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第79話 結界師は引き籠もれなくなった

俺は現在、整備士用の一人用テントに引き籠っている。


なぜなら、ボンボン隊長は俺を視界に入れると延々とわめき散らし、周りの業務に支障をきたすからだ。


俺だけの問題であるなら良いのだが、俺が原因で周りの業務を妨げるなんてことは許されないし、俺自身が許せない。


だから、俺は自主的に整備士用のテントに引き籠もることにしたのだ。


とりあえず、聖治癒師の仕事はロキ神父に一任し、ザインさんにはあのボンボン隊長と三流剣士たちが悪さをしないか目を光らせてもらい、ジンさんには魔物に対する周辺警戒の斥候役をしてもらうことにした。


「はぁ~、なんで護衛役の剣士隊を警戒して見張りを頼まなければならないかなぁ。もう少しクリストフ副隊長に権力があれば、良かったんだけどなぁ」


と、愚痴をこぼしていると、


「整備士長、次のミスリル剣の修復依頼が届きました」


と、フォートラン商会所属の鍛冶師の整備士が損傷した剣を持ってきた。


「はい、分かりました」


俺は何事もないように返事をしたが、内心「なぜこうなった?」と心の中で呟く。


俺は、いつの間にか『整備士長』などと言われるようになり、俺が引き籠もるテントも『整備士長のテント』と呼ばれるようになってしまった。


「別に俺は整備士長なんて名乗ってないし、誰かに任命されたわけでもないんだけどなぁ」


しかし、進軍時の道すがら感じたが、俺が何を言おうが結局、まつりあげられてしまう未来しかないと諦めるしかなかった。


ゆえに、言われるままを受け入れ、黙々と手を動かすことにしたのだ。


「どれどれ、うぅむ」


冒険者たちが森に突入して少し経つが、やたらと損傷する剣が増えている。


それも損傷具合から、何か硬質な武器、鋼鉄製の武器なんかを相手にして損傷したような剣ばかりだ。


「ああ、これもか……」


今、運ばれてきたミスリルの剣も折れた断面が、強引に折られたというよりは、硬質な武器で斬られている断面だ。


「まあ、折れていようが、斬られていようが俺の仕事はこれを修復することなんだが」


俺は折れた剣の断面を合わせ、圧力をかけながら無属性法力で包み込み、さらにその外側を結界で覆った。


その状態で、剣の柄からゆっくりと法力を流し込んでいく。


ある程度柄から法力が流し込まれると、結界の内側の法力が剣に流した法力と融合する。


そして、その融合する法力の流れに沿ってミスリルが軟化していき、ミスリル粒子が法力の中で均一分散してくる。


その均一分散の工程で、折れていた部分も互いにミスリル粒子が融合していく。


最後はもう一度、強く圧縮した上で余分な法力を体内に戻し、結界を解除すれば修復完了である。


修復後のミスリルの剣はとても良い輝きを放っている。


「さて、修復完了を誰かに―――」


と言って立ち上がろうとした時、俺は剣の柄に何か紙が結ばれているのを見つけた。


「何だろうこれ?」


俺はその紙を解いて、広げてみた。


そこには、この剣が損傷した際の状況が書かれていた。


俺はこれを読んで、俺が推察した『この剣の折れた理由』が正しかったことを確認した。


俺はこのメモ書きを早急に指揮官であるヴァン支部長に届けてもらおうとテントの入り口を開いたら、


「えっと………何をしてるんですか?」


そこに、整備士たちの小山ができていた。


俺がじっと見つめると、整備士たちは一斉に目をそらした。


「あのぉ……お仕事はどうされたんですか?」


整備士たちは冷や汗をかいて、しばらく耐えていたが、


「申し訳ございませんでした!」


と、口をそろえて謝罪し、一斉に土下座した。


俺は謝罪ではなく、理由を聞きたかったので、


「整備士長として命じます。理由を説明しなさい」


と、自分の立場を利用して命令した。


すると、さっき折れたミスリル剣を持ってきた整備士が口を開いた。


「せ、整備士長の修復した剣が、修復前の状態よりも上質な剣になってるのを見て、どうしても修復方法を知りたくて覗いてました!」


なるほど、さすが技術屋集団。


技術を追い求める好奇心が自制心に勝ってしまったようだ。


確かに、修復前のミスリル剣はミスリル純度が低く、普通の銀が混ぜられている感じだった。


サイモンさんなんかが鑑定していれば、低品質と断定されていたに違いない。


しかし、俺の修復方法ならば、ミスリルに銀が混ぜられていても関係ない。


