第84話 モグラ狩りたちは死線をくぐり勝利した
「最初に来るのは、足の速いウルフ系だ。その後にゴブリン、コボルト、オーガ、オーク、数が多いのはゴブリンだ。奴らは身軽だから狩り穴を容易に登ってくる。穴の周りに砂を盛って滑りやすくしろ!」
俺たちはHZ82、84、85を爆破した後、狩り穴に移動してきた。
対オーガ戦用に持ってきた発破法術具を使わず残しておいて良かった。
この発破法術具は、ストッパーを外し、ダイアルを回すと起動が始まり、回した分に応じた時間で爆発する仕掛けだ。
現在は四つのうち三つを使い、残りは一つだ。
俺はそれをいつでも取り出せるよう、腰のポーチに入れた。
狩り穴の周りには、五班に分けた二十五人の剣士たちを五方向に配置した。
オーガ戦でスラッシュを交代で撃った要領で、五方向から攻撃する。
フィーネさんを含む、炎法術師については、五人を剣士たちの隙間を埋めるように、これも五方向に配置した。
俺とチャックとヨハンを除く、残りの二十二人の剣士は散開してイビルモールの対応をし、三人の炎法術師はチャックに同行させた。
ウルフ系は勢いに任せて、燃える馬車を乗り越えてくる可能性があるので、チャックと三人の炎法術師で守りを固めたのだ。
ヨハンは一台残した馬車に待機して、陸亀の進軍を見張り、何かあれば通信の法術具で俺に知らせを送ってくる段取りだ。
俺は今回は戦いに参加せず、戦況を見定め指示を出すのに専念することにした。
ぶっつけ本番の戦いなので、何が起こるか分からない。
誰かが俯瞰して戦況を把握する必要があると判断したのだ。
俺はHZ83のルート上の地面に耳を当てて、敵の動きを探ってみた。
俺の角笛の合図でチャックに随伴する炎法術師たちが解体した馬車に点火する予定だ。
「………近い」
地面に伝わる音から、かなり接近してきているのが分かった。
俺は角笛を用意した。
「今だ!」
俺は勢いよく笛を吹いた。
その音に反応したのか、横穴を通過するウルフ系と思われる魔物が雄叫びを上げた。
音は聞こえないが、炎法術師たちが馬車に火を放ったはずだ。
油樽があるので、すぐに火がつくだろう。
少し走る勢いが弱まっているのが分かる。
「ウルフ系の魔物が通過中だ。これからゴブリン、コボルトが接近するぞ! 用意しろ!」
俺は狩り穴の周囲を囲む攻撃班に指示を出した。
HZ83のルートに沿って、西からじわじわと煙が地面から登っているのが分かる。
明らかにウルフ系の魔物が混乱しているのが伝わってくる。
だが、もはや奴らは後戻りできない。
なぜなら、HZ83は後続の魔物が進軍中で、そう簡単には進軍する方向が変えられないからだ。
耳を当てていると、時折、激しく風が内部を通過するのが聞こえる。
おそらく、チャックがウインドスラッシュで内部に風を送っているのだろう。
次第に狩り穴からも煙が出だした。
その時、俺の耳に既知の鳴き声が届いた。
「来た! ゴブリンだ! 攻撃用意!」
俺は、ゴブリンの先行部隊が真下を通過していく音を捉えた。
かなりゴブリンも混乱し、騒いでいるのが分かる。
そして、ゴブリンの一部が助けを求めて、狩り穴の方へ向かっていくのが分かった。
「間もなく顔を見せるぞ! 各自の判断で攻撃を開始しろ!」
俺が指示を出した数秒後、一人の剣士がスラッシュを放った。
ゴブリンの断末魔が聞こえた。
その後、連続してスラッシュが放たれ、またその合間に炎法術師たちのファイヤーボールが穴の中に打ち込まれていく。
HZ83の内部はもはや耳を当てなくても、魔物たちの叫び声が聞こえてくる。
