6話 包括的勝者
1位。その名は包括的勝者。
テンプレが長い。読むの少し時間がかかった。しかし読み終えて気づいた。
やっていることはシンプルだ。
ただ、勝つ。
特別な攻撃があるわけではない。相手を消滅させるわけでも、
時間を止めるわけでも、宇宙を砕くわけでもない。
ただ、考察の結果として勝者と出力される側そのものである、と言っている。
わかりにくいので噛み砕こう。
勝負の結果を決めるのは考察だ。考察が「Aが勝った」と出力すればAが勝つ。
そういうゲームである。
このキャラはその「勝った側」そのものだと定義されている。
相手がどんな能力を持ってこようと、それは「包括的勝者になるための手段」として処理される。
手段は勝者そのものにはなれない。
論理で否定しようとしても、その否定が処理される。
上位の考察を持ち出しても、その上位考察ごと処理される。
詰めれば詰めるほど、勝つ。
ただ、勝てる範囲が異様に広い。それだけだ。
そしてこれが1位である。
しかしここで疑問が生まれた。
包括的勝者は言葉で書かれている。テンプレという形で記述されている。
A₁理論で言えば、記述された時点でそれはT(x)である。
本来の包括的勝者はxである。しかしテンプレに現れているのはT(x)に過ぎない。
どれだけ強力な定義を書き連ねても、書いた時点で本来のものではなくなる。
出会い損ねた表象も同じだ。テンプレとして記述された瞬間、それは概念になる。表象ではなくなる。
作者自身がそう言っていた。言語に還元されない、と。
イデア論も同様である。イデアを見せる、と書いた時点でそれはイデアそのものではない。
つまり1位も2位も8位も、テンプレに書かれている時点でA₁が適用される。
場に現れているのは全員T(x)だ。
本来の包括的勝者は、永遠に場に出てこない。
じゃあ僕の理論を使ってキャラを作れば最強じゃないかと。
そう考えた。




