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第81話 魔王軍幹部の飲む勝利の美酒は敗北の酢となった

美しいクリスタルのグラスに注がれた、血のように赤い最高級の美酒を眺める。


「ああ、最高の気分だわぁ」


そう、私はこの勝利の美酒を味わいながら、最高の結果を待っているのだ。


私の立てた計画は完璧。


後は勝利の報告を聞くだけ。


この勝利で私の花々しい未来は確定する。


「ああ、早く報告が来ないかしらぁ」


そう呟くと、執務室のドアがノックされる。


(来たわぁ!)


「どうぞぉ」


「失礼いたします」


官吏服を着た男が入ってくる。


「リリス様、ただ今戻りました」


男が一礼する。


「ネロ、帰ったのねぇ」


(まあ、まだ戦いは始まったばかり、勝利の報告には早いわね)


「リリス様、お酒を召し上がっておられるのですか?」


「ええ、あなたからの報告を聞いて、今日はもう仕事を切り上げたのよぉ。あなたも飲むぅ?」


「いいえ、私はこの後も重要な任務がありますので、遠慮いたします」


「そう、あなたは仕事熱心ねぇ。いいわぁ、私の若い時のよう」


「ありがとうございます。少々酔いが回っておられるご様子ですが大丈夫ですか?」


「大丈夫よぉ。今日は気分が良いから、あなたに私の勝利の計画の全てを教えてあげるわぁ」


「身に余る光栄です」


ネロは一礼し、私の対面に座った。


「私は今日の日のために特別にゴブリンたちを育ててきたのよぉ」


「それはどのように……」


「ふふ、それはねぇ、私の自慢のスライムにゴブリンたちの死骸を大量に食べさせて、たくさんの魔素を吐き出させたのよぉ」


「ゴブリンの死骸ですか? 一体どのくらいの量を……」


「分からないわぁ。そんなの数えるのも面倒くさいもの。でも、百万くらいは殺させて食べさせたかもぉ」


「殺させてとは、ゴブリンに同族を殺させたのですか?」


「そうよぉ、それ以外に方法はあるぅ?」


ネロは小刻みに震えだした。


「よ、よくそんなことをゴブリン族の長が容認しましたね」


「だってぇ、あいつらは自分たちが頑張って取ったマナエルを、簡単に奪い返されて悔しがっていたんですものぉ。だから、私が手を貸したのよぉ」


「ゴブリン族の長は全て同意して、実行したのですか?」


「そうよぉ、私が種族進化の方法と技術、進化を促す宝具を彼らに与えたのよぉ。最初は躊躇ためらってたみたいだけどぉ、勝利のために犠牲を払うってあいつらは決断したのよぉ」


「何という……」


「ネロ、成功を、勝利を得るためには手段を選んじゃだめなのよぉ。あなたなら分かるでしょぉ」


「私には……」


「いいわぁ、また私が指導してあげるわ。素直に聞きなさい。ゴブリンたちは私の言うことを聞いて成功したのよぉ」


「その他にも何かなさったのですか?」


「ええ、教えてあげる。ゴブリン集落の地下に巨大な地下空間を作らせたのよぉ」


「地下空間ですか?」


「そう、せっかく作った魔素をまき散らしちゃもったいないでしょ? だから、地下空間を作ってそこに魔素を満たして、ゴブリンたちの進化を促したのよぉ」


「地下にゴブリンたちを住まわせて、人間たちにはどうやってバレないようにしたのですか?」


「簡単よぉ。幻影の魔導具で集落の様子を見せたのよぉ。まあ、よりリアルな偽装のため普通のゴブリンも多少放ったけどぉ」


「その魔導具は魔王国の秘宝だったはずですが……」


「そうよぉ、私が魔王様に願って使わせていただいたのよぉ。そう、私だから魔王様はお許しになったのよぉ」


「しかし、幻影には実体がありません。いくら偽装のゴブリンがいても人間が現地に入れば……」


「ハハハハハハ。それが大丈夫なのよぉ。愚かな人間はお金にならないって理由だけでゴブリンを狩らないんですものぉ。人間どもは騙されて、最後までゴブリンの数は十万だと思っていたわぁ。そんなわけないでしょうに、バカな連中よねぇ」


「それで、今のゴブリン族の数は……」


「《《精鋭一万名》》。偽装用のゴブリン以外は全員ゴブリンジェネラル以上よぉ。ゴブリンキングが指揮を取り、ゴブリン族の長は今やゴブリンエンペラーになっているんですものぉ。負けるはずはないわぁ」


「百万を犠牲にしてですか……」


「そう。そのおかげで勝てるんですもの。武器だって鋼鉄製の武器と隊長クラスには魔剣を与えたんだから。もう、負ける要素はないわぁ」


(ネロが顔を伏せて震えている。きっと感動してるのね。何か左耳にはまった青色の魔石が光ってるわね……)


