第80話 ギルド支部長は深く後悔した
野戦用の簡易テントの中、伝令の冒険者が入ってきた。
「ヴァン支部長、各班、指示に従いゴブリン集落への進軍中です。ゴブリンとの小規模な戦闘が発生し、武器の破損などの被害は出ていますが、今のところ死傷者はありません」
「了解した。引き続き適時報告を徹底してくれ」
「了解いたしました」
俺は報告を聞き終わると、机上の地図に目を向ける。
俺は今、南の森の最奥の渓谷沿いに設営した指揮所にて、伝令報告によって冒険者たちの動きを把握している。
法力通信を担う通信士は各班に配置しているが、法力通信は法石の消費が激しく、定時連絡など通常の連絡は伝令を用いている。
法力通信はあくまで緊急時用として温存しているのだ。
俺たちは森の東側の湖沿いを迂回進軍し、森の最奥へと到着した。
迂回進軍中は特に敵の襲撃などなく、順調に進軍し、予定していた時間よりも早く指揮所の設営ポイントまで到着した。
俺たちは十カ所のゴブリン集落に対し、二千人を十の班に編成し、進軍を開始した。
作戦は四段階あり、
第一段階はゴブリン集落まで可能な限りの静かな進軍を行うこと。
第二段階は集落到着後に速やかに集落を包囲すること。
第三段階は合図と共に集落へ突入し、ボスを討伐すること。
第四段階はボスを失って混乱するゴブリンを追い立て、領軍が布陣する草原へ追い込むことだ。
今は第一段階が進行中だ。
「失礼いたします」
先ほどの伝令とは違う男が入ってきた。
「君は?」
「鍛冶師ギルドから派遣されました、整備士のジントと申します。前線から破損した剣と共にメモ書きが移送されて参りまして、ご報告に来ました」
「そうでしたか。それでそのメモ書きとは?」
「はい、メモ書きには、敵の武器の質が想定よりも良く、ミスリルの剣では対応が難しかったとのことです」
「敵の武器の質が良い!? 想定では敵の武器はゴブリン迷宮産の鉄のナイフや棍棒が中心となっていたが、そうではないのですか?」
「はい、メモ書きによると敵は鋼鉄製の短剣を使用しているとのことで、運ばれたミスリルの剣の破損状況も、メモ書きの内容を裏付けるような状態です。幸い、ギルドからリースされた剣で対応できたと書かれていました」
「武器を破損した冒険者たちに、予備の武器は行き渡っていますか?」
「はい。移送されてきた剣はすでに四十振りほどに上り、冒険者ギルド所属の鍛冶師の方々が急ピッチで予備武器の供給に当たっておられます。ただ現状、彼らはその対応で手一杯となっておりまして、私が代わってご報告に参った次第です」
「そうでしたか。代理の報告を感謝します。引き続き、剣の修理、修復をよろしくお願いします」
「はい、修理、修復につきましては、フォートラン商会の整備士の方が優秀で、私たちには余裕がありますので、ご心配なく」
「了解しました。また、何か異常があれば遠慮せずに報告してください」
「分かりました。では、失礼いたします」
敵の武器の質が想定よりも良いとの報告が気になる。
鋼鉄製の剣の製造は鍛冶場が必要だ。
こんな森の中のゴブリン集落に魔王軍の鍛冶師でもいるのだろうか?
ゴブリンが鍛冶をするというのは聞いたことがない。
「ご報告します!」
先ほどとは違う伝令の冒険者が入ってきた。
少し焦りの色が見える。
「どうした?」
「第六班が指定のゴブリン集落に到着しましたが、集落の様子がおかしく、このまま包囲、攻撃してよいか判断ができないとのことです」
「おかしいとは、どのようにおかしいのか、正確な報告をしてくれ」
「それが……特殊剣士隊の隊長方らが『集落に生活感がない』と言っておられまして……」
「集落に生活感がないだと!? ゴブリンがいないのか?」
「目視できる範囲にゴブリンは存在していますが、そのゴブリンがそこで生活している感じがしないとのことです」
(いったい、どういうことだ? 以前からの定期的な調査報告では、ゴブリン集落には異常がなく、数も一定の数から増減は無いと報告を受けてきた。だが、その集落に生活感がないなどというのは………)
「加えて、集落周辺には地下空間があるのではないかと、特殊剣士隊の方々が言っておられます」
(特殊剣士隊の面々は元モグラ狩りの冒険者たちだ。彼らは地下空間のスペシャリスト。ましてや特殊剣士隊の今の隊長たちハザエル、ルザン、ジバル、ジェフ、バレリーは過去最も多く横穴を発見したパーティーだ。彼らの言葉は無視できない)
「分かった。俺が直接出向いて判断する。案内を頼めるか?」
「わ、分かりました!」
「通信士、第三班のジュノーを呼び出てほしい」
俺が声をかけると通信士は「了解しました」と述べ、通信法術具を起動し、第三班のジュノーを呼び出した。
<どうかしたのか?>
「進軍中にすまない。集落に到着した第六班から、現地に不審な点があるとの連絡が入った。俺が直接確認に向かう」
<第六班は指揮所から一番近い集落だな。不審な点とは何だ?>
「集落に生活感がなく、地下に巨大な空間が隠されている可能性があるらしい」
<第六班は特殊剣士隊だな。分かったあいつらの言うことなら無視できない。こちらも集落に到着次第、慎重に様子を見る>
「俺に万が一があれば、お前に指揮を任せる。本部には留守役を置いていくので、何か不審な点があれば、本部経由で第六班に連絡してくれ。よろしく頼む」
<了解した>
俺は指揮所の警備役の冒険者に留守役を命じ、第六班のいる集落へ向かった。
伝令に導かれ、ゴブリン集落の手前まで到着した。
そこには特殊剣士隊百五十人に五十人の冒険者を加えた、二百人が待機していた。
「ハザエル、待たせたな」
「ヴァン、来てくれて良かった。結論から言うが、俺は全軍撤退を進言する。これは明らかに罠だ」
「お前が根拠もなく撤退などと言い出す男じゃないことは知っている。だが、今から全軍を引き上げるには時間がかかる」
「これを見てもそう言うか?」
ハザエルの手には魔素計が握られていた。
魔素計は色によって魔素濃度の違いを現す石だが、魔素が感知されない時は白で、濃度が上がるごとに黒く変色していく。
ハザエルの持っている魔素計は真っ黒だった。
「この魔素計は土を掘ってしばらく埋めたものだ。この森の土は異常に魔素濃度が濃い。空気も汚染されてる」
(確かに、空気中の魔素濃度が濃い。この森の位置はマナエルと同じくらいなのに、何故こんなに魔素が濃い?)
