01 史実の前景
病院へ行けるようになった者もいた。学校へ通えるようになった娘もいた。そして、刑務所から帰らなかった父親もいた。
全部、同じ四十年の出来事だった。序 史実の前景
一九六九年九月一日、若い将校たちはリビア王国を倒した。
国王イドリース一世は国外にいた。軍の抵抗は大きくなく、革命を率いたムアンマル・カダフィーはまだ二十代だった。
外国軍の基地があり、石油から上がる金には外国企業が手を伸ばし、王族と有力者は豊かだった。そのすぐそばで、自国の石油とは縁のない暮らしをしている人々がいた。若い将校たちには、壊すべきものがはっきり見えていた。
政権を取ると、石油収入を国家へ戻し、教育と医療を公費で広げた。道路を延ばし、電線を引き、住宅を造り、井戸を掘り、病院と学校を増やした。砂漠の上へ国家の配管を一本ずつ延ばしていった。
その一方で、反対する者は投獄され、ときには殺され、国外へ逃げても追われた。人民会議と分権を唱えても、どうしても決まらない話は最後にカダフィーのところへ来た。
兵器はソ連から買い、フランスからも買った。アラブ統一を唱え、イスラエルの消滅を語り、やがてアラブ諸国の敗北と分裂を見た。すると今度は、イスラエルが生き残るために作った安全保障の論理まで自分の構想へ取り込んだ。
二〇〇三年以後、大量破壊兵器計画を放棄し、米国との関係修復へ動いた。二〇〇六年には完全な外交関係が戻り、二〇〇八年九月には米国国務長官コンドリーザ・ライスがトリポリを訪れた。二〇〇九年、カダフィーはアフリカ連合議長になった。
二〇一〇年。
彼は、国際社会へ戻りかけていた。
翌年の自分がどう死ぬかは知らなかった。
ライスは知っていた。
彼女はその後も生きた。路上で殺されたカダフィーを見て、内乱を見て、外国軍の介入を見た。東西に政府が分かれ、油田と港を奪い合い、武装組織と軍閥が増え、誘拐と人身売買が起き、地中海へ小さな船が出ていくところまで見た。
だから、戻る年を選べると言われたとき、彼女は二〇一〇年を選んだ。
二人はもう会っている。米国とリビアの外交関係も戻っている。まだ市民は武器を取っていない。
歴史を動かすのに、大軍が必要とは限らない。
一人だけ、今いる場所から少し動かせばいいこともある。




