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第56話 結界師は産業革命を起こす

そう、問題は角笛の方だ。


角笛の命は穴の大きさと穴の位置の統一にある。


同じ大きさの穴が同じ位置にないと同じ音が鳴らない。


俺が加工した角笛は偶然にもイビルホークの鳴き声に近い音を発した。


この特性はこの角笛の商品価値として維持したい。


幸い、ダンジョンドロップであるゴブリンの角は判を押したように均一だ。


だから、均一な位置と大きさの穴が開けられれば問題はクリアだ


「ミオ、さっきの肉片みたいなの貸してくれる?」


「いいよ。はい」


「ちなみに、浄化は済んでるよね?」


「当たり前でしょ!」


肉片を手に取ってみたが動かない。


ミオはどうやって動かしていたんだろう?


「ミオ、どうやって動かしてたのこれ?」


「え? 法力をちょっと送ると動くけど」


言われた通り、法力を送ってみる。


そうすると、規則正しくくねくねと動いた。


「ミオ、この肉片ってこの動きをするものばかり?」


「そんなことないよ。何種類かあって、それみたいに横に首を振るタイプもあれば、縦に伸び縮みしたり、ぶるぶる震えたりするものもあるよ」


「とりあえず、肉片を種類ごとに十個ずつ持って来てくれるかな? あと、ゴブリンの角も三十個くらい」


「分かった」


「ミオ殿、手伝いますぞ」


「私も行ってきまぁす」


ミオにダンさんとエミリーさんがついて行った。


俺はおぼろげにイメージする形を結界で形にすることにした。


先ずはテーブルに肩幅くらいで正方形の板状の青色半透明の結界を作成した。


そして、完成品の角笛をその板状の結界に押し当てるようにして、半分埋まるよう結界を変形させた。


その時、角笛の穴は真上に向けた。


これは角笛の穴を開ける際に、角を固定する型枠を作る工程だ。


「ほう、器用なものだね」


ジョセフ様が感心したように覗き込む。


「お見事です」


エルノートさんもキラキラした目で覗き込む。


「シド、さすがですわ!」


キャサリンが鼻息を荒げながら覗き込む。


この三人、大丈夫だろうか?


