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Extra1 受付嬢は二つのグラスを並べる

これはゴブリン殲滅戦の前日のお話。


「はぁぁ……」


小休憩の時間、今日届いた両親からの手紙を読み、私はため息をついた。


「どうしたんですか? シルビア先輩。ため息なんてついて」


すると、同僚のヒルダさんが私のため息を聞いて話しかけてきた。


「ああ、ごめんなさい。ちょっと両親からの手紙を読んでて……」


「えっ!? 何か悪いことでも書かれてたんですか!?」


「いや、そういうわけではないのよ。ちょっとね……」


私は書かれている内容を口にしたくなくて言い淀む。


「す、すみません。何か訳ありみたいですね。私はこれで戻ります」


そう言うとヒルダさんは休憩を終えて、部署に戻って行った。


「結婚かぁ……」


そう、両親からの手紙には私の結婚について書かれていた。


具体的にはヴァン支部長との結婚を前提にしたお付き合いをするよう、催促の手紙だった。


ヴァン支部長はバナエル伯父様の親友で、伯父様が私の両親に彼の人柄の良さ、理想の高さを話し、両親はすっかりヴァン支部長を気に入ってしまったのだ。


以前からシルバニア王国の冒険者ギルド本部の腐敗ぶりに心を痛めていた父は、獣人国の冒険者ギルド本部長の権限で私をシルバニア王国の冒険者ギルドの幹部候補に推薦して、ヴァン支部長と共に腐りきったギルド上層部を一掃するよう私を送り出したのだ。


ヴァン支部長のことは、伯父様がマナエル支部を研修先として勧めてくれて、この街に来て、一目見た時から強く惹かれてしまった。


私は獣人国で育ったので、周りには率直な獣人たちばかりがいた。


心の内がそのまま外に出るような人たちに囲まれて育ったせいか、私は人の裏表に妙に敏くなってしまった。


顔つきや目の動きを見れば、腹に何かを抱えているかどうかが何となく分かる。


その感覚は、シルバニア王国の冒険者ギルド本部で過ごしていた間、大いに役に立った。


お父様が懸念していた通り、本部の幹部たちはことごとく、腹に何かを隠している人たちばかりだった。


そんな泥沼を見続けたせいか、ヴァン支部長を見た時、私は彼の裏表のない清流のような美しさにすっかり魅了されてしまったのだ。


私は自然と、彼の姿を視線で追うようになってしまった。


正に彼は私の理想のパートナーだった。


だけど問題があった。


それは、私は男性に対してお付き合いを申し込むやり方なんて何も分からないということだった。


獣人たちは気に入った相手がいると、その相手に決闘を申し込む。


そして勝った方の言うことを聞く。


それはより強い子孫を残すための生存戦略だ。


それが私が知る唯一の恋愛アプローチ方法だった。


当然、上級書記の私が炎剣士のヴァン支部長に決闘を申し込むことなど、できるはずもなく、二の足を踏む毎日となってしまっているのだ。


「もうちょっと相談できる人種の友人がいればいいんだけどなぁ……」


私は自分の交友関係の薄さを嘆いた。


獣人国では大勢の女性友人がいたが、シルバニア王国に来てからは心を開ける友人が少ない。


これも、あけすけな獣人たちと共に育った弊害だ。


「そろそろ戻らなくっちゃ」


私はそんな秘めた心を隠しつつ受付に戻った。


(私が二人いたら、もう一人を観察して、すぐに二面性が分かっちゃうだろうな……)


悶々とした気持ちで席に着く。


だけど、いつものように、並ぶ冒険者たちに笑顔を向ける。


クエストの受注と、報酬の確認。


並ぶ数字を確認しつつ、笑顔で冒険者たちに説明しては送り出す。


そんないつもの仕事をこなしていると、明日のゴブリン殲滅戦の準備状況を確認しに、ヴァン支部長が各部署を回り始めた。


私はそんな彼の横顔をそっと視線で追い、耳をすます。


彼は各部署の責任者たちに、明日のゴブリン殲滅戦のために最善を尽くし、冒険者たちを第一にするよう、理想を語って回っている。


私はそんな彼を見て少し頬に熱を感じてしまった。


(やっぱりかっこいい……)


私はそんな自分の内心を知られないよう、そっと視線を戻して、並んでいる冒険者たちに笑顔を向けた。


(ほっぺ、赤くなってないかな? ドキドキ収まれぇ!)


