第45話 魔王軍幹部は将来後悔することとなった
魔王城地下の機密区画、厳重な扉の中にその部屋はあった。
魔王軍情報局、諜報管理室―――
その室内に今日もヒステリックな女幹部の怒鳴り声が響く。
「遅いわよ! 一体一つの情報を得るのに何刻かかっているの!」
「す、すみません!」
「まったく、遅いことならスライムでもするのよ! あなたよりよっぽどスライムの方が有能だわ!」
「は、はい⋯⋯申し訳ございません」
(ああ、嘆かわしいこと。最近の魔王軍の新人は質が最悪ね! 教育にばっかり時間が取られて私の時間が削られる一方だわ!)
「公爵の暗殺計画はどうなってるの?」
「オーガ族に魔導通信にて確認した所、視察ルートに沿って戦力を配置しましたが失敗。オーガ十名が殉職したとのことです」
「そう、失敗したのは仕方ないわ、いつも通り弔慰金を支給しておきなさい」
「了解いたしました」
「あなた!そこの情報は使用人でなく、貴族の情報が優先されるって何度言ったら分かるの! 情報の取捨選択を完璧にこなさないと、分析ができなくなるでしょ!」
「しかし、ここの貴族は高齢で物忘れなどが激しくなっており⋯⋯⋯」
「バカなのあなたは! 使用人と貴族では得られる情報の質が違うの! 使用人なんて今日明日のことしか見えてない思慮の浅い者たちばかりなのよ! 何でそんなことも分からないの!」
「も、申し訳ございません」
(まったく、いつから魔王軍はこんなゆるい連中ばかりになったのかしら! 私は最底辺の下級淫魔から成り上がった、本物のエリートなのよ。昔はもっとみんな切磋琢磨して、何とかして成り上がろうと必死に働いていたわ)
「リリス様、公爵官邸の情報が入りました!」
「待っていたわ!」
(そう、私はこんな重要な情報が欲しいのよ! 貧民街や酒場の酔っ払いの情報なんて不必要よ! )
「早く報告しなさい!」
「は、はい。どうやら、一週間後、領軍と冒険者ギルドの中級冒険者が大規模なゴブリン殲滅戦に乗り出すとのことです。編成などはこちらの資料に」
(そうそう、そうなのよ! 正にこんな情報が最高の情報なのよ!)
「あと、ゴブリンダンジョンが白化したと⋯⋯」
「ああ、それはダンジョン管理局から通達だけあったわ。あの連中、秘密主義でそれ以上の情報をよこさなかったのよ」
「情報局のうちと、ダンジョン管理局は対立してますから⋯⋯」
「あの連中は古参の上級悪魔たちだから、新参の情報局に頭を下げて情報を聞きに来るのが嫌なのよ」
(あの連中は成り上がりの真のエリートの私に嫉妬しているんだわ!)
「それと、会議での会話では奴隷剣士たちに何やら美しい剣が公爵から授与されたとか、またバルター商会の剣とフォートラン商会の剣、どちらが良い剣かを決めて勝ったほうが採用される決闘が行われたようで、結果はフォートラン商会の剣になったとか。その剣は相当業物の剣だとか⋯⋯」
「何よ! 報告は正確にしなさい!」
「はい、ですが決闘は訓練場で行われ⋯⋯開けた場所なので隠れる遮蔽物が少なくスライムたちが近づけなかったようで⋯⋯」
「まあ良いわ。冒険者崩れの奴隷剣士が持つ剣なんて大したことはないでしょう。美しい剣と言うのは気になるけど、宝飾品の剣一つで勝敗が左右されるなんて無いでしょうから、放置しなさい」
「そうですか⋯⋯それでフォートラン商会の方は⋯⋯」
「フォートラン商会にスライムを潜り込ませれば情報が得られるでしょう」
「それが⋯⋯」
「何なのよ!」
「スライムによる情報網に大きな空白地帯が生まれまして⋯⋯」
「はぁぁ!?」
「フォートラン商会の周辺もその空白地帯に⋯⋯」
「何よそれ! 私が築き上げた情報網に欠陥でもあると言うの?!」
「いいえ、決してそのような事は⋯⋯⋯」
(そうよ、そんな事あるはずないわ!)