「まだまだですよ」


俺はもう一枚、青色結界と同じ幅と厚みの赤色半透明の結界を作り、先ほどの青色結界上の角笛を挟み込むように位置を移動させつつ、角笛の形に沿って赤色結界を凹ませた。


「おお、あっという間に型枠が完成した。驚異的な技術だね」


「お見事です」


「ああシド、緻密な結界裁き、さすがですわ!」


「いえ、まだまだこれからです。おっちゃん、ミスリルのインゴットってあるかな?」


「ミスリル!? うちは武器専門の鍛冶屋じゃないから、無いぞそんなもん」


「シド様、ミスリルのインゴットならございます」


そう言って、エルノートさんは亜空間バッグからミスリルのインゴットを取り出した。


「良いんですか?」


「構いません!」


「じゃあ、工房で買い取ります。サイモンさん、良いでしょうか?」


「もちろんだ」


「じゃあ遠慮なく」


俺はミスリルに法力を流し込みつつ、揉むように変形させ始めた。


「「「「「な!」」」」」


みんな口を空けたまま俺の手の中のミスリルを見ている。


まあ、上手くいくかは五分五分だったが、やっぱり上手くできた。


ミスリルは鉄に比べて柔らかいから、法力を練り込むようにすれば熱を加えなくても変形するような気がしたのだ。


俺はミスリルを一つまみ取り分け、きりの先端部分のように尖らせ、先ほど型枠に入れた角笛の穴の径に合うよう調整した。


そして、余分な法力が抜けてミスリルが硬化するまで少し静置した。


俺は再度ミスリルのインゴットからひとつかみの塊を取り、今度は細長く伸ばしていった。


俺は以前、麺打ち職人が麺を引き伸ばしていたのを見たことがあり、その麺打ち職人が生地を伸ばしていく様子を思い出しつつ、ミスリルを伸ばしていった。


その結果、ミスリルの針金が出来上がった。


俺はミスリルの針金を適当な長さに切り、これもしばらく静置した。


先ほど形成した赤色結界にミスリルのきりを固定するため、もう一度、角笛をはめ込んで、角笛の穴の位置を確認した。


俺は赤色結界の上から見て、角笛の穴の位置に合わせて結界に穴を空けた。


次にミスリルの針金をきりの根元に接着するよう、法力を流しつつ指で揉んで両者を接続した。


その針金が接続されたきりを先ほど空けた赤色結界の穴に差し込み、下の角笛にちょうど刺さるよう位置調整をして、結界をすぼきりを固定した。


「よし、これで原型はできた」


俺は新しい角を下の青色結界にはめ込み、そして、上の赤色結界から出ている針金に手から法力を流し込みつつ押し当てるように下に押し込んだ。


すると角にミスリルのきりがスッと入っていき、最初に作った角笛と同じ位置に同じ径の穴を開けることに成功した。


「よし! 後は同じ繰り返しだ」


俺は同じ工程を八回繰り返し、一枚の正方形の結界に九つの角がはまるよう調整した。


個数を十個にしなかったのは、三掛ける三のバランスで結界を正方形に保ちたかったからだ。


これは後の工程に関わるこだわりだ。


俺の作業が一段落したところで、倉庫区画からミオたちが戻ってきた。


「シド、言われた通り持ってきたよぉ。あと、お父さんからの差し入れのお茶とお菓子をナナちゃんが持ってきてくれたよ………………って、どんな状況これ?」


気付くと、俺以外の作業区画にいた人が全員無言で固まっていた。


「「「「「う」」」」」


「「う?」」


「「「「「うおおおぉぉぉぉ!」」」」」


そして作業区画は叫び声で満ちるのであった――――。



その後、ナナちゃんが差し入れを持ってきてくれたこともあり、戻ってきたエミリーさんとダンさんに頼んで、著しく興奮状態にある面々を食堂へ連れて行ってもらい、俺はミオが持ってきてくれた肉片をチェックすることにした。


俺がチェック作業をしている向かいで、ミオは頬杖をつきながら俺を見ている。


「なんだか久しぶりに二人っきりだね」


「そうか? 訓練の時はいつも二人だろ?」


「そう言うんじゃなくって、シドとゆっくりした時間を過ごすのがって意味!」


「まあ、俺は作業してるけどな」


「それでも良いの!」


「そうか」


「私、成人して冒険者になったらシドと二人で冒険に出るだって思ってた。でも気づいたらこんなにたくさん周りに人が集まって、一緒になって工房を始めようとしてる。なんだか不思議な気分」