元々、ミスリルは法力と反応した銀なので、銀に均一に法力を流し込んだら、銀はミスリルと化してしまうのだ。


結果、修復後の剣は修復前の剣より高品質の剣となるのだ。


自制心に勝ってしまうくらいに技術を追い求める人たちに何を言っても変わらない。


最近、ジョセフ様やエルノートさんを見てて悟ったことだ。


だから、俺はこれ以上何かを言うまいと決めた。


「謝罪は結構なので、各自の仕事をしてください。それと、この中に冒険者ギルド所属の鍛冶師の方はいますか?」


整備士たちは顔を見合わせるが、誰も名乗りを上げない。


すると先ほど発言した整備士が、


「現在、損傷する剣の急増で、冒険者ギルド所属の鍛冶師たちは武器交換のために奔走しています。ですから、今はキャンプには冒険者ギルド所属の鍛冶師はいません」


どうやら、冒険者ギルド所属の鍛冶師にこのメモ書きを持って行ってもらうのは無理なようだ。


「では、鍛冶師ギルド所属の整備士の方はおられますか?」


俺が尋ねると、一人の整備士が手を上げ、


「私は鍛冶師ギルド所属のジントです」


と答えた。


俺は彼にメモ書きを託し、俺が修復した剣の状況を伝えた。


「では、よろしくお願いします」


「かしこまりました。お受けした説明通り、ヴァン支部長にお伝えします」


と言って、彼は指揮所に走って行った。


俺はテント前の整備士たちを解散させ、再び引き籠ろうとした時、背後に気配を感じ、振り向いた。


そこには、


「シド様、ご報告でやんす」


跪いたジンさんがいた。


「何かありましたか?」


俺が尋ねると、


「森の中の様子が明らかにおかしな状況でやんす」


「何がおかしいのでしょうか?」


「虫や鳥、小動物の気配が全く無いでやんす」


「……森全体にですか?」


「はいでやんす。あっしの経験上、大規模な罠がありそうな気配でやんす」


ジンさんの報告を聞いていると、聖樹の枝で作った指輪を通して、聖樹の呼びかけが伝わってきた。


「………聖樹の呼びかけがありましたが、ジンさんが言っている通り、森の中に大規模な罠が仕掛けられているようですね」


聖樹の分体は俺がテント内で預かっているが、常に指輪を通してスムーズな意思疎通が取れている。


俺自身は聖樹の呼びかけは信頼できると思っているが、ジンさんの報告と聖樹の呼びかけだけでは、ヴァン支部長に報告を上げるには、いまいち客観性に欠けると思った。


「ヴァン支部長に報告を上げたいのですが、もう少し客観性のある情報はありますか?」


「そうでやんすね……ゴブリンの足跡なんでやんすが、報告にあった十万匹が森の中で生活しているにしては少ない印象があったでやんす」


「それは、ゴブリンの個体数が想定よりも少ないってことですか?」


「そうでやんすね。足跡を見る限り、数字と実体が合ってないような印象でやんす」


俺はそれを聞いて、見えている少数の敵は囮で、冒険者たちはどこか敵の大規模な包囲網におびき寄せられているんじゃないかと感じた。


「ジンさん、そのことをヴァン支部長にご報告いただけますか?」


「了解したでやんす」


ジンさんがそう返事を返した時、指揮所の方からヴァン支部長が走り出て、森の中へと入っていくのが見えた。


(あの様子だと、俺たちと同じような報告を上げた人物がいたんだろうな……)


俺はそう思って、


「ジンさん。どうやら、誰かが俺たちと同じような報告をヴァン支部長に上げたみたいです。森の中のことは支部長に任せるしかありません」


「そのようでやんすね」


「ですが、こちらの安全確保は進めておく必要があります。申し訳ありませんが、整備士たちに『いつでも撤退できるよう準備せよ』と通達をお願いできますか?」


「了解したでやんす」


そういうとジンさんは急いで整備士たちへの呼びかけに走って行った。


「ミオ、キャサリン、メイさん……」


俺は三人の名前を呼んだが、その先の言葉を発すると、何か自分が三人だけが無事でいれば良いと思っているようで、言葉に出すことができなかった。


俺が少しモヤモヤした気分でいると、ザインさんが俺の方へ走って来るのが見えた。


(何か嫌な予感がするな……)


ザインさんの表情から俺はそう感じたが、ザインさんが俺の元に駆け寄って発した次の一言で、それはもはや予感ではなくなった。


「シド様、あのボンボン隊長と三流剣士どもが密かに逃げ出そうとしてます!」


俺はもはや引き籠っていられなくなった。




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