そう思いつつ、不自然に頬を赤らめないよう、私は高鳴る鼓動を抑えて、気持ちを切り替えて仕事に集中した。


ヴァン支部長は、みんなが自然と惹きつけられる人で、誰もが彼を頼りにしている。


だけど、私が彼を想うこの心は誰のものとも違う私だけのものだ。


(なんだか幸せ……)


彼の声を聞きつつ、特別な気持ちを独り占めして私は喜びに満たされながら仕事に励む。


そう、今はまだこのままでいい。


彼にとって優秀な部下として振る舞うことに、私は喜びを感じているのだ。


無理をすることはない。


いつか、きっとその時は来る。


だから、今はこの場所で彼に認められる部下として最善を尽くすのだ。





「お疲れさまでした」


夕刻にシフト交代で入った子たちに引き継ぎを行って、私はロッカーに向かう。


これからの時間に少し胸を高鳴らせて、急ぎ足になる。


今日は普段の服でなく、外行きの格好で、きちんと身なりを整え、靴もハイヒールを履いて外に出る。


同僚たちは時々、私がこうやって外行きの格好をして退勤するのを見かけているので、誰も不思議がる人はいない。


私はいつもの帰り道ではなく、政庁広場沿いにある店へ足を向けた。


聖日の前夜は休日の開始で、いつも賑わっているが、今夜は特に明日出陣する冒険者や領軍の兵士たちが家族連れ、もしくは仲間たちと共に飲み歩く姿が見られた。


「いらっしゃいませ、シルビア様」


この方は『昇陽亭』の支配人のシャルルさん。


いつも私はこの店を利用しているので、私が来店すると必ず挨拶に来てくださる。


「今日もお世話になります。予約していましたいつもの席、大丈夫ですか?」


私がそう聞くとシャルルさんは笑顔で、


「はい、大丈夫でございます。本日は出陣前夜ということもあり、少々混み合っておりますが、シルビア様は一ヶ月も前にご予約されていますので、大丈夫でございます」


そう言われると、普段は見かけないような客層の人たちがちらほらと見える。


たぶん、ここにいるのも冒険者や領軍の兵士とその家族なのだろう。


「ただ今、係の者がご案内いたします。少々お待ちください」


一礼して、シャルルさんはホールスタッフに声をかけてから、奥に戻って行った。


しばらく待っていると、私は意外な人物を視界に捉えた。


(あれは、サイロス副支部長!?)


私はとっさに彼の視界に入らないよう身を隠した。


ホールスタッフが私に近づいてきたが、今、案内されると鉢合わせしてしまう。


「すみません。お手洗いをお借りしたいのですが」


私はホールスタッフに言って席に着くタイミングを遅らせることにした。


「かしこまりました。こちらへどうぞ」


そして、案内されたお手洗いでも、私は意外な人物と鉢合わせした。


「シルビアさん!?」


「メイさん!?」


(ああそっか、サイロスさんはメイさんと結婚されたんだった……。明日は出陣だからお二人でここに来られたんだ……)


「メイさん、サイロスさんと一緒に来られたんですね。さきほどお見かけしました」


「はい、私のわがままを聞いてくださって、無理して席を取ってくれたんです……」


メイさんが幸せそうな笑顔でそう答えた。


「いい旦那さんみたいですね。サイロスさん」


「はい、正直、結婚を申し込まれた時は驚いて、一瞬どうしようかと思ったんですが、何だかサイロスさん、以前のサイロスさんとは別人みたいに見えて……私のこと上から目線じゃなく、真剣に求めてくれてるって思ったんで……」


