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クロノスレクイエム  作者: 村上さゞれ
第1章 ヴァナラ・ミュール討伐篇(下)

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第27話 【月庵】 最上階


 和風庭園。

 白く輝く枯山水、苔むした庭石が静かにそこに鎮座し、鹿威ししおどしが一定の間隔で沈黙の庭に響き渡る。傍には満開の桜が植えられており、空間をより風雅なものに彩っていた。

 ホログラムではない。この時代に咲く唯一無二の本物の桜だ。もっとも、一年を通して咲き続けるよう遺伝子組み換えがされているが――


「…………」


 その庭園の縁側に浴衣を着ながら横になる青年が一人。両手を頭の後ろに組み、涼しげな表情をしながら目を閉じている。この時代にはあまりにも場違いな雰囲気が漂う庭園。それは彼の持つ財力を表しているようだった。


 するとそこに女性が一人、足音ひとつさせずに歩いてくる。彼女もまた、この時代には似合わない和服を着ていた。



「失礼致します。月庵院長、いえ、月庵宗次郎さま。……例の件で進展が」



 女性が静かな声でそうつぶやく。

 その言葉で青年は目をパチリと開けると、ゆるりと体を起こし始める。



「本当かい? となれば、あの人造レベル5は死んだってことか……」



 月庵 宗次郎。

 その大企業の名前が苗字がに冠せられた青年は、上体だけ起こして女性の方に向けると、優しげな表情を浮かべながらニコリと口角を上げた。


 整いすぎた顔面に微笑みのアクセント。普通の女性ならば百人中百人が惚れていてもおかしくないだろう表情。だが、和服の女性は彼の本性を知っているとばかりに、体を少し震わせるだけだった。



「はい、埋め込んだメンタルモデルの破片も消滅したようです」

「まぁ、そんなとこだろうな。あれは元々、ただのレベル4になりかけの個体だったんだ。生物兵器にも使えないただの欠陥個体。眼球にも異常があったしな。……だが、スタンピードもどきが引き起こせると知れただけでも儲けものか」

「……その……」

「人造レベル5の情報を、片っ端から握りつぶすのにも苦労したよ。もし、三ツ橋重工の銭ゲババァどもに実験がバレれば、我々の企業に付け入る隙を見せることになる。……やつらも何やら、()()()()()()()()のが気になるが……」



 月庵はあごに手をやりながら、何かを思い出すような表情で上を見る。


 チルドレンのレベルは、彼らの体内から発せられるQ粒子の残滓濃度によって決められる。やつらはQ粒子が濃ければ濃い個体ほど強くなるという性質があるため、人為的に手を加えれば理論上は人造のレベル5を作りだすということも可能になる。むろん、例外などいくらでもいるのだろうが、いまはそんなことはどうでもいい。


 そんな思案をする月庵に対し、女性はすこしだけ顔をこわばらせながら、言いにくそうに声を絞りだしていく。


「感応波を観測しました。……赤と、その、……あおです」

「…………、……なに?」


 その報告内容に、月庵はぴくりと肩を震わせると顔からストンと笑みを消した。

 瞬間、その場の雰囲気がガラリと変わり、周囲の気温が僅かに下がったように女性は感じた。庭園の静寂が、穏やかなものから張り詰めたものに変化しはじめる。



「赤は、まぁいい。あのチルドレンには“ヤツ”の意識の残滓を植え込んだのだからな。……だが、藍だと?」

「……はい、プラチナチケットを使ったらしく、いま緊急治療室に運ばれています」

「プラチナチケットだと!?」



 月庵は若者の外見に似合わない、鬼のような表情をしながら叫びだす。


「まさか死んだとは言わせないぞ。あれは死者をも蘇らせるがモットーの最上級プランだ。もし、それを使って患者が死にでもすれば、上層の契約者たちが黙っていないぞ!」


 口調は徐々に怒気を孕んだものへと変わり、空気は更に冷たく女性の肌を刺す。青年から溢れ出る殺気を直に浴びた体は、既に震えが止まらない。

 それでも、何とか動く口を懸命に動かして弁明を図る。ここで返答を間違えて存在を消された前任者たちは星の数程いるのだ。失言は許されない。



「ひっ……い、いえ。心臓は破裂して再生不可になるほどの損傷を負っていましたが、それを替えれば後は最新のナノマシン治療による自然治癒だけで大丈夫です。全身を激しく損傷していたとはいえ、現在『ヒュギエイア』による最優先治療を行っているので、数日中には意識が戻ると思います。はい……」



 徐々に萎んでいく声のトーン。

 だが、青年は煮え切らない彼女の言い方が気に喰わず、眼光を鋭く光らせる。



「『戻ると思います』……だと?」

「い、いえっ! 戻ります。間違いなく戻ります!」



 慌てて訂正し、どうか命だけは勘弁を、と祈りながらまばたき一つせずに目の前の青年を見続ける。

 御年、二百余歳。義体者なのだから年齢は関係ないとはいえ、毎年のように貼り直しているシリコンの肌にシワはなく、整形に整形を重ねたその顔はマネキン人形のようだ。と、そのとき――



「おお、どうしたどうした! 月庵インチョー、まーた切れてんのかよぉ!!」



 武家屋敷の奥座敷、畳を敷いた部屋から一人の男が両手に散弾銃をぶら下げながら、泥酔したような足取りでふらふらと歩いてくる。靴も脱がずに和室を横断して歩いてくるそいつに、月庵は注意するでもなく顔を向けた。