「………分かりました」


「分かってくれたぁ? ネロ」


「はい、分かりました………貴女の最後の時が」


「え? 最後って……」


ネロが立ってドアに向かって歩いていく。


そして、ドアを開ける。


「お別れの時です」


ネロがそう言った途端、黒服の男たちが入ってくる。


「無礼でしょ! ここは情報局局長の私の執務室なのよ!」


「情報局局長リリス、貴様にはコボルト族、オーガ族、魔鳥族からの訴状が届いている。同行願おう」


「コ、コボルト族!? 私はコボルト族なんかと関係はないわ! ま、魔王様に会わせなさい!」


「その魔王様が許され、お前は裁判にかけられることになった」


「待ちなさい! オーガ族は私の指示で精鋭二百名を敵軍の奇襲のため派遣したはずでしょ! 彼らから訴えられる筋合いはないわ!」


「オーガ族は情報局からの正しい情報が得られず、結果、精鋭百名が敵に討ち取られた」


「ネロ! あなた言ったわよね!? 精鋭二百名が隠し通路に入ったって!」


「はい、言いました。オーガたちは確かに隠し通路に入りました」


「でしょ!? 何かの間違いよ!」


「これがその隠し通路の現在の様子だ」


黒服の男が魔導具を発動し、映像を見せる。


そこには煙を上げる隠し通路の入り口が見えた。


「お前の命令で隠し通路に入ったコボルト百名、オーガ九十名は焼死した。その他、十名が入り口付近で惨殺され、イビルホークの死体も現場で見つかった」


「か、数が違うわ! それに、コボルトもイビルホークも呼んでないわ!」


「魔鳥族は敵が使った笛でイビルホークが誤誘導されたと主張している。街を諜報しながら、そんな恐ろしい兵器を見逃し、重要な情報を魔鳥族に届けなかったことは重罪だ」


「そ、そんな……ねえ、ネロ。嘘でしょ。嘘と言って」


「言ったはずです。お別れだと。この結果は傲慢な貴女が蒔いた種です。貴女自身が刈り取るべきです」


「あなた! 目をかけてやったのに、裏切る気なの!」


「続きは法廷で話せ。おい、あれを飲ませろ」


もう一人の黒服の男が、盆にのったグラスを持ってきた。


そこには、血が変色したようなどす黒い液体が入っていた。


「いやよ! こんなもの飲まないわ!」


「法廷で偽証ができなくなる薬だ。心にやましいことがなければ飲めるはずだ」


「そ、そんな……」


「強制的に飲ませることもできるのだぞ」


「い、いいわ飲めばいいんでしょ」


私はグラスを取って一口飲んだ。


途端にその酸っぱさと苦味にむせ返った。


「ごほっ、ごほっ! こ、これは苦味が入った酢じゃないの!」


「罪人には苦渋の酢を飲ませることが魔王国の法律で定められている。全て飲め!」


「む、無理よ!」


「おい、飲ませろ」


その男が指示すると、二人の男が私の両脇を抱え、グラスを持った男が私の鼻を強くつまんだ。


「痛い! やめ! 止めてぇぇぇ!」


私は強制的に飲まされた酢に激しくむせ返って、倒れてしまった。


「立たせろ」


再度、先ほどの黒服の男たちが私の両脇を抱え、強制的に私を立たせた。


そして、ネロが衝撃的な言葉を口にした。


「先ほどダンジョン管理局から連絡が入りました。今からトータスダンジョンをスタンピードさせ、もう一度、マナエルを奪還すると」


「え? あなた……」


「貴女には領軍と冒険者たちを引きつけてくれて感謝すると、キマリス様からの伝言です」


「あなた……スパイだったの?」


「愚かですね。情報局局長なんて肩書を持ちながら、スパイ一人見抜けないなんて。貴女には諜報の能力がある。だけど、それを使って私を調べなかった」


「だって、私の能力は全部人間たちに投入して……」


「貴女は多くの貴族たち、有力者たちの情報を得て出世したんじゃなかったのですか? なぜそれを部下にも使って調べなかったのですか?」


「部下は私に従って当然じゃない! みな、魔王国に仕える官吏なんだから!」


「その結果がこれです。貴女は敵に負けたから敗北したんじゃありません。自分より身分の低い者を見くびったから敗北したんです。知り得たはずのことを知ろうとしなかったこと、それが貴女の敗因です」


そう言い残すと、ネロは背を向けて去って行った。


「そ……そんな……」


とめどなく流れる涙が床を濡らしていく。


「連れて行け」


冷たい男の一言で、私は引きずられるように執務室を後にした。


その時、私は思った。


敗北とは、知り得た脅威を、知ろうとしなかった結果なのだと。


まだ残る苦さと酸っぱさと、涙の塩味が私の口を満たしていた。



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