「俺は地下空間に魔素の発生源があると思う。地上の集落は偽装だ。奴らの拠点は地下にある」
(理にかなった説明だ。今はまだ冒険者たちの活動を阻害するほどの魔素濃度ではないが、これ以上、魔素濃度が上がると中級冒険者では活動が困難になる)
「分かった。全軍一時撤退の指示を出そう」
俺がそう言いかけた瞬間、ピタリと森から風の音が消えた。
直後、集落を囲い込むように次々と小規模な爆発が起こり、黒い土煙と共に、高濃度の魔素が暴力的な勢いで拡散され始めた。
「まずいぞ!早く撤退を!」
ハザエルが叫ぶと同時に、俺たちの後方で爆発が起こる。
「退路が断たれた!?」
「いや、まだ間に合う!」
俺はハザエルの言葉を否定した。
しかし、次に現れた存在によって、俺の発言は否定された。
「あ、あれはゴブリンジェネラル!?」
そう、ゴブリンジェネラルの軍団が地下から現れたのである。
「ごほ! ごほ! ごほ!」
周りの中級冒険者、特殊剣士隊の隊員たちが一斉に咳き込み始めた。
「まずいぞ! 魔素濃度が高すぎる。中級冒険者では耐えられないぞ!」
ハザエルが叫ぶ。
俺はS級冒険者として大深度ダンジョンに挑めるほど、魔素濃度の濃い環境でも大丈夫だが、今回の殲滅戦に参加した主力のC級冒険者たちでは、この濃度の魔素には耐えられない。
「ハザエル、お前たちは大丈夫なのか!?」
ハザエル、ルザン、ジバル、ジェフ、バレリーは平気な様子だ。
「俺たちはこの剣を持っているせいか平気だ」
五人は剣を掲げた。
「聖属性剣か!」
その剣は領主様から彼らに授けられた聖属性剣だった。
「このままだと、ゴブリンジェネラルの軍団に囲まれて全滅だ。この魔素濃度だと法力通信が妨害され、援軍は呼べない。ヴァン、道は俺たちが切り開く。こいつらを率いてここから脱出してくれ」
「しかしお前たちは!?」
「俺たちは奴隷剣士だ。命を捨ててでも領民を守る。お前たちが脱出したら、別の集落の冒険者たちの救援に向かう。キャンプには非戦闘職の整備士たちもいる。こいつらと一緒に撤退して、整備士たちを守って撤退させてくれ」
ハザエルがそう言うと、森のあちこち、そして、キャンプのある方向からも悲鳴が聞こえてきた。
「時間がない! 行ってくれ!」
「分かった。 全員集まれ!密集隊形だ!」
魔素にやられて動きが鈍くなっている者が多い。
だが、みな必死の覚悟で集まる。
「ルザン、ジバル、ジェフ、バレリー、道を開くぞ!」
「「「「おお!」」」」
ハザエルの掛け声と共に五人はゴブリンジェネラルの群に突撃して行った。
「続けぇぇぇ!」
俺も冒険者たち、特殊剣士隊を率いて突撃した。
ハザエル、ルザン、ジバル、ジェフ、バレリーは一斉にスラッシュを放ち、正面のゴブリンジェネラルたちに深い傷を与える。
続けて、戦斧を持ったゴブリンジェネラルたちを戦斧ごと斬り伏せる。
「何て攻撃力だ!」
俺は聖属性剣の威力を目の当たりにして驚いた。
「行けぇぇぇぇぇ!」
ハザエルが大声で叫ぶ。
「うおぉぉぉぉぉ! 炎斬撃!」
俺も正面のゴブリンジェネラルたちに攻撃を放つ。
今の一撃とハザエルたちの猛攻で、正面に突破口が開いた。
「続けぇぇぇぇ!」
俺たちはゴブリンジェネラルの包囲網を突破した。
俺は先頭を走りながら、歯噛みした。
(どうしてこうなった? いや、答えは明白だ。俺たちはゴブリンの脅威に対して、あまりにも無関心すぎたんだ!)
編成会議があったあの日、領主様が言っていた言葉が脳裏をよぎった。
俺たちが無関心でいる間にゴブリンたちは成長し、進化を続けてきた。
脅威とは無関心を食べて成長する生き物のようだ。
脅威の成長が人の成長を上回る時、脅威は現実となり人はその餌食となる。
俺は自分の不甲斐なさを噛みしめ、走り続けた。
口には切れた唇の血の味と、目から流れ出た涙の塩味が混ざり合い、満ちていた。