「そうなんですか……。やっぱり、メイさんはちゃんと想いを伝えたんですか?」


「えっ!? そ、それは……」


メイさんは急に恥ずかしそうにする。


「ごめんなさい。変なこと聞いちゃって……」


聞きすぎたかと思って、とっさに私は謝った。すると、


「わ、私の恥ずかしいところをサイロスさんに見られて、それで『責任取ってください!』って言ったんです……」


真っ赤になりながらメイさんは答えてくれた。


(悪いこと聞いちゃったなぁ。ただ、どうすれば想いが形になるのか、少し知りたかっただけなんだけど……)


「教えてくれてありがとうございます。楽しい時を過ごしてくださいね」


「はい、シルビアさんも……」


そう言って、メイさんはお手洗いから出て行った。


(そういえば、昨日も、シド様がミオ様と一緒にデートしてたなぁ……)


昨日の微笑ましい若い二人の様子を思い出しながら、


「みんな、うらやましいな……」


私はそう呟いた。


私はしばらくお手洗いで時間を過ごし、ホールスタッフに案内されて、いつもの席に着いた。


ここは二人席で、デートのカップルのために目立たないよう観葉植物で囲まれている。


席にはいつものように冷やされたワインボトルとグラスが二つ。


席に着くのをホールスタッフが助けてくれた。


その後、ワインボトルの栓を慣れた手つきで開け、ホールスタッフは一礼して下がって行った。


食事が出てくるまでのしばしの時間は、私の至福の時間だ。


いつものように、二つのグラスを並べてワインを注ぐ。


赤い雫が波紋を作るのを眺める。


グラスを対面の席に置き、


「本日もお疲れさまでした」


と、自分のグラスを向かいのグラスに軽く当てると、硬質で心地よい音色が耳に響く。


最初は軽くワインを口に含み香りを楽しむ。


獣人国の豊かな自然が育てた、味わい深い真っ赤な葡萄から造られたワイン。


このワインを飲みつつ、ヴァン支部長と獣人国の話で盛り上がる光景を私は思い浮かべる。


赤く透き通ったワインを眺めて、ヴァン支部長の顔を思い浮かべる。


私が見るヴァン支部長の顔はいつも横顔だ。


なぜなら、彼の顔を見る時、私はいつも彼の横にいるか、彼の視線に入らないよう、ひっそりと横目で見る時だけだからだ。


「どんな風にあなたはワインを飲むのかな……」


臆病で真正面から顔が見られない私は、彼がどんな風にグラスを傾けるのか分からない。


でも、目を閉じて笑顔の彼を思い浮かべる。


テーブルのキャンドルに、窓からは大きな満月の月明かり。


そして、輝く彼の笑顔。


「いつか、こんな風に恋人として笑い合えたらな……」


彼の笑顔と飲んだワインが混ざり合い、胸に熱い思いが込み上げ、頬を上気させる。


私の至福の時間は、辺りが夜のしじまに沈むまで続いた。





「本日もありがとうございました」


「シャルル支配人、本日もとても美味しかったです。料理長にもよろしくお伝えください」


「はい、また一ヶ月後、お待ちしております」


深く礼をする支配人に私も礼をし、店を出た。


春だけれど夜風は少し冷たくて、火照った肌を心地よく冷やしてくれる。


私は月を眺めながら、彼を想う。


「明日も気持ちを込めて挨拶しよう」


そう、私の中に溢れるこの恋心をいっぱいに詰め込んで、明日も彼に挨拶するのだ。


いつか、本当に笑い合って隣を歩く日まで、何度でも。


何度でも。



本話はシルビアのキャラクターソングの世界観を元に描いています。

楽曲と合わせてお楽しみいただければ幸いです。


【シルビアのイメージソング:Secret Glasses】

https://youtu.be/QFSVpzDZsjU?si=xNK6MMjQdscZ99EP

サビのショート動画

https://youtube.com/shorts/aNrWPGbyeP4?si=lj6nO_xU_iF2QD8o


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