第82話 モグラ狩りたちはスタンピードを察知する
オーガとコボルトの一団を討伐し、俺たちはマナエルへの帰路の馬車に揺られている。
「ああ~、やっぱりあのイビルホークは勿体なかったな〜」
ベンが愚痴をこぼす。
「いい加減にしろ。その愚痴、十回目だぞ!」
ハンクがベンを諌める。
「だって、吹き矢で落とした、傷の少ない最上の獲物だぞ!」
「だからさっきから何度も言ってるだろ! 作戦行動が終了次第、手薄になっているマナエルに急行しろっていう、将軍の命令だって!」
そう、将軍たちとの作戦会議の際に、俺は作戦終了後の行動も命令を受けていたのである。
「将軍は作戦行動中に回収できなかった素材分は後で精算するって言ってくれたんだ。それで満足しろ」
俺もベンに一言言う。
「それに、四台の馬車に六十人が乗ってるんだぞ。あんな巨鳥を乗せる余地はない」
ハンクが俺の言葉に付け加える。
「イビルホークのためなら俺は歩く」
ベンは自分の吹き矢で落とした獲物なので、どうしても諦めがつかないようだ。
俺たちの会話が、十一回目の堂々巡りに入ろうかという時、
「おい、あっちに土煙が上がってるぞ」
ヨハンが外の異変に気がついた。
「フィーネさん、探知できますか?」
俺は隣に座るフィーネさんに声をかけた。
フィーネさんは土煙が上がっている方向を向いたが、
「無理です。この距離では探知範囲外です。すみません」
と答えた。
「ヨハン、望遠監視の法術具で見てくれ」
「分かった」
箱にしまってあった法術具を取り出し、ヨハンに渡した。
ヨハンはそれを覗くと、
「亀だ」
「亀?」
「そう、陸亀だ。それも大きい」
俺はそれを聞いた途端、嫌な予感がした。
「チャック、地図を出してくれ」
「分かった」
俺は広げられた地図を見る。
今俺たちは、最短ルートでマナエルに向かわず、HZ82沿いに南下して、通称『交差点』と呼ばれる東西南北の横穴が交差する地点へと向かっている。
それは、地下の横穴に沿って、地上にも道が形成されているからだ。
徒歩なら道を無視してショートカットできたが、馬車の移動では道を通る必要があったからだ。
俺は地図上のだいたいの現在位置を指差した。
そして、土煙の方向へ指をなぞり、俺は目を見開いた。
その表記を見た途端、口の中から一気に水分が失われた。
そのなぞった先にあったのは、
「トータスダンジョンだ」
俺は乾いた口で、その名前を絞り出すように呟いた。
「トータスダンジョンだと!?」
ハンクが叫ぶ。
「トータスダンジョンって、あの厄災戦のスタンピードを起こした!――」
フィーネさんも叫ぶ。
「ああ、間違いない。あの大きな陸亀は、ダンジョンの名前の通り、トータスダンジョンのダンジョンボスだ」
俺は驚愕の事実に頭が真っ白になった。
しかし、事態はさらに驚くべき方向に進む。
「あれを見ろ!」
ヨハンが指をさす。
「何か空に浮かんで……いや、ものすごいスピードで何か近づいてくるぞ!」
ハンクが口を開いて見つめる先に、それはいた。
「ワ、ワイバーンだ!」
ヨハンがその正体を言うが早いか、三十匹以上のワイバーンが高速で俺たちに近づき、頭上を飛び去って行った。
俺たちはその脅威に縮こまりつつ、ワイバーンが飛び去った先を見つめた。
「ワイバーンがマナエルに向かったぞ!」
ハンクがそう言った直後、ヨハンが口を開く。
「それだけじゃない。ワイバーンの背中にゴブリンジェネラルが乗ってた」
「まさかワイバーンで城壁を突破して、ゴブリンジェネラルを降下させて主要区画を制圧するつもりか!?」
ハンクが恐ろしい予想を口にした。
俺は事の重大さに思考が追いつかず、放心状態だったが、
「ゲイルさん! ゲイルさんしっかりしてください! ゲイルさん!!」
フィーネさんが肩を揺らし、俺を放心状態から解放してくれた。
「す、すまない……」
俺は歯を食いしばり、無理やり思考を立て直した。
「どうするゲイル?」
ハンクが尋ねる。
「………ワイバーンはもう間に合わない。だが、敵の本隊はまだここに達していない。まずはこの情報を領主様と将軍に伝える必要がある」
「だが、馬車では時間がかかるぞ」
「馬車から馬を切り離す。誰か馬に乗れるやつはいるか?」
「法術師の中に騎士爵家の人がいたはず。私が聞いてくる」
フィーネさんが馬車を降りて、後ろに続く馬車に走って行った。
「ヨハン、亀の群れの前に他の魔物は見えるか?」
「………いや、見えない」
「トータスダンジョンの魔物は上層はゴブリンがメインで、下層は亀がメインだ」
「そうか。亀の群れの前にゴブリンがいないとおかしい」
ハンクが答える。
「そうだ。奴らはひょっとすると横穴を使ってるのかもしれない」
「オーガも横穴を使っていた。十分あり得る」
「なら、やりようはある。全員に状況説明と意思確認を行う。みんなを集めてくれ」
「分かった」
ハンクが急いで後方の馬車に走って行った。
(これは正規の作戦じゃない。果たして何人残ってくれるか……)
ハンクと入れ違うようにして、フィーネさんが二人の法術師の女性を連れて走って来た。
「ゲイルさん、連れてきました! レビさんとパナメラさんです」
「ありがとうございます。実は――」
俺はその二人に今の状況を話し、早急に伝令の必要があることを伝えた。
「「了解しました!」」
二人は何の質問もなく素早く返事をした。
俺は乗っていた馬車から二頭の馬を離し、二人にそれぞれ馬を渡した。
「道から逸れるとイビルモールの横穴があるかもしれません。基本的に道沿いに進んでください。焦りは禁物です」
「分かりました」
レビさんが答える。
「ウルフ系の魔物も出ます。気をつけて」
「索敵しつつ、法術で牽制して走りますので大丈夫です」
今度はパナメラさんが答える。
「お二人ともよろしくお願いします」
「「お任せください!」」
そう言うと、二人は慣れた様子で馬を操り駆け出して行った。
「ゲイルさん、これからどうするんですか?」
フィーネさんが心配そうに俺を見つめる。
「敵の本隊を足止めします。フィーネさんはこのまま帰投してもらってもいいですよ」
俺がそう言うと、フィーネさんは頬を膨らませて、
「もう! 何でそんなこと言うんですか! 私も残るに決まってるじゃないですか!」
と怒って、俺に詰め寄ってきた。
「でも、これは正規の作戦行動ではないし、失敗すれば死ぬかもしれないんですよ?」
「私も冒険者の端くれです。戦って死ぬ覚悟なんてとっくにしてます! それに……」
「それに?」
「ゲイルさんのこと信じてますから。もし、死ぬことになっても、愛する人と一緒に戦って死ねるなら、悪くない人生だと思います」
そう言って彼女は満面の笑みを浮かべた。
思わず目頭が熱くなった。
(とても嬉しい! こんな俺を信頼してくれて、そして、愛してくれて……。こんなことを言うと怒られるだろうが、もし、俺が犠牲になって彼女が助かるなら、きっと彼女を救ってみせる! 俺はもう逃げない!)
俺はそう固く決意した。
草原を駆け抜ける風が、魔物の軍勢の雄叫びを運んできた。