「そろそろイビルモールも出だすぞ! 周囲を警戒しろ!」
散開する剣士たちに声をかけた。
その数秒後、「出た!」という声が背後で聞こえた。
そこには地面が盛り上がり、鼻先を突きだしたイビルモールがいた。
「任せろ!」
一人の剣士がタイミングを合わせ、吹き矢を吹いた。
その直後、イビルモールは大きな鳴き声と共に絶命した。
それを見届けた直後、あちこちから「出た!」という声が上がり始めた。
新穴はかなり広範囲に広がっていたようで、次々と各所でイビルモールが顔を出しては討伐されていく。
俺は戦況全体を俯瞰し、
「今のところ順調だな……」
と、安堵の息を吐いたまさにその直後だった。
<緊急事態! 東の空を見ろ!>
ヨハンの叫び声が通信で俺の耳に届いた。
俺はとっさに振り向き、東の空を見た。
そこには間違いなくさっき見た、脅威の存在がいた。
<ワイバーンだ!>
俺の背中に戦慄が走った。
<それも、陸亀を抱えているぞ!>
そこには中型種の陸亀を抱えたワイバーンが迫っていた。
俺は唇を噛み、遠のきかけた思考を無理やり引き戻した。
俺はワイバーンを指差し、あらん限りの声を張り上げ、
「皆吹き矢を構えろ! 何としてもワイバーンを落とせ!」
と叫んだ。
俺の叫びを聞いた者たちは、俺が指さす方を向いて、吹き矢を構え、矢じりを打ち出した。
だが、放たれた多くの矢じりは上空のワイバーンから逸れ、運良く当たったものも、その硬い表皮に阻まれて弾き落とされてしまう。
万事休すかと思われた、その時だった。
「俺に任せろぉぉぉぉ!」
という叫び声が聞こえた。
声の方向を見ると、ベンが輝く矢じりをセットするのが見えた。
(あの矢じりは!)
それは昨日、冒険者ギルドで限定販売されていた聖属性の鉄の矢じりだった。
購入者が殺到したため、最終的に競りになり、ベンが競り勝って得た虎の子の逸品だ。
ベンは慣れた手つきで吹き矢を構え、あらん限りの空気を吹き矢に吹き込んだ。
矢じりは高速で吹き出され、その矢じりはワイバーンの首元に刺さった。
そして、大量の血が噴き出て、ワイバーンはバランスを崩し、高速で地面に墜落した。
ワイバーンに抱えられた中型種の陸亀も地面に叩きつけられたが、それは首と足を縮めた状態だった。
「ベン! お前はワイバーンに止めを刺せ!」
俺が叫ぶと、ベンはサムズアップしてワイバーンに向かって走って行った。
「ハンクと他二名、俺についてきてくれ! 陸亀の動きを封じるぞ!」
俺が走り出すと、ハンクとここの狩り穴を使っていた、ヒューイとそのパーティーメンバーが俺に続いた。
俺は続く三人に、
「甲羅は硬くて抜けん。だから、足の関節の隙間を四方から刺突で刺し通すぞ!」
と指示を出した。
三人は「おう!」と返事を返し、陸亀の四方に回り込んだ。
墜落した陸亀は地面にめり込んでいたが、足と首を出し、立ち上がろうとしていた。
中型種とは言え、ブレスを吐かれればただでは済まない。
俺は輝く剣を抜き放ち、全力で叫んだ。
「合わせろ! 三、二、一!!」
「「「「刺突」」」」
四人は同時に陸亀の足の関節を貫き通した。
陸亀は痛みで雄叫びを上げた。
しかし俺は油断していた。
その雄叫びを上げた陸亀が、怒りの矛先を俺に向けた。
奴は首をあらん限り伸ばし、自分の右足を刺し通した俺の方へとブレスを吐こうとした。
その時、
「火球!!」
叫び声と共に、右横合いから陸亀の顔をめがけてファイヤーボールが着弾した。
今にも吐き出されようとしていたブレスは中断された。
