4話 ンガイの森
「すみれちゃん、足元に木の根っこがあるから気を付けて」
「は、はい」
片手に懐中電灯を携え、すみれの手をしっかりと握るましろ。心なしかましろの足取りが早く、歩幅の小さいすみれは早歩きで追いつくのがやっとだ。
天を覆うような巨大な木々。
「……木が大きすぎる」
「……先輩?」
急に立ち止まったましろに、すみれはしがみつくように手を絡ませた。暗すぎる森に対する恐怖心。ましろはスタート地点とは異なる森に入っていることに気がついた。
森の中に突如響く着信音。夜闇鴉からだ。
ましろはすみれの手を解き、ポケットからスマホを取り出す。
『おい、今どこにいる?』
「何処って、森の中さ。肝試しの最中だよ。……けど、変なんだ。スタート地点の森の雰囲気と全然違う」
『何か目印になるものはないのか?』
「目印って……」
ましろが辺りを懐中電灯で照らし、見渡すと平石が目に入った。それは木々と苔に隠されているかのように存在し、顔のない生物の姿が刻まれている。
「あったよ。顔のない生物が描かれている石だ」
『……そうか。そこはおそらく、ンガイの森だ』
「ンガイの森?」
『刻まれているのはニャルラトホテプ。ンガイの森はニャルラトホテプの地上の住処だ』
「ここが、猫琉さんの……っ!すみれちゃん!?」
『どうした!?』
「いないんだ!さっきまで一緒に居た筈のすみれちゃんが!!」
電話に出る為、少し手を離していた間にすみれが居なくなっていた。足元を照らすも、巨大な怪物と見られる足跡しか……。
『月影ましろ。よく聞け。ンガイの森では300年以上に渡り、不可解な事件が相次いでいる。神父の失踪から始まり、材木業者の作業員、パイロットが上空から湖で水浴びする巨大な生物の目的、森を調査中の教授の失踪……。そして極め付けは300年以上前の行方不明者の遺体がほぼ無傷で発見された』
「っ……!」
『落ち着け。続きがまだある。……に……潜む……、』
「電波が……!」
ザザ……、とノイズが走り、夜闇鴉との電話が途絶えた。ましろは懐中電灯を片手に呆然として立ち尽くす。
消息不明になったすみれを探すにしても、この不穏が漂う不気味な森の中、闇雲に探すわけにはいかない。
「……」
夜闇鴉はまだ何かを伝えようとしていた。この森の中に何かが潜んでいる?ましろの炎で太刀打ち出来るものならばいいが……。
「もし。そこの御方」
「うわぁ!!?」
恐怖心が高まっていた矢先に背後から声をかけられ、ましろは心臓が飛び出すかと思うくらいの悲鳴を上げた。
「道に迷っていますの?私めがご案内致しましょうか?」
「あ、貴女は……?」
懐中電灯に照らされるは、豊かな胸を持つ大人の女性である。女性は何か獲物を見つけたように嬉しそうに目を細めて不敵な笑みを浮かべた。
「私?そうですね、夜闇とでも名乗りましょうか」
「よ、夜闇って……」
夜闇鴉と同じ苗字?
ましろは2、3歩後退りするも、夜闇が間を詰めるかのようにすり寄った。
「私、この森に詳しいんです。貴方、お名前は?」
「……月影ましろ、です」
「ましろさん、では森の奥へ行きましょうか」
「あ、あの。背が小さくて髪の長い女の子を見かけませんでしたか?」
ましろの問い掛けに、夜闇はニコニコと笑いながら森の奥を指差す。
「ええ。見ましたよ。森の奥へ入って行きました」
「……本当に?」
「私、信用されてない?残念ですねぇ」
「……」
今は手掛かりが夜闇の発言しかない。ましろは懐中電灯を握り締め、夜闇と共に森の奥へと進むことを決める。
「アハ、お一人様、ごあんなーい」
◆◆◆
夜闇の案内で、ましろは朽ちかけたロッジを発見した。無人の建物を覆い隠すように、木の根がそこら中に伸びている。
ましろは炎を使い焼き尽くすことは出来るが、今は夜闇が同行している為、夜闇の前で魔法を使うのは躊躇いが生じた。仕方なく力づくで木の根を剥がしていく。
「っ……!ふぅ……」
木の根が張り巡らされていたドア。誰かが侵入した痕跡は見当たらないことから、すみれがここに立ち寄ったわけではないことが明白なのに。ましろはこの森に関する手掛かり欲しさに、ロッジを探索することにした。
「あ。中に何かありますよー」
「……これは、何かの資料と、レコード盤……?」
資料よりもレコード盤が気になる。ましろはレコード盤のスイッチを入れ、レコードを流した。
「うわぁ!?」
レコードに録音されていた不気味なフルートの音がロッジに鳴り響く。続け様に流れる忌まわしい呪文のようなもの。そして、男性の声。
『……フォーマルハウトの下でクトゥグアを召喚し、ニャルラトホテプを駆逐しろ!』
「……なんだって?」
レコードはそこで途切れていた。唖然としているましろに、夜闇がフォローを入れる。
「フォーマルハウトとは、星の名前です。クトゥグア、ニャルラトホテプはクトゥルフ神話に登場する邪神の名前ですね。クトゥグアは火、ニャルラトホテプは地」
「……星の下で火の邪神を召喚して、この森を焼き払えってこと?」
「どうやらそのようですねぇ」
「そんなことしたらすみれちゃんまで……!」
「逸れたお友達が心配なんです?心配しても無駄だと思いますが」
「……どうして?」
「さぁ。どうしてでしょうね?」
夜闇がチラリと窓の外を見たのを、ましろは見逃さなかった。ロッジのすぐ側には湖がある。ましろは懐中電灯を放り投げて湖に向かって走った。
「……あ……、ああ……」
湖の中央。浮かぶ水死体。探していた人物がそこに居た。
ましろは力無くその場に座り込む。
無意識のうちに、ポケットに入れて持ち歩いていた銀の鍵を握り締めた。
時間よ戻れ。巻き戻れ……!
ましろは強く願い、銀の鍵に魔力を注ぎ込む。
銀の鍵が虹色に光り輝く瞬間を、夜闇はロッジの窓から不敵な笑みを浮かべて見つめていた。




