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第二十三章 注射器

爆発の余韻が、

まだ砂の上に残っていた。


焦げた匂い。

血の匂い。

風に混じって、

ゆっくりと薄れていく。


誰も、

すぐには動けなかった。


母がいた場所には、

もう何もない。


形も、

影も。


ただ、

赤く濡れた砂だけが、

静かに広がっている。


ユリは、

膝をついたまま、

呼吸を整えていた。


吸う。

吐く。


胸が、

まだ痛む。


「……」


声を出す気力が、

残っていない。


そのとき。


リオナが、

ふと、

自分のポケットに手を入れた。


違和感。


――何か、

――入っている。


「……?」


指先に、

冷たい感触。


取り出した瞬間、

言葉を失う。


透明な筒。

細い針。


中には、

淡い光を帯びた液体。


「……これ……」


注射器。


一本じゃない。


エリカも、

同じように立ち止まっていた。


「……私も……」


彼女の手にも、

同じもの。


レイは、

無言で、

自分のポケットを探る。


そして、

静かに頷いた。


ユリは、

最後だった。


恐る恐る、

手を入れる。


確かな重さ。


取り出した瞬間、

喉が、

きゅっと鳴った。


「……四本……」


偶然じゃない。


誰も、

そう言わなかったが、

全員が分かっていた。


「……いつの間に……」


リオナの声が、

かすれる。


エリカは、

首を振る。


「……最初から、

 入ってた感じじゃない」


「……今、

 ここで……」


言葉を、

選びきれない。


ユリは、

注射器を見つめる。


あの研究所で見た、

免疫。


自由になるための、

唯一の手段。


「……許された……

 ってことかな」


誰に、

とは言わない。


レイは、

静かに言った。


「……終わらせたから」


責めるでもなく。

慰めるでもなく。


ただ、

事実として。


四人は、

互いを見た。


もう、

議論は必要なかった。


ユリが、

先に、

腕を差し出す。


呼吸は、

まだ、少し乱れている。


だが、

手は震えていない。


針が、

皮膚に触れる。


一瞬の痛み。


押し込む。


液体が、

身体に入っていく。


熱でも、

冷たさでもない。


馴染む感覚。


続いて、

リオナ。


次に、

エリカ。


最後に、

レイ。


四人とも、

同じように、

注射器を抜いた。


砂の上に、

空になった筒が落ちる。


「……終わった……」


エリカが、

小さく言う。


それは、

確認だった。


何が終わったのか、

全ては分からない。


それでも。


これ以上、

爆発することはない。


これ以上、

血に支配されることもない。


ユリは、

空を見上げた。


火星の空は、

薄く、

遠い。


「……僕らは……」


言いかけて、

やめる。


名前を、

付けなくていい。


四人は、

生きている。


それだけで、

十分だった。


風が、

砂を撫でていく。


血の匂いは、

もう、

ほとんど残っていない。


ここで、

全てが終わった。


そして――

何も始まらないことを、

 四人は選んだ。

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