその場を離れ、上の階へ向かった。背後から「え~、また後輩さん連れてきてよ~」と聞こえたが、もちろんそんな予定はない。
三階でも、写真を撮りながら実行委員の先輩に会えば少し話す、という流れは同じだった。名前を覚えていない不安はあったが、相手もわざわざ聞いてこなかったので助かった。
ちなみに、2年H組では秋本先輩も見かけた。けれど、あの人は元々かなり近寄りがたい雰囲気があるし、口数も多くない。僕もずっと少し苦手意識があって、今回も軽く挨拶しただけで、それ以上は話しかけなかった。
「二年生の出し物、あっという間に全部見終わっちゃったね。」
紫木はかなり満足そうだった。
「もう少し二年のほうで撮るか、それとも別のところ行くか」
「うん……羽冬は?」
まさかの丸投げである。
「じゃあ三年の謹思楼でも行くか。一年のほうは仕事終わってからでもいくらでも見られるし。」
「いいよ!」
行き先も決まり、さあ移動しようとしたその時だった。
「ヨル!」
後ろから、聞き慣れた声が飛んできた。
「夢ちゃん、清水。おはよう。」
「おはよう、羽冬。」
清水、本当に来たんだな。
小夢は白地に細い黒ボーダーの半袖とデニム、清水は白い半袖にデニムのショートパンツ。清水は170センチの姉さんより背が高く、僕と同じ174センチ前後はあるだろう。小夢は155センチ前後で、体つきも華奢だから、清水の隣に並ぶと、その小ささがかなり際立って見えた。
ん?清水、あの黄色い宝石のブレスレット、まだ着けてる?
「なんでそんな早いの?」
「楽しみすぎて昨日眠れなくてさ。だから早く来ちゃった!」
「気合い入りすぎだろ。」
「いいじゃん!あ、まだ仕事中?」
「そう。でも十一時くらいにはD組に戻る。前にも言っただろ。」
そう言った時、夢ちゃんの視線が一瞬だけ紫木に向いて、すぐ僕へ戻った。何かを言うのが迷うみたい。
「こちらは?」
その空気を察したのか、清水が自然なタイミングで会話を引き取った。
昔からこういうところがうまい。
「あ、紫木です。羽冬のクラスメイトで、一緒に実行委員やってます。」
「梧原夢美です! ヨルの小学校からの友達です。よろしくね!」
「清水です。この二人とは中学からの知り合い。よろしく。」
自己紹介のあと、夢ちゃんがすぐまた僕に話を振った。
「そうだ、見たよ!あのメインビジュアル、ヨルが描いたんでしょ? すごくヨルっぽかった!」
「分かるのか?」
「もちろん!」
……聞くまでもなかった。彼女なら、きっと分かる。
というか夢ちゃん、もし違っていたらどうするつもりで、あんなに真っ直ぐ聞いたんだ。
「じゃあ、僕らはまだ他も回って写真撮るから。二人は適当に見てて。あとでD組に来いよ。場所、分かる?」
「良見楼のD組?」
「そう。」
「はーい!ヨル、またあとでね! 紫木さんも、またね!」
「またな、羽冬。」
二人を見送ってから、僕はそのままさっきの続きで謹思楼へ向かおうとした。
「行くか。」
だが数歩進んだところで、紫木がついてきていないことに気づく。
「紫木?」
振り返ると、紫木は少し焦点の合わない目で下のほうを見ていた。何かを考え込んでいるというより、一瞬だけ意識が抜けたような感じだ。
「えっ?ああ、ごめん。ちょっとぼーっとしてた。行こっか!」
それ以降、謹思楼を回っているあいだ、紫木はまた普通に先輩たちと話し、自撮りし、僕ともいつも通りだった。
一度は「具合悪いのか?」と聞きかけたけれど、口に出す前にやめた。本人が何も言わないなら、本当に大したことじゃないんだろう。
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