――これは、私が情報局長になるまでの、誰にも語ってこなかった過去。
私は下級淫魔として生を受けた。
能力は最低の『下級魅了』だけ。
そんな私ができる仕事は、場末の酒場のスライム浄化槽の掃除だけだった。
酔っ払いどものうるさい声と、汚物の酷い匂いの中、来る日も来る日もスライムたちと過ごした。
そしてある日、私はスライムに下級魅了をかけてみようと思った。
すると私はスライムたちと意思疎通ができるようになった。
そしてスライムたちはあらゆる個体が互いに情報交換していることに気づいた。
それから私は、有力者たちの情報をスライムを使って集め始めた。
私の情報は正確で誰もが私から情報を欲しがった。
有力種族に恩を売り、自分の地位を高めていった。
そんな時だった、ダンジョン管理部が陥落させたマナエルが、人間たちの手によって奪還されたと聞かされたのは。
チャンスだと思った。
掃討戦の最中の混乱するマナエルへ、私はスライムたちを連れて潜入した。
私は直ちに地下水道に入りスライムたちを解き放った。
それも、私が交配を繰り返して作り上げた魔素を大量に放出するスライムたちを。
そして見つけた、あの女を。
一目で高貴な生まれの女だと分かった。
私は暗闇に身を隠して彼女を襲った。
彼女の口にスライムをねじ込んだのだ。
その後、女の側近が駆けつけ、女を運んでいった。
スライムと共に。
運ばれた先で増殖したスライムは重要な情報をもたらした。
女はマナエル公爵婦人だった。
スライムたちはあらゆる水の通り道を伝って急速に増加していった。
また、ドブさらいをする者たちに種を植え付け、その種があらゆる場所にまかれ、いつしか巨大諜報網となったのだ。
その巨大諜報網とマナエルの魔素汚染の功績を評価され、私は魔王軍幹部となった。
私は技術局と連携し、この諜報網を巨大魔導具として完成させた。
そして私は情報局局長となったのだ。
「―――空白地帯ですが、いかがいたしましょうか?」
「良いわ、どうせ緊急の浄化によるスライム討伐が行われて、スライムの数が減ったのでしょう」
「そ、そうでしょうか……、政庁にそんな動きは⋯⋯⋯」
「スライムはどんどん増殖するわ。空白ができてもいずれそれも埋まる。私の作った諜報網は完璧なのよ!」
「はぁ⋯⋯⋯」
「他領への諜報網の拡散は?」
「それは順調です。北の貧民街にて、正統神聖教会による闇奴隷売買にうまく種を潜り込ませました。貧民街はドブさらいを生業とする者が多く、闇奴隷となった者たちと共に他領へと拡散中です」
「アハハ! アハハ!アハハハハハハハ! 何て愚かで醜い連中なんでしょう! 自分たちの首を自分たちで絞めているとも知らずに!」
「ですが、南の貧民街について、かねてからの問題点となっております特異点につきまして、魔鳥族の方からクレームが⋯⋯⋯⋯」
(私が良い気分を味わっているのに気の利かない!)
「特異点にはスライムが入り込めないので、魔鳥によって直接偵察するしかないでしょ!」
「はい、理解しておりますが、魔鳥族から陳情のために使者が来られまして、夜陰に乗じて飛ばしているシャドウオウルは希少種だからと⋯⋯⋯」
「何よ!」
「毎回、飛ばす度に未帰還となっているのが問題に⋯⋯⋯せめて飛行経路を変えるか飛行高度を高くするなど工夫をと⋯⋯⋯」
「バカなの!? 情報というのは繰り返し同じ条件で収集することに意味があるの! そんな基本的な原則も知らないの!?」
「ですが、クレームが⋯⋯⋯」
「魔鳥族には毎回、弔慰金を支払ってるじゃない! 奴らはそうやって予算増額を狙っているのよ!」
「一月に一回飛ばしておりますが何の成果もないとなると、魔王様の評価も⋯⋯⋯」
「シャドウオウルが未帰還なのは無能な鳥を飛ばしてる魔鳥族の責任よ! 私の責任ではないわ!」
「では、今夜も⋯⋯⋯」
「当然よ! 予定通りシャドウオウルを飛ばすよう命じなさい! 予算増額を匂わせても良いわ! あくまで匂わせるだけよ!」
「では、せめてリリス様から直接⋯⋯⋯」
「あなた今がどんな時か分かっているの!? マナエル領軍と冒険者ギルドを一網打尽にできる絶好のチャンスなのよ!そんな時に私が席を外してどうするの!?」
「私ではもう⋯⋯⋯」
「あなた無能は罪よ! 何でもっと真のエリートである私から学ぼうとしないの! 私はあなたのためを思って言ってるの! こんな簡単な指示も実行できないのではあなたのキャリアはここまでよ!」
「ですが⋯⋯⋯」
「もういい! あの特異点についてはあなたが全責任を負いなさい! 私は忙しいの! たかが貧民街の一部に情報空白があるからって、何で私が時間を割かなければならないの!土下座でも何でもしてシャドウオウルを飛ばさせなさい!」
「は、はい⋯⋯⋯⋯⋯」
(これくらいで泣きべそなんて、なんて軟弱なの! 私の若い頃はもっと過酷だったのよ!今は私の手でマナエルを手中に収める好機なのよ! この日のためにゴブリンたちの情報を人族たちから隠し続けたんだから!)
「誰か!」
「はい!」
「ゴブリン集落の族長に下命して! 一週間後、作戦『絶望の宴』を実行するってね」
「かしこまりました」
(見てなさい! これに成功すれば閣僚入りよ! 人族の全都市の諜報網を手に入れ、いずれは魔王国の宰相に! この下級淫魔の私が!)
でも、その時の私はまだ気づいてなかった。
敗北とは、知り得た脅威を、知ろうとしなかった結果なのだと。
私は将来後悔することとなった。
本話は第44話と対になる話で、少し謎解き要素がある話となっています。例えば、第44話では、コボルトを撃退した話が出ていますが、本話ではそれが報告されていません。気になる方はカクヨムに掲載版に【うんちく】が記載されていますので、それを参照してください。
https://kakuyomu.jp/works/16817330649483736017/episodes/822139840040694592