その叫び声の主は、配置を離れ走りながら法術を放ったフィーネさんだった。
しかし、着弾したファイヤーボールの火が消えた後、陸亀は閉じていた目を開き、新たな目標に向けて口を開いた。
その先にはフィーネさんがいた。
フィーネさんの目が見開かれた。
俺はそれを見て、
「こなくそぉぉぉぉぉぉ!!」
雄叫びを上げながら、剣に法力を込めるのも忘れて、陸亀の横っ面に渾身の一撃を撃ち込んだ。
耳に刺さるような金属音と共に剣は弾かれたが、陸亀の首は目標から逸らされ、溜まったブレスはフィーネさんの右側数メルトをかすめて通過して行った。
俺は痺れた右腕を庇いながら、奴の正面へと回り込む。
左手でポーチから発破法術具を取り出すと、口を使って強引にストッパーを引き抜き、そのまま歯でダイアルを回し切った。
「俺のフィーネに手を出すんじゃねぇぇぇぇぇぇ!!」
俺は枯れんばかりの叫びとともに、開ききった奴の口の中へと法術具を投げ込んだ。
奴は突然飛び込んできた異物に驚き口を閉じた。
まさにその時、奴の体内で爆発が起こり、奴はあらゆる穴から血を噴き出し、声もなく息絶えた。
一瞬の静寂がその場を支配した。
そして、大歓声が草原を駆け抜けた。
フィーネさんを見ると泣きながら笑っていた。
俺は彼女に走り寄り抱き寄せた。
「無事で良かった!」
俺も涙がこぼれてきた。
「こ、怖かったよぉぉぉぉ」
とフィーネさんは俺の肩に顔を押し付けて、大声で泣き出してしまった。
俺は固く彼女を抱きしめた。
しかし、その一時の安堵は俺の耳に聞こえてきた声で掻き消えてしまった。
<ゲイル! デカい亀がブレスを吐くぞ伏せろ!>
ヨハンが大声で叫んだ。
俺はフィーネさんの上に被さるように伏せた。
ヨハンの大声は通信で聞こえただけでなく、周辺に散開していた者たちにも聞こえ、全員が反射的に地に伏せた。
そして大音響と共に熱い暴風が俺たちの上を通過した。
フィーネさんを見ると彼女は無言で頷き、自分の無事を知らせた。
恐る恐る俺は周りを見たが、全員無事なようだった。
どうやら、ダンジョンボスは射程外からブレスを吐いたようだ。
(第二射までの間がチャンスだ!)
俺は角笛を取り出し、三回笛を鳴らした。
それは、あらかじめ決めていた、全員撤退の合図だった。
合図と共に、散開していた剣士たちが全力で駆け出すのが見えた。
俺は次に狩り穴へ目を向けた。
そちらは、予定通り攻撃班が油樽を投げ込み、炎法術師がそれに火を点けているのが見えた。
点火を確認した後、攻撃班の剣士たちも全力で駆け出した。
俺はヨハンが乗っていた馬車を探した。
ヨハンはどうやら、ブレスから馬を守るため、射線軸から馬車を退避させていたようだ。
間もなく、ヨハンは馬車を法術師たちの元につけ、彼らを乗り込ませた。
俺はそれを見届けた後、
「フィーネさん、俺の背中につかまってください」
と言った。
「え!?」
彼女は驚いた顔をしたが、俺は半ば強引に彼女をおぶった。
「全力で逃げますよ!」
俺が声をかけると、
「はい!」
と彼女は答え、俺の背中にギュッと抱きついた。
俺は俺たちを追ってくる陸亀の群れを一瞥した。
距離はまだ目測で千メルト以上離れていた。
「やりましたね。ゲイルさん」
フィーネさんもそれを見て呟いた。
俺は、
「やれたのは君のおかげだよ」
と答えて、陸亀の群れに背を向け、駆け出した。
互いに伝わる体温が互いの無事を告げていた。
俺たちは今生きている喜びを感じながら、草原を駆け抜けた。