「嫌か?」


「ううん、嫌じゃない」


「そっか」


「でも、時々はこうやってシドとゆっくりした時間を過ごしたいな」


俺は顔を上げてミオを見た。


「そうだな。俺もなぜだか分からないけど、自分が少し急ぎすぎてる気がする」


「そうだよ! 私も頑張ってついて行ってるんだからね!」


俺は真剣にミオの目を見つめた。


「ミオ、ありがとうな。いつも俺についてきてくれて」


「ちょ! 何よ急に見つめてお礼なんて! は、恥ずかしいじゃない……(ごにょごにょ)」


「ははは、ごめん。でも、俺もこれからは時々休みを入れて、ゆっくりミオと過ごせる日を作るよ」


「ホント?!」


「ホント、ホント」


「じゃあ、指切りだよ!」


「ああ」


そう言って、俺たちは見つめ合って指切りをした。


すると、入口の方から声がかけられた。


「おほん! シドさん、ミオお姉ちゃん、いい雰囲気をお邪魔してごめんなさい。お茶が冷めちゃいますから持って来ました」


そこにはニコニコ笑うナナちゃんが立っていた。


「ナナちゃん!」


ミオは急に赤くなって両手で顔を覆った。


「ナナちゃん、ありがとう」


「どういたしまして。みんなシドさんのことで大盛り上がりですよ」


「はは、まあ、あんまり巻き込まれたくないかなぁ」


「そうだと思いました」


「ナナちゃん、ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけど」


「はい! 私も見つめ合って指切りしましょうか?」


「はうぅぅ!」


ミオが追加ダメージを食らう。


「それは、またの機会にしよう。ナナちゃん、孤児院の子たちって、工房のお仕事頼めるかな?」


「はい! もちろんです」


「じゃあ、これから作る製造機械のテストに付き合ってほしいんだ」


「分かりました!」


「ミオ!」


「はうぅぅ!」


「いつまでダメージ受けてるんだ?」


「だってぇ」


「ナナちゃんと一緒に行って、みんなを食堂から連れてきてくれ」


「分かったぁ」


俺は肉片をチェックしていて、俺のイメージに合った肉片を見つけた。


その肉片は法力を流している間は縦方向に縮み、法力を止めると元の長さに戻る性質を持っていた。


俺は先ほどの青色の結界と赤の結界をサンドイッチするように二枚の緑の結界を新たに形成した。


赤の結界からは九本の針金が出ているため、上の緑の結界は空中に固定して針金に触れないようにした。


俺は先ほどの肉片を先ずは下の青と緑の結界の間に正方形を描くように四本配置した、形としては緑色の床面に青色の天井を支える四本の柱が立っていると言った感じだ。


次に青色の結界の上に赤色の結界を置き、赤色の結界の上にも下と同じ位置に四本の肉片の柱を立て、その上に緑の結界を乗せた。


これで二階建て屋上付きの家の骨格のような構造物ができた。


俺は肉片を均等に結界に沈み込ませた後、穴を絞るように肉片を結界に固定した。


「うーん、このままだと赤色の結界から出ている針金が柱に触れてしまうかもな」


俺は、針金の配線を工夫して柱に触れないように、色々な角度に曲げたが今一上手くできない。


「うーん⋯⋯ああ、そうだ」


俺は針金を結界の中を通して一箇所から束ねて出すイメージで結界を変形させた。その結果、九本の針金は見事に束ねられて、肉片に触れることなく、横から顔を出した。


俺は九本の針金を束ねて持って、指に法力を流して一本の針金に融合した。


俺はこの針金束と同じ要領で、八本の肉片にも針金を取り付け束にし、一本の針金として融合させた。


「できた」


俺がそのように呟いた所に食堂からぞろぞろと人が入ってきた。


「シド様、先ほどは失礼いたしました」


エルノートさんが真っ先に謝ってきた。


「気にしてませんから大丈夫ですよ」


「そちらは、先ほど作っておられた工作機械ですね」


「はい、一応形になりました。ナナちゃん、これの操作を教えるのでやってみてくれるかな?」


「はい! 喜んで!」


ナナちゃんは俺が用意した椅子に座った。


「ナナちゃんは法力操作をエル爺から習ってるよね?」


「はい、エルのお爺ちゃんに習ってます」


「じゃあ、先ずは右の針金に法力を流してみて」


「はい」


ナナちゃんが法力を流すと八本の肉片が一斉に縮んで、青と赤の結界の間が開かれた。


「「「「「おおぉ」」」」」


俺は、九本のくぼみにゴブリンの角を並べていった。


「ナナちゃん、今度はこっちの針金に法力を流して、これまで法力を流していた針金からは手を離して」


「分かりました」


ナナちゃんは言った通りのことを行った。


すると、パチっと青と赤の結界が閉まり、元の形状に戻った。


「お見事です。上の緑の結界は空中に固定されているのですね」


「そうです」


エルノートさんが的確に指摘する。


「ナナちゃん、今度はもう一度こちらの針金を握って法力を流して」


「はい分かりました」


ナナちゃんが再度、反対の針金に法力を流すと、上下が開き、同じ位置に穴があいたゴブリンの角が確認できた。


「「「「「おおぉ」」」」」


「やりましたねシド様」


エルノートさんは笑顔だが、操作しているナナちゃんは少し微妙な顔をしている。


「シドさん、これって手で法力を送ると、角が取り出しにくいんですが⋯⋯」


そうだ、確かに手で法力を流すと手が塞がって作業がしにくい。


俺は少し考えた。


「そうだ! ナナちゃん、孤児院の子たちってみんなエル爺から無属性の法力を使う歩法の訓練を受けてるよね」


「はい! 習ってます。『歩法は剣術の基本だ』ってエルお爺ちゃんが厳しくみんなを鍛えてます」


「よし!」


俺はミスリルのインゴットをもう一度掴み取って、足の大きさに合わせた平らな板を用意して、その二枚に針金をそれぞれ融合させた。


俺はその板をナナちゃんの足元に置いた。


「ナナちゃん、今度は足で法力を流して操作してみて」


「はい!」


ナナちゃんは言われた通りに操作し、見事、九つの角に同じ穴を空けて、手でその角を取り出した。


その瞬間、先ほどよりも大きな歓声が作業区画を満たした。


「今度こそやりましたねシド様!」


「はい、できました! ナナちゃんもありがとう」


「すごいです! シドさん!」


ジョセフ様が何やら両拳を握りしめ力を込めている。


「こ!」


「こ?」


「これは、産業革命だぁぁぁぁ!!」


ジョセフ様は両の拳を上に掲げそう叫んだ。


「そうです! 正しくこれは産業革命です!」


エルノートさんも叫んだ。


「ちょっと大げさなんじゃないでしょうか?」


俺はみんな少し騒ぎすぎのように感じたが、エルノートさんが続けて説明する。


「いいえ、これまでの法力道具や法力機械は複雑な術式紋を掘って作成していましたが、シド様が開発されたこの機械は一切その術式紋がありません」


「まあ、そうですが⋯⋯」


「それに、この肉片は様々な動きのバリエーションがありますが、みな規則性が明確で、シンプルです。この特性は様々な用途への応用が可能です」


「なるほど」


「きっと今後、シド様のこの機械に倣う形で様々な産業機械が生み出される結果となるでしょう」


ジョセフ様もキャサリンを伴って、倉庫区画に走って行った。


「ジョセフ様も研究者の血が騒いで、居ても立ってもいられないご様子ですね。おそらく、この肉片の全バリエーションを持ち帰って、研究開発をされるおつもりでしょう」


「そうですね。どんな機械や道具が生み出されるか俺も楽しみです」


エルノートさんが真面目な顔で俺を見つめた。


「シド様、私も決めました。今の任務を最速で終わらせ、私も思う存分、この工房で開発を行います。つきましてはお願いがあります」


「はい、何でしょう?」


「ミオ様よりシド様はドブさらいの名人だとうかがいました。そこで、シド様にある地区のドブをさらい、私の落とし物を探し当てていただきたいのです」


「落とし物? どこに何を落とされたのですか?」


俺は次の言葉を聞いて、直ぐにある物を思い浮かべた。


「はい、商業地区のドブに『指輪』を亡くしてしまいました」


そう、それはきっとあの『指輪』だ。


「エルノートさん、今すぐ冒険者ギルドに行きましょう!」


「え!? それは何をしに?」


「はい、エルノートさんが亡くされた『指輪』を受け取りに――」



この時、産業革命のみならず、大きな変革が開始されようとしていたことを俺はまだ知らなかった。



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