02 白い国
一 白い国
コンドリーザ・ライスが死んだとき、そこには音がなかった。
床と壁と空の境目がない。どこを見ても白い。歩くと靴音が一度だけ鳴り、そのまま白さの中へ吸い込まれた。
遠くに人がいた。
神を人の姿で想像するなら、もう少しそれらしいものを想像していた。光を背負っているわけでもなく、白い衣をまとっているわけでもない。長い勤務の終わりに、最後の一件だけ処理しに来た役所の担当者のようだった。
「コンドリーザ・ライス」
「はい」
「長く生きたな」
「そのようですね」
「もう一人呼ぶ」
白い空間の中央に、男が現れた。
黄土色の長衣に濃い外套。頭には布を巻いている。現れた瞬間、右腕だけが反射的に上がった。頭を守る動きだった。
ムアンマル・カダフィー。
彼はまず周囲を見回し、それからライスを見た。
「なぜ君がいる」
「こちらの台詞よ」
「ここはどこだ」
「白い国だ」と神が答えた。
「国なら誰が統治している」
「私だ」
「選挙は」
「ない」
「独裁者ではないか」
ライスは横を向いた。
神は怒らなかった。
「お前に、続きがある」
白い空間に映像が浮かんだ。
道路脇に倒れたカダフィー。血を流し、大勢に囲まれ、罵声を浴びている。
「知っている」
「その後だ」
映像は先へ進んだ。
兵器庫が開き、軍服も階級章もばらばらな男たちが、ピックアップトラックへ機関砲を載せた。東と西に別々の政府ができ、道路には検問所が増えた。油田が止まり、港が閉まり、学校の窓が割れた。
外国人労働者が砂漠を歩いて国境へ向かった。黒い肌の男が傭兵だと疑われて殴られた。海岸では、小さすぎる船へ多すぎる人間が乗り込んでいた。
市場で人間が売られた。
病院の廊下に遺体が並んだ。
「止めろ」
止まらなかった。
「裏切った将軍を出せ」
「出してどうする」
「殺す」
「それで、この港は開くか」
カダフィーは神をにらんだ。
ライスは映像を見たままだった。彼女には初めてではない。画質の悪いニュースも、国務省の報告も、国連の数字も、難民の証言も見てきた。
カダフィーが彼女を見た。
「君は知っていたのか」
「あなたの死後まで生きたもの」
「米国とフランスは成功したと言った」
「最初はね」
画面の中では、同じ道路を半年ごとに違う旗の武装集団が支配していた。
神が聞いた。
「戻るなら、いつだ」
「一九六九年」
カダフィーは即答した。
「二〇一〇年」
ライスもほとんど同時だった。
二人は顔を見合わせた。
「最初から作り直せる」
「四十一年をもう一度使うの?」
「時間は多い方がよい」
「あなたなら、別の失敗を四十一年分増やすかもしれない」
「君は私を信用しないのか」
「二〇一〇年なら、私はあなたを知っている。あなたも私を知っている。米国との外交関係は戻っている。大量破壊兵器ももう処分した。リビア人はまだ殺し合っていない」
「一年しかない」
「あなたをリビアから出すだけなら、一年も要らないわ」
そこで初めて、カダフィーは黙った。
「どこへ出す」
「戻ってから話す」
神が言った。
「二〇一〇年へ戻す。覚えているのは、お前たち二人だけだ」
「他の者は」
「その年を一度しか生きない。未来の映像も、ここも知らない」
ライスが尋ねた。
「証明はできるの?」
「できない」
「便利だな」
カダフィーが言った。
「二人が知っていれば足りる」
ライスは隣の男を見た。
「戻ったら、一度だけ私の言うとおりにして」
「一度だけか」
「最初は」
「何をさせる」
ライスは少し笑った。
「近くで言うわ」
白い国が消えた。