 男は一切光沢のない真っ黒な仮面をつけていた。両目を両断するようにして白色の×(バツ)印が大きくペイントされ、その下には耳元までバックリと裂けたようなギザギザの口が描かれている。


 一見すると仮装パーティにでも出かけそうな格好だが、男の異様さは常時、全身から漏れ出る圧力プレッシャーだった。自分の腕に相当の自信があり、その上、一つや二つでは済まない数の死線を潜り抜けてきた者だけが放つことを許される殺気。


 男は義体者だった。

 それも、Sランクの傭兵である。


「すこし、ことが思い通りに行かなかっただけだ。……気にするな、ジョーカー」

「あひゃひゃひゃひゃ!! そーんなことで怒ってたのかよぉ! うちの大将もボケて、随分と短気になっちまったなァ!」


 腰を逸らせながら大笑いする仮面の男はジョーカーというコードネームらしい。本名ではないだろう。だが、月庵の傍にいる女性とは違い、彼には粗雑な物言いが許されるだけの立場があるらしい。


「で、処分か?」


 直後、ジョーカーはへらへらと笑いながら右手の散弾銃を女へと向けた。瞬間、爆発的に膨れ上がるジョーカーの殺気に、その場にいた誰もが動けなくなった。銃口を突き付けられた女は蛇に睨まれた蛙のように硬直してしまっている。


「なんなら、いつもみたいにコインで白黒はっきりさせてもいいんだぜェ?」


 ジョーカーはいつ取り出したのかもう反対の指でコインを弾いていた。普段から指で触っているのかやたらと扱いが手慣れている。

 しばし、長い沈黙が庭園内に満ちた。

 やがて口を開いたのは、他の誰でもない月庵宗次郎そのひとだった。


「ジョーカー、言いたいことは二つある。まずひとつ、ここは土足禁止だ。……それとこの庭園を血で汚すような蛮行はやめろ。不快だ」

「…………」

「次にふたつ目だ。現在いまの時刻を確認してみろ。……21時58分。貴様の勤務時間は、契約では22時までだったはずだ。分単位での信用を損失することの意味をまだ理解していないのか?」


 ジョーカーは月庵のお小言こごととも言うべきそれに、仮面の下でうへェと舌を出した。それは表面上の態度にも露骨に現れており、月庵はとがめるでもなく淡々と問いただしていく。


「ジョーカー。貴様、なぜここに来た。よほど重要な文言でもなければ、この最上階フロアには上がれないはずだが」

「いんやァ、ただの暇つぶしだ。すまないね、大将」

「なら、持ち場へ戻れ。契約ではまだ勤務時間内のはずだ。どれだけの大企業メガコーポであろうと慢心すれば一瞬で地に堕ちることになる。……ジョーカー、昨今のお前の態度は傲慢が過ぎる。いささか不愉快だ」


 瞬間、ジョーカーは肩をすくめながら銃口を降ろし、庭園に満ちていた圧力を霧散させる。女性はすでに限界だったのか、なすすべもなく膝から崩れ落ちた。

 圧迫されていた気道から多くの酸素を肺に取り込もうと、女性は激しく肩を上下させる。だが、ジョーカーは過呼吸状態の女性を何ら気にすることなく、仮面のブキミな笑みを浮かべたままその横を通り過ぎるのだった。



「命拾いしたな、嬢ちゃん」



 ゲラゲラゲラ、と、愉快そうにわらいながら去っていくジョーカーに対し、女性はじっと耐えるように下を俯いたまま、ひたすらに縁側えんがわ木目もくめを数えるのだった。


「そうかそうか、それにしても、まさかもう出てきていたとは――、五十年周期というのは案外アテにならないものだな。……とはいえ、久しぶりに馴染み深い顔を拝めるってのは嬉しいねェ」


 月庵は体内から機械関節の動く微細な音を放ちながら立ち上がると、ようやく何かに納得したような表情で数回、うなずいた。


「いやァ、生きてる状態で見つかって本当に良かった! これでまた、計画実行に一歩近づいたということか――」


 そう言って、月庵は壁一面に設置された巨大なガラス窓から眼下に広がる景色を眺める。そこは要塞都市で最も美麗な街、NMM都市()()。彼の頭上に遮るものは何もなく、ただただ無限の蒼穹が広がっていた。



「【ゼロ・バース】も、もうすぐだ」



 その言葉を皮切りに、月庵はにこやかに踵を返す。既にその雰囲気は、先の殺気が嘘のように上機嫌なものだった。青年は桜の下を軽やかな足取りで通り過ぎ、鼻歌交じりに庭園を出ていく。

 彼が去った後、一人取り残されたその女性はしばらくそのままの状態で震えていたが、やがて鹿威しの鳴る音でようやく立ち上がった。


 女性はそっと青年が去った方に目を向けると、何とはなしに反対方向へと再び無音で歩を進め始める。

 そして、そのまま足早にどこかへと去ってしまうのだった。



 ヒトの気配が消え、再び、庭園に穏やかな静寂が満ちる。

 桜の花が舞い、太陽の光を浴びた無数の紅が純白に輝いている。



 未だ一定のリズムで音を刻む鹿威しだけが、いつまでもその存在を主張し続けていた。


【ヒュギエイア】

自律学習型外科治療システム。

数多の人命犠牲の末に完成した。

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