3話 ナイトゴーント
「それじゃ、アーバンさん。行ってきます」
「気をつけて行くんだよ、ましろくん。何かあったらすぐに連絡してくれ」
寮の扉を閉め、シャンシャンの入ったカゴを片手にましろは夜の街の探索を始める。同行はラプスのみ。
「みんなは明日、学校があるからなぁ……っと、」
アーバン・レジェンドの角を曲がってすぐ。夜闇鴉が塀にもたれかかっていた。
「夜闇鴉……。どうしたんだい、こんな時間に?」
「どうしたもこうしたもない。貴様が持って帰ったシャンタク鳥の卵の様子が気になって来ただけだ。どうやら孵化したようだな」
「はぁ。押し付けといてよく言うよ……」
「む。人数が多い貴様たちの方が、何かあった時に対処がしやすいと思って預けたまでのこと……」
「はいはい。そういうことにしておくよ。行こう、シャンシャン」
「キィ!」
「ちゃっかり名前まで付けて懐いているじゃないか!」
持ち上げたカゴを下ろし、ましろは以前猫琉羅斗と出会った場所……御伽公園へと向かうことにした。
「貴様、何処へ行く?」
「とりあえずは御伽公園だよ。猫琉さんを探してるんだ。シャンシャンを引き取ってもらおうと思って」
背後からの鴉の問い掛けに、振り向かずにましろは答える。ついて来ないで、とは言いがたい。万が一、何かと戦闘が起きた時を考えると、夜闇鴉が居るのは寧ろありがたいことだ。
「あの猫琉とか言う男か……。月白兎苺と言い、シャンタク鳥の卵と言い、アイツもクトゥルフに関連している者には違いない」
「ふうん。夜闇鴉もそう思う?」
「ああ。胡散臭い気配と只者ならぬ気配が混じっている」
「……ボク、猫琉さんとは戦闘になりたくないなぁ」
「勝てる気がしないから、か?」
「……まぁね。ボクらは向こうに見過ごされているって感じだし」
「一体、何が目的なんだ?」
「さぁ。ボクらがクトゥルフ相手にてんやわんやしているところを、クスクス笑って眺めるのが目的かもよ?」
「まるでTRPGのゲームマスターのようだな」
「テーブルトーク?」
「知らないのか?」
「あいにくと、ゲームには疎いからねボク。夜闇鴉のクトゥルフ知識はそのゲームからってことかな?」
「ああ。多少齧ったことがある程度だがな」
「クトゥルフって本だけかと思ってたけど、色々あるんだね」
「侵食度の問題からあまり調べるのを勧められないと思っていたが……。いや、寧ろSAN値が鍛えられるから調べた方が良いのか……?」
「SAN値?」
「公式のルール用語ではないがな。元はSanity。正気、健全さの略で、心のHPのようなものだ。悍ましい神話生物や神々を目撃したり、恐ろしい真実に遭遇した時に減少する」
「それ、インフィニティ・オンラインの時みたいに可視化出来ないのかなぁ」
「現実はゲームじゃない。無茶を言うな」
夜闇鴉と雑談を繰り広げている内に、ましろは公園に辿り着いた。しかし、こんな深夜の時間帯に猫琉羅斗がいる筈もなく、辺りは人の気配無く静まり返っている。
「フン。どうやら当てが外れたようだな」
「うーん。どうしようか、シャンシャン?」
「キィ」
なんとなくカゴの中のシャンシャンに聞いてみる。するとシャンシャンはカゴの中から右の翼である方角をさした。
◆◆◆
「街外れの廃墟ビルだね」
「こんなところのこんな時間に、ヤツが居るのか……?」
ましろはスマホのライト機能を使い、廃墟ビルの中を照らして歩く。鴉も横をついて歩いた。
『……ましろ、気をつけて。クトゥルフの物語の気配を感じる』
それまで黙ってついて来ていたラプスが尻尾をピンと立ち上げる。
「ふぅん。展開領域未満のかい?」
『ああ。僕としては残念なことに』
ましろはスマホのライトを消し、スマホをマドラーに持ち替え、スペルカードで明かりを灯す。
「コレ、ちょっと持っててくれないかい?今甘味補給するから」
「をい?」
ましろからずいっとカゴを差し出され、鴉は渋々受け取った。ましろはウエストポーチからバタークッキーを取り出して食べ始める。
「……食べる?」
「……そうした方が貴様が強いのは知ってはいるが、こんな場所で食べるとは場違いにもほどがあるぞ」
ましろがグイグイと差し出す袋を鴉は手を振って拒否した。
「全く……。貴様のSAN値はどうなっているんだ?」
「ふふふ。ボクのSAN値はどうやらキミよりは高そうだよね」
「やかましいわ!オレの方がSAN値は貴様より高いに決まってる!」
「わからないよー。ボクってば案外何事にも動じないところがある……」
からね、と続けようとしたところ、ましろは背後に何者かの気配を感じた。
「あはは!?な、何……!?」
脇腹の辺りがくすぐったい。振り向くと、そこには顔のない、黒い翼めいたものを持つ姿。
「黒炎!!」
「おい、月影!?」
瞬時に黒い炎が顔の無い悪魔のような個体を焼き払う。
「はー。今のはちょっと心臓にきたな」
「すぐさま焼き払っておきながら何を言うか!」
ましろと鴉は囲まれている。痩せこけた、黒く冷たくぬらついた黒い身体。ゴムのような腕らしきもの。湾曲した角と針のような突起がある尻尾。蝙蝠のような翼を持つものに。
「キィ……」
シャンシャンがカゴの中でガタガタと震えて怯えていた。
「シャンタク鳥が怯えている……。ということはコイツら、ナイトゴーントか!」
「ナイトゴーント?」
「夜鬼だ!隠れることや音もなく相手に近づくことを得意としている!気を付けろ、武器を奪われて優位になられるな!」
「ボクの武器はマドラーだから大丈夫だよ。あ、でもお気に入りだから取らないでね!」
「ああそうだったな!いらぬ心配だったな!」
鴉は怒鳴りながら武器のロングソードを奪おうとしてくるナイトゴーントを1体遇らう。
「ちっ!貴様、余裕があるならカゴを持て!」
「はいはい」
ましろがシャンシャンの入ったカゴを持つと、鴉はロングソードを正面に構えた。
「ダークバレット!」
無数の闇の弾丸が鴉を囲むように現れ、複数のナイトゴーントの頭らしき部分を撃ち抜く。
「うーん。それにしても手応えがないね。童話系の物語の方が強いかも?」
「コイツらはくすぐりと武器を奪って自分のものにするぐらいしか、能力が殆どないからな。シャンタク鳥よりも弱いらしいが、何故かシャンタク鳥はコイツらに怯えるという」
「ナイトゴーントの狙いはボクたちじゃなくてシャンシャンなのかな」
「さぁな。だが、ここは領域展開内ではなく、現実だ。弱くとも1匹残らず倒さねば後々厄介なことになるぞ」
倒されたナイトゴーントの粒子を互いのラプスが口を開けて回収していく。
ナイトゴーントの出てくるゲートを探すべく、ましろたちは今の階を後にした。




