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ずれた四男の異世界暮らし ~僕の当たり前は、魔力社会の盲点でした~  作者: ただのゆきや
第4章 東の森のダンジョン

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第74話 四男は謎を抱えすぎる

 駆け寄ったミレアが、リズのそばへ膝をついた。


「息はあります」


 ミレアがリズの脈と身体を確かめる。


「呼吸も脈も安定しています。ただ、魔力がほとんど残っていません」


「魔力切れですか」


「その可能性が高いです。命に関わる状態には見えませんが、すぐに目を覚ますかは……」


 あの子どもを斬った時に感じた、強い魔力。

 あれは、リズのものだったのだろうか。


「外を確かめてくるよ」


 フィンが弓を手にしたまま、入口へ近づいた。


「私も行きます」


 イリスもその横へ並ぶ。


「ユキア様。治療しますので、魔力を巡らせてください」


「お願いします」


 ミレアが身体へ手を添える。


 温かな魔力が流れ込み、腕の奥に残っていた痛みが少しずつ薄れていく。

 脇腹の内側にあった違和感も遠のいた。


「終わりました」


 左腕を曲げ伸ばしして、両手で刀を握る。


「ありがとうございます」


 ただ、戦いの疲れは残ったままだ。

 ミレアも額に汗を浮かべている。


 続けて治療を受けたラウガは、腕を回し、拳を強く握った。


「これなら問題ねえ」


「ニコも診てもらえますか」


「はい」


 ニコの目立つ傷は、リズの治療ですでに塞がっている。

 呼吸も安定し、魔力の巡りにも、今すぐ命に関わるほどの乱れは見られないらしい。


 それでも、呼びかけに反応はなかった。


「戻ってから、改めて休ませて様子を見る必要があります」


 周囲を確認したフィンとイリスが、建物の中へ戻ってくる。


「外へは出られました。入口付近にも異常は見当たりません」


 ひとまず、退路は確認できた。

 建物の中央へ目を向ける。


 角のある子どもと遭遇した時から台の上にあった石が、そのまま残っている。


 石の内側には、淡い光が揺れていた。


 フィンとミレアが周囲を確かめ、ほかの者は距離を取る。


 フィンが石へ手をかける。


「強くはないけど、台に吸いついているみたいだね」


「外れそうですか」


「大丈夫。外せそうだ」


 石が台から離れた途端、内側に揺れていた光がゆっくりと薄れていった。


「光が消えたね」


 フィンの手にある石を見ながら、ミレアが口を開く。


「これで、森の異変も治まるのでしょうか」


「分からない。今のところ、これ以外に手がかりになりそうなものは見当たらない」


 周りを見渡しても、何かが起きた様子はない。


 石は持ち帰って調べることにした。

 正体は分からないが、ダンジョンに関わる手がかりになるかもしれない。


 もう一つ、敵が消えた場所には、無色に近い透明な石が落ちている。

 ミレアが石を拾い上げ、慎重に確かめた。


「これは、純正魔石だと思います」


「やっぱり、そうなんですか」


「はい。ここまで澄んだものは、私も初めて見ました」


 純正魔石は、濃い魔力が結集してできる希少な石だ。

 ダンジョンで採れることがあるとは聞いているけれど、実物を見るのは初めてだった。


「古い魔法の話では、純正魔石が召喚の核に使われることもあったそうです」


「召喚……」


「今は術式も理論もほとんど残っていません。石があるだけで、何かを呼び出せるわけではありませんけど」


 ダンジョンの魔物は、倒されれば魔石へ変わる。

 けれど、あの子どもは倒したわけではない。


 あれは、何者かに召喚された存在だったのだろうか。


「見せてもらってもいいですか」


「はい」


 ミレアから純正魔石を受け取る。


 異世界の魂の召喚。


 これを使えば、しばぬぅを召喚できたりするのだろうか。

 手の中の石を軽く握り、しばぬぅの姿を思い浮かべてみる。


 けれど、石に変化はない。

 まあ、そんな簡単にいくはずもない。


 ――主!


 頭の中へ、短い呼びかけが響いた。


 僕は反射的に刀へ手をかけ、周囲を見回す。


 グレンも、すぐに武器を構えた。


「どうしました?」


「今、何か聞こえませんでしたか」


「いえ。私には何も聞こえませんでした」


 ほかの者たちも、同じように首を横に振る。


 バウルは鼻先を上げている。


「魔物の匂いはしません」


 あの子どもの言葉が届いた時と、よく似ていた。

 耳から聞こえたのではなく、頭の中へ響く感覚。


 敵が、まだ近くにいるのか。

 けれど、周囲にそれらしい姿はない。


 戦闘と負傷のあとで、聞こえた気がしただけかもしれない。

 そう考えかけた時だった。


 握っていた純正魔石が光り始める。


「離れてください!」


 ミレアの声に、周囲の者たちが距離を取った。

 武器を向けながら、石の変化を見つめる。


 光が指の間からこぼれ、石床へ広がっていく。


 その中に、小さな四足の輪郭が浮かんだ。


 立った耳。

 丸まった尾。

 見慣れた茶色と白の毛並み。


 光が薄れる。


 そこに立っていたのは、一匹の柴犬だった。


 見間違えるはずがない。


 前世で、ずっと一緒に暮らしていた犬。


「しばぬぅ……?」


 名前を口にした瞬間、柴犬の耳がぴんと立った。


 尾が大きく左右へ振られる。

 こちらを見上げる目も、名前を呼ばれた時の反応も、記憶にあるものと同じだった。


 ――主!


 隠しきれない喜びが、鳴き声と一緒に頭の中へ届く。


 ――会えた! 無事だったか、主!


 しばぬぅが僕へ駆け寄り、そのまま飛びついてくる。


 その身体を受け止め、頭から背中へ何度も手を滑らせた。

 手のひらに触れる毛の感触まで、記憶にあるものと変わらない。


 ふと、石を握っていた手を見る。

 純正魔石は、いつの間にか消えていた。


「坊ちゃん、その犬は……」


 ミロスの声で、仲間たちがまだ武器を構えていることを思い出す。


「僕にも、何が起きたのかは分かりません。純正魔石を持っていたら声が聞こえて、この子が現れました」


「こ、言葉が分かるんですか?」


 ミレアが目を見開く。


「はい。頭の中に響くように届いています。聞こえませんか?」


「鳴き声しか聞こえないっす」


 ミロスが物珍しそうに見ている。


「僕を主と呼んでいます。敵意はないようです」


 前世で飼っていたとは言えない。


「少し待ってね」


 しばぬぅはすぐにその場へ座り、周りを見渡した。


「言葉は理解しているようですね」


 イリスは盾を下げず、その様子を見つめている。


 フィンが構えていた弓をわずかに下げた。


「少なくとも、君の言うことは聞くみたいだね」


「なら、連れて帰りながら様子を見りゃいい」


 ラウガが構えを解いた。


「そういえば、しばぬぅって、さっき言ってましたが、その子の名前ですか?」


 シリウスが触りたそうに見ている。


「あ、うん。自分のことをしばぬぅって言ってたから」


 思わず口にしてしまった名前を、どうにかごまかす。


「坊主が召喚すると、名前のセンスまで似るのか」


 ラウガが豪快に笑った。


「しばぬぅのことは、戻ってから考えましょう。ニコとリズが心配です」


 詳しいことを確かめたい。

 けれど、今は二人を安全な場所へ連れて帰る方が先だ。


 イリスがリズを背負い、バウルが再びニコを背負う。

 中央の台から回収した石は、荷物へしまった。


 建物を出ると、来た時と変わらない風景が続いている。

 地上に向けて歩き始める。


 しばぬぅは僕のすぐ横を嬉しそうに歩いている。


「リズはどうしたのでしょうか」


 シリウスがリズを心配そうに見つめる。


「私には、リズさんの魔力がユキア様に流れ込んだように感じました……」


 ミレアは考え込むように視線を落とした。


「確かに、リズが叫んだ直後、自分のものとは思えない魔力が溢れるのを感じました」


「昔の聖女の話に、人の力を支えたり、普段以上の魔力を引き出したりしたというものがあります」


「リズが、聖女……?」


 シリウスの声が小さくなる。


「分かりません」


 ミレアはすぐに首を横へ振った。


「わ、私も実際に見たことはありません。似た話があるというだけです」


 あの子どもも、リズに何かがあるようなことを口にしていた。

 そういえば、以前、エルヴィンもリズの魔力を気にしていた。


 リズには特別な何かがあるのかもしれない。

 ただ、本人の知らないところで、聖女の力があるかもしれないという話が広がっていいはずがない。


 リズの力について誰にまで話すかは、慎重に決める必要がある。


「ラウガさん、ガレスさんは信用できますか」


「信用はできる」


 ラウガは迷わなかった。


「だが、俺が決めることじゃない。お前が決めろ」


 ここで見たものは、今後ダンジョンへ入る人たちの安全に関わる。

 それらを隠すつもりはない。


 けれど、リズの力だけは別だ。


「ここで起きたことは報告します。でも、リズの力については話すつもりはありません」


 ラウガは黙って僕を見ている。


「リズから僕へ魔力が流れたことと、聖女の力かもしれないという話だけは、外には話さないでもらえますか」


「ま、妥当な判断だな。俺は構わねえ」


「僕も構わないよ」


 フィンも頷く。


「私も、似ていると思っただけです。確かなことが分かるまでは話しません」


「ありがとうございます。このことは、エルヴィンにだけ相談してみようと思います」


 エルヴィンでも、答えを知っているとは限らない。

 それでも、古い魔法や不思議な魔力の現象について相談できる相手は、ほかに思いつかなかった。


 まずは、リズが目を覚ましてからだ。


 話をそこで切り上げ、僕たちは三層、二層、一層と同じ道を戻った。


 魔力酔いを起こしている者はいない。

 とはいえ、戦いと長い道のりで、全員の動きは来た時より鈍っていた。


 ただ、通ったばかりだからか、帰路で姿を見せる魔物は少ない。

 強い魔物が現れることもなく、僕が前へ出れば、ほかの皆はそれほど力を使わずに済んだ。


 しばぬぅは僕の指示どおり、前へ飛び出さずについてくる。

 けれど、僕たちが魔物と戦うたび、低く唸り、今にも駆け出しそうに身を乗り出していた。


 言葉は通じるようだから、戦う時のしつけはした方がよさそうだ。


 そして、ようやくダンジョンの外へ出た。

 森の空気が、肺の奥まで入ってくる。


 中継拠点へ戻ると、僕たちの姿に気づいた警備の者たちが駆け寄ってきた。

 イリスの背のリズと、バウルが背負うニコを見て、すぐに休ませる場所が整えられる。


 僕は二人が運ばれていく先を見たあと、足元のしばぬぅへ目を戻した。

 しばぬぅは何も急かさず、ただ僕のそばに座っている。


 もう会えないと思っていた相棒が戻ってきた。

 嬉しくないはずがない。


 それでも、次々に起きたことが頭から離れず、少しも気は休まらなかった